第16話 トレントの騎士の栽培現場

「ここが苗を育てている場所になります」


 アルバンに案内されて来たそこには、台木に接ぎ木されたトレントが何本もあった。

台木はごく普通の木のようで鉢に植えられていた。

この後、移動させられるためだろう。


「この中で最終的にトレントの騎士になれるのは1本がせいぜいですかな」


「え、それだと、僕の種も育たないかもしれないんですか?」


「いや、種からならば間違いなくトレントの騎士になるでしょう。

これは接ぎ木ですからね。

本来の成長とは外れた行為だから仕方がないのですよ」


 だからトレントの騎士は貴重なのだろう。


「次の生育過程になります。

ここで、枝の剪定と洞を作るための矯正具をはめることになります」


 途中の成長過程が端折られて、初めて人型を目指して調整される現場まで来た。

既に地面へと植え換えられていて、この場で最終段階まで育てられるようだ。

この調整は植物にとっては苦行に近い行為であり、そのために枯れる個体が出るのだろう。


「次の段階では鎧を着せます。

これにより、ほぼトレントの騎士として成長が見込めます」


 次の現場に来る。

剪定により人型になったトレントに鎧が着せられて、その形に成長を促すようだ。

この段階でもうトレントは動くことができるため、各々の縄張りを維持しているといった感じにバラけて立っている。


「何騎かありますが、それでも最後に残るのは1騎だけなんですか?」


「外観が上手く出来あがることと、使える騎士になるかは別ですので」


 そのように説明を受けて、セインの脳裏にはカシーヴァで遭遇した動きの遅いトレントの騎士が思い出された。


「(もしかして、マッドシティのトレントの騎士は失敗作なのか?)」


 セインは他人には聞こえない声で呟いた。


「これで10年ものですので、少しでも多く仕上がって欲しいものです」


「え? 10年?

(まさか、僕も種を植えてから10年待ちってこと?)」


 セインは焦った。

長寿種であるエルフの時間間隔だと短いかもしれないが、セインにとってはとんでもない長さだ。

ツヴァイが復活するまで、セインは10年待たなければならないのだろうか?


「普通はそのぐらいですが、ロストナンバーの種ならば、何が起きても不思議ではないでしょう。

今からが楽しみです」


「えーーっ!」


 どうやらセインはエルフの里に長期滞在する事が決定したようだった。

まあ、領主の姫を助けて客人として迎え入れられたのだ。

何年いようが、それは関係ないところだった。


 だが、セインにとって、何もしないで生活するというのは苦痛だった。

貧乏暮らしだったが、たとえ成功して大金を稼いでも、怠惰な暮らしをするという考えは無かったのだ。


「何かさせてもらおう」


 セインは、エルフの里での仕事を探そうと決意した。


◇◇◇◇◆


「仕事ねぇ」


 そう言うとアンネリーゼは黙ってしまった。

客人の立場の何が嫌なのかと思っているのだが、退屈なのだろうと判断していた。


「それならば、私と狩に行くのは?

弓もあるし、勝負しましょうよ」


「狩人か」


 確かに、セインは今までの暮らしでも毎日狩りはしていた。

しかも狩人は、セインの父の仕事だった。

それを仕事にするのも良いかもしれないとセインは思った。

狩人ならば、ポメにも仕事を与えられる。


「え? 今日だけ?」


 狩りの帰り道、アンネリーゼに言われたのは、毎日狩りは必要ないということだった。

ここはエルフの里。

エルフは弓の腕が良いのがアイデンティティであった。

つまり、誰もが自前で狩りをする。

狩った獲物を売って生計を立てるなどという常識は持ち合わせていなかった。


「うーん、それならば、トレントの騎士に乗って周辺の警備でもする?」


「それならばやれそうだけど、僕はツヴァイにしか乗ったことないよ?」


 セインはトレントの騎士はツヴァイしか乗った事が無かった。

それで務まるのかは、未知数だった。


「じゃあ、乗ってみましょう」


 そう言って案内されたのは、特別そうなトレントの騎士の前。


「その装飾は、まさか領主様の乗騎じゃないよね?」


「え? その通りよ?」


 セインは焦った。

ミイラ化の件もあるし、もし領主様のトレントの騎士を枯らしてしまったらとビビってしまったのだ。


「ああ、大丈夫。

儀礼用だから、誰でも乗れるはずよ」


「リーゼ、壊しても責任取れないからな?」


「大丈夫、大丈夫」


 そうアンネリーゼに促され、セインは初めてツヴァイ以外のトレントの騎士に乗った。

操縦洞に入ると胸部装甲が閉じられた。

そして、セインが座席に座ると、上から蔦が降りて来てセインのおでこにくっつく。

そこにはまだ種があるが、それには関係なくセインの脳裏に外の映像が映し出された。

それはAR映像と言われるものだろうか、まるでセインがトレントの騎士そのものになった感覚だった。


『ほら、大丈夫だったでしょ?』


 外からアンネリーゼの声が聞こえてくる。

どうやらセインは、他のトレントの騎士でも難無く乗りこなせるようだった。

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