第2話 無双

 恐獣、それは戦争の道具として魔法により人為的に造られた魔物モンスターだ。

この世界では、軍事力としても、盗賊などの武力としても使われることがある。

だが、それは破壊のための力であり、一度野に放てば、破壊の限りを尽くさなければ止まらない、制御の効かない力でもあった。

その恐獣がカシーヴァの街に居るということは、カシーヴァの街を破壊したいという意図が込められているということだろう。


「崩れているのは北門の城壁か」


 セインは丘を降りカシーヴァの街の南側から接近していたが、南門は固く閉ざされていた。

おそらく、賊の侵入を防ぐためだろう。

トレントの騎士だとはいえ、味方かどうかも判らない相手を入れてくれるとは思えなかった。


 どうやら開いているのは破壊された北門の城壁だけのようだ。

セインはトレントの騎士をカシーヴァの街の城壁に添って北門へと走らせて行った。


 北門の城壁には恐獣に破壊された破孔があった。

そこから恐獣が内部に侵入したのだろう。

その破孔からトレントの騎士を街に侵入させる。

城壁の上にいた兵たちは、恐獣に気を取られており、セインの侵入に気付かなかず、呆気に取られていた。


 目の前には燃える家屋がいくつも見えている。


「これは消さないと大変なことになるぞ」


 トレントの騎士は水魔法と風魔法が使えるはずだ。

セインは水魔法で水を出すと家屋を消火する。


「これは効率が悪いな」


 このような消火方法ではトレントの騎士の魔力が枯渇してしまう。

水魔法で水を出し続けるのは効率が悪すぎるのだ。

恐獣が使う火魔法は着火という火事の切っ掛けでしか魔力を使わない。

着火さえすれば、後は可燃物が火災を大きくして行くので魔力効率が良いのだ。

だが水魔法は火が消えるまで水を魔法で生み出し続けなければならない。

水の元として空気中の水蒸気を集めているが、それでも魔法効率が悪い。


「何か良い手は無いものか」


 セインは思案した。

火が燃えるのは酸素があるからだ。酸素の供給を断てば火は消える。

しかし、風魔法で無酸素状態にしたら逃げ遅れた人の生命まで断ってしまう。

燃えない気体で火を弱めて水分で消す。

二酸化炭素を水泡で包んで放出すれば水よりも火が消えやすいだろう。

このような考えはこの世界の物ではなかった。

知らず知らずうちに、セインは転生者として前世の知識を使っていた。


「トレントの騎士、風魔法と水魔法で泡を作ってくれ!」


 セインは二酸化炭素をイメージしてトレントの騎士に水泡の放出を願った。

するとトレントの騎士の左手から水泡が排出され火の着いた家屋を覆った。

みるみる火事が消えていく。

セインは次々と火事を消していった。

だが火を着けている元凶をどうにかしなければ火事も破壊も止められない。


「やはり恐獣を倒すしか無いか。君は恐獣を倒せるんだよね?」


 セインは意を決するとトレントの騎士に尋ねた。

トレントの騎士はセインの制御を離れ腰の大剣を抜いた。

長きに渡る時を経たはずのその刀身は目映まばゆく輝いていた。


「やれるんだね? よし行こう!」


 セインは恐獣に向かってトレントの騎士を走らせた。

暫く進むと、目先に恐獣を見つけた。

そこには他にもゴーレムが居て、恐獣を攻撃していた。

街の守備を行っているゴーレムのようだ。

だが、その動きは精彩に欠いている。

ゴーレムの動きは緩慢で、恐獣の動きに付いて行けていなかった。


 恐獣は四足歩行で巨大なカエルのような生き物だった。

その喉袋が膨らんだと思うと口から火球を吐いた。

恐獣が使う火魔法だ。

それがゴーレムに当たるが、ゴーレムは石で出来ており、火にはめっぽう強かった。

しかし、お互いに決めてを欠いており、倒すには至っていない。

むしろ、その火球により、街の家屋の延焼が増えて行く。


 ギロリと恐獣がこちらに目を向けた。

恐獣がトレントの騎士に気付いたのだ。

そして、火球を吐き出した。

トレントは樹木のモンスターのため、当然火が弱点だ。

セインは腕を振るって火球を弾き飛ばす。

その動作がそのままトレントの騎士の動きとなり実行される。

トレントの騎士の腕がジュッと水分の蒸発する音をたてて焦げる。

幸いなのは、トレントの騎士から生えた小枝が焦げただけだったことか。


「このままじゃトレントの騎士も燃えてしまう」


 焦るセインを尻目に恐獣が続けて火球を放つ。

しかし次の瞬間、トレントの騎士は先ほど使った二酸化炭素を含んだ水泡を全身に纏っていた。

セインの火から守らないとという意志が、そのような結果を産んでいた。


 火球が掠るが水泡の水分と二酸化炭素による消火でダメージを受けない。

慌てた様子の恐獣が次の火球を準備する前に、トレントの騎士は剣の間合いに入っていた。

セインが大剣を恐獣に向けて振り下ろす。そのままトレントの騎士が動く。

恐獣は為す術もなく両断され骸を晒した。

ファンタジー系のゲームで有りがちな、倒した魔物が消えてアイテムがドロップするなんて現象は無かった。


 離れた位置の恐獣がトレントの騎士を狙って火球を吹く。

それがトレントの騎士の身体に当たるが泡のためダメージを受けない。


「遠すぎる! 大剣以外の武器は無いのか、武器は!」


 そうセインが思考すると、頭に魔法弾の発射装置の情報が流れて来た。

セインはトレントの騎士に家屋の屋根に乗っている石を拾わせて右手の魔法弾発射口に詰めさせる。

そして風魔法で強風を放出、その勢いで石を発射する。

発射された石が恐獣の頭を貫通し倒してしまった。


「いけるぞ!」


 セインは街中に散った恐獣を計4体葬った。

トレントの騎士の運動性と大剣の切れ味、そして風魔法による石弾で恐獣は倒された。

それは無双と言ってよかった。


「動くな!」


 立ち尽くすトレントの騎士をカシーヴァの街の兵士達が取り囲んだ。

兵士達から見ると、街の所属ではないトレントンの騎士も怪しすぎたのだ。

古い鎧に枝が伸び放題になって手入れもされていない様子のため、主人を失ったハグレ騎士に見えたのだ。

ハグレ騎士は厄介だ。制御が効かず暴れまわる可能性がある。


「僕は怪しい者じゃない」


 セインはトレントの騎士に大剣を納めさせると両手を上げる。

その動作で騎士の制御下にあると理解したのか、兵士達も剣を下ろした。


「トレントの騎士よ。私はカシーヴァの街の領主軍隊長ジェーソンだ。

害意が無いならば顔を見せてもらえないだろうか?」


 セインは争う意思が無いことを示すためにトレントの騎士の胸部鎧を開いた。

その姿にジェーソンは一瞬驚いた表情を見せたが、何事も無かったように敬語を使って訊ねた。


「街の救世主に礼がしたい。一緒に来てもらえないだろうか?」


「わかりました。同行します」


「名を訊いても?」


「あ、はい。セインです」


 セインは、うっかり名乗っていないことに気付き、顔を赤くした。


「ふむ、セイン殿か、ついて参られよ」


 ジェーソンは、その名に姓が無いことで、訳ありだと察した。


 ジェーソンが領主館まで先導する。

その後をゴーレムが付いて行く。

どうやらジェーソンがゴーレム使いだったようだ。

セインはその後を付いてトレントの騎士を領主館まで歩かせた。

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