第Ⅱ話 ありえない成長

「間違いありません。シグナス様のお子様は…魔力暴走を起こされています。ここまで進行してしまっては、最早どうにもならないかと」


「嗚呼…私が、私がもっと早く気付いていればこんな事には…!大恩あるご当主様と奥様に大切なお子様のお世話を任されておきながらこの様な失態!!…とても釣り合うとは思えませんが、せめて私も今すぐ自害し、天に帰られるカティス様に付き添いお世話させて頂きます!!」


「落ち着きなさいメリッサ!それでも栄えある四侯の一角、イストネルに仕える者ですか!貴女よりも嘆き悲しむべき御方が歯を食いしばり血涙を飲み込み耐えられているのです。そんな御方を差し置いて貴女が取り乱すのですか?」


「良いのですセバス。メリッサも気に止まないように。昨日まで魔力暴走の兆候など一切なかったのです。私もシグも誰一人として気付けませんでした。一体誰に咎がありましょう?…何で…何でこんな事に…!!」


「うぅ…奥様…」


「どうにかならないのか?私に出来る事なら何でもしよう。金などいくらかかっても構わん。竜の心臓が必要と言うならこの命を懸けてでも手に入れてみせよう」


「…赤子の魔力暴走は、大人の魔力暴走とは質が違うのです。生まれたばかりの赤子は魔力を生成、蓄積する為の魔核が形成されていません。成長と共に緩やかに世界に満ちるマナを取り込み、自身の魔力と混ざり合う事で魔核を形成していくのです」


「つまり、赤子の魔力暴走はその魔核を形成する過程で何かしらの異変が生じた為に起こるということか?」


「ご明察の通りです。本来赤子で魔力暴走など起きません。魔核が作られている最中なのですから」


「つまりこの子は…カティスは既に魔核があるという事か?」


「いえ…私も実際に見た事はなく、古い文献で読んだ事があるだけなのですが、極まれに存在するのだそうです。赤子でありながらその身に膨大な魔力を宿して生まれてしまう存在が。そしてその膨大な魔力が魔核を形成する過程で赤子の限界を超えてマナを取り込もうとしてしまい、体が耐え切れず死に至ると」


「…つまり今、カティスに起こっている魔力暴走は、身の内に宿す魔力が膨大であるが故に起こってしまった現象という事か」


「今カティス様の体に起こっている事は、全ての赤子の体で起きている事と同じなのです。違うのは唯一つ。その身に宿す魔力が他の赤子と比べて圧倒的に多いだけなのです」


「嗚呼…魔力が多い事は普通なら慶事であるはずなのに、多すぎる事が災いとなるなんて…カティス…」


「我々は見ているしかないのか?打つ手は本当にないのか?もし黙っていることがあれば教えて欲しい。助けることが出来るなら何をしてでも助けたいのだ!」


「…赤子の魔力暴走を治す方法は一つだけあるのです。ですが…」


「構わん!どれだけ無茶な事だろうと、残酷な事だろうと言ってくれて構わない」


「赤子の魔力暴走は、つまるところ魔核を形成する過程で発生している現象なのです。つまり魔核が作られる位置を特定し切り離せば魔力暴走は収まり、命は助かるでしょう」


「ですが!!それではカティス様は魔法が使えなくなるという事では!?」


「当然、魔核がなくなるのですからそうなります。いえ、まだカティス様は赤子ですから、その身に残った魔力によってまた魔核が形成されるかもしれません。ですが仮にそれで魔核が形成されたとしても、それは本来作られるはずだった魔核の残滓にすぎず、未成熟で歪なものとなるでしょう。まともに魔法を行使するのは難しいかと。逆にそれが原因となって重篤な障害となる可能性もあります」


「でも、魔核を切り離せばカティスは、この子は生きる事ができるのですよね!?でしたら構いません!!この子は一生私が面倒を見ます!!ですからお願いします!カティスから魔核を切り離して!!」


「…申し訳ありません奥様。私も万一の場合を考え、魔核の切除を想定した上でカティス様の様態を見させていただきました。その上で申し上げます。カティス様から魔核を切り離す事は出来ません。何故なら…信じられませんが…カティス様はその身全てが魔核なのです!!一部ではなく、その身全てでマナを取り込んでおられる!このような状態では手の施しようがありません…」


「その身全て…全身でだと!?生物の頂点たる竜種、その中でも永きに渡り生き続ける古竜ですら、その身に宿す魔核は大人の頭の大きさほどだぞ!!」


「信じられませんが…いえ、だからこそ、手の施しようがないのです。仮に魔核の位置が手足や目でしたら、まだ何とかなったでしょう。ですが全身となればどうしようもありません。私の読んだ文献にはこうも書いてありました。その身が触る事すら出来ぬほどの熱を帯び始めたら、最早どうすることも出来ないと。そのまま放置すれば周囲を巻き込む大災害となると。医者として言わせて頂きますと、このお子様は最早手の施しようがない深刻な状態になっております。どうされるかの決断は…私の口からは控えさせて頂きます」


「……私に、いや、私が手を下すしかないという事か」


「あなた!?許しません!させませんよそんな事は!!」


「私とて、そんな事はしたくなはない!しかしこのままでは我が子のみならず、この館にいる者達はおろか、領民にも被害が出るやもしれん!まだ未成熟とはいえ、古竜の魔核よりも大きいのだぞ?それが暴走したらどれだけの悲劇がこのイストネルにもたらされるか…非情と思って貰って構わない。私に愛想が尽きたのならそれも仕方ない。だが私にはイストネル侯爵として、この地に住まう人々を守る義務と誇りがあるのだ」


「シグ…いえ、いいえ、あなたにだけ子殺しの業を背負わせなどしませんわ。私も一緒にその罪を背負います。幼いこの子を手に掛けた罪、生涯を掛けて一緒に償っていきましょう」


「シア…ありがとう。すまないカティス。幼いお前には何の罪もない。苦しむお前を前にして何も出来ない愚かな両親を許してくれ…」


「創世神アルマンテ様。私達の事はどうなっても構いません。ですから願わくばこの子の来世は穏やかで健やかな生活をお与えください…」


「…!!??お待ちください!!…な、なんて事だ…ありえない…そんな馬鹿な!!??」


「どうしたのだ?カティスにまた何かあったのか!?」


「し…信じられません…いえ、こんな事が…り、理由は分かりません。何が起きたのかも分かりませんが…お子様の魔力暴走が……収まっています…ありえない…魔核が形成されていない以上、魔力の制御など不可能なはず。一体何が……」


「…それはつまり、この子は助かったという事か?」


「…はい、いいえ。分かりません。ただ、今この時、魔力暴走の危険は一先ず去ったと考えてよろしいかと。ですが…原因が一切不明です。もう大丈夫は言い切れません。むしろ再発する可能性を考慮すべきでしょう」


「何にせよ、一先ずの危機は脱したという事だな?ならばよい。ようはこの子の体がマナを過剰に取り込まないように注意すればいいのだ。そうすれば魔力暴走の危険はなくなるだろう」


「旦那様。無礼を承知で申し上げます。もしそのような事をされればカティス様の魔核が未熟なまま固定化されてしまいかねません」


「構わん。不謹慎極まりない言い方だが、この子の弟は問題なく育っているしな。イストネルの爪はアレスが継げばよい。この子は生きてさえいてくれればそれで良い。幸い我が家は侯爵家だ。この子の食い扶持くらいは私が稼ぐさ」

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