第1話 旅立ち、そして危機

 村を追放されたセインには何のあても無かった。

エルフの森を目指すという目標はあったが、そのエルフの森が何処に在って、どのぐらい遠いのかも解かっていなかった。

とりあえず今出来る事は、矢筒に入っている弩弓ボウガンボルトを作るか狩りをするぐらいしか無かった。

ボルトは消耗品だ。狩りをしていれば何割かは回収出来なくなる。

それは無くしたり、折れたりで使えなくなることがあるからだ。

セインはボルトを主に二種類使っている。

一つは鉄のボルト。これは主に表皮の硬い魔物モンスター用だ。

戦争に徴兵されれば対鎧でも使うものだ。

もう一つは木のボルト。これは狩猟用でごく普通の獣用だ。

この木のボルトは硬い木で作るため、硬い木さえ手に入れれば簡単に補充が出来る。

ボルトは矢羽を持たないので、セイン自身がナイフで削れば良かった。

セインは暇があると木のボルトを作るように心がけていた。

その材料として最良なのがトレントの枝だった。


「あのトレントの騎士、あいつには余計な枝が沢山生えていたな」


 1年ぐらい前にセインが種を貰ったトレントの騎士、その枝ぶりをセインは思い出していた。

搭乗している騎士が亡くなって、そのまま放浪しているトレントの騎士。

その鎧の隙間からは無数の細かい枝が生えていた。


ボルトにはあれぐらいの太さの枝が丁度良いんだよね。

またあいつに会えたら枝を何本か貰えないかな」


 セインはどうせ暇なので迷いの森に入りトレントの騎士を探すことにした。


「よし、今日は獲物を狩りつつトレントの騎士探しだ」


 セインは今日の行動方針を決め、迷いの森に向かった。



◇◇◇◇◇◆



 1人で食べる分には十分な獲物を確保すると、セインは彷徨うトレントの騎士探しを始めた。

以前セインが降ろしてもらった場所から最初に出会い実をもらった場所まで歩きまわる。

するとどうだろう。最初に出会った場所にトレントの騎士は膝を抱えて座っていた。


「やあ、トレントの騎士、僕にその邪魔な枝をくれないか?」


 トレントの騎士の前に立つと、セインはトレントの騎士に語りかけた。

野生のトレントは魔物モンスターであるから、普通なら人が頼み事をするなんて感覚には成りようがない。

だが使役されたことのある、このトレントの騎士であれば、セインの言うことを少しは聞いてくれるのではないかと思ったのだ。


 セインはトレントの騎士をじっと見つめ続けた。

するとトレントの騎士の右腕が動き、膝に生えている枝を1本折るとセインに向けて投げてくれた。

セインとトレントの騎士の気持ちが繋がった瞬間だった。


「もう少しいいかい?」


 セインが強請ねだると、トレントの騎士は両手で何本も枝を折るとセインに放って寄越した。

それを集めると、セインはナイフで削りボルトを作り始めた。

トレントの騎士はその様子を動かずに見つめていた。

トレントには顔と呼ばれる模様があり、そこに仮面を被っている。

その目の部分は空洞ウロで、けして目が存在するわけではない。

だが、その空洞でトレントの騎士が見つめているように見えた。


 弩弓ボウガンボルトは規格で長さが決まっている。

共通規格の弩弓ボウガンにセットするためなので、弩弓ボウガンの大きさに由来するからだ。

弩弓ボウガンの大きさにいくつかの規格があって、ボルトの太さ長さも統一されているのだ。

そうすれば量産品のボルトを購入して使うことが出来、例えば緊急時には他人が撃ったボルトを拾って使うことも出来る。

セインは丁寧にその規格にそったボルトを作った。


 セインがボルトを作っている間、トレントの騎士はじっとセインを見つめていた。

セインがボルトを1本作ると、トレントの騎士が枝を折って投げる。

また1本作ると枝を折って投げる。

その目は明らかにセインを見ていた。目と言っても木のウロ2つだけど。


「ありがとう。もう充分だよ」


 セインの言うことが理解出来ているのだろう、トレントの騎士は枝を折って投げるのをめた。

その目が何か訴えているような気がした。


「一緒に旅をするかい?」


 セインの言葉にトレントの騎士は左胸に手を当てた。


「主人を守っているのかい? だったら主人の墓を作ってあげよう」


 その言葉にトレントの騎士が立ち上がった。

何気なく聞いたセインの言葉にトレントの騎士は立ち上がることで答えたのだ。

トレントの騎士は、左胸の鎧に手をかけると指先となる枝でロックを外し胸部鎧を開いた。

その奥には亡くなってミイラとなった騎士がいる。

トレントの騎士は右手でそっと騎士のミイラを掴むと跪き、目の前の地面に騎士の亡骸を横たえた。


「そこに埋葬すればいいんだな?」


 セインはそう言うと背嚢から折り畳み式のスコップを取り出し無言で穴を掘った。

掘り終えるとトレントの騎士に許可を貰うかのように視線を向ける。

それに応えてトレントの騎士が頷いてから、穴の底へ騎士の亡骸を横たえた。

そして、セインはスコップで土をかけ始めた。

するとトレントの騎士も動き出し右手で土の山を掴むと土をかけた。

最後にトレントの騎士が近くに生えていた花を一輪摘み取ると騎士の墓標へささげた。

騎士の埋葬は終わった。


「これで一緒に行ってくれるのか?」


 セインが不安な顔で聞くとトレントの騎士は立ち上がり、傍らに落ちていた巨大な剣を拾うと、腰鎧の左にあるジョイントに吊り下げた。

トレントの騎士の旅の準備は完了したようだ。


「乗せて行ってはくれないんだな……」


 苦笑するセインにトレントの騎士は何も答えなかった。


「さて、まずは近場で大き目の街を目指すのがセオリーだよな?」


 誰に確認するでもなく独り言ちてセインは歩を進めた。

その後をゆっくりトレントの騎士が付いて行った。



◇◇◇◇◆◇



 近場で大きな街はカシーヴァの街だった。

王都で有名な商店の支店があり、田舎者は王都に行く前には、まずカシーヴァの街で予行練習をするのだと言われていた。

そこへ行けば王都の最新情報もかなりの速度で伝わって来ているはず。

セインが情報収集するには最適の街だった。


 セインはオーツ川沿いを狩猟をしながら下って行った。

水も食べ物も確保出来、行水も出来るという快適な旅だった。

野営もトレントの騎士が側にいることで、魔物や獣に襲われる事もなかった。


 そのような旅を数日続けた後、遠目にカシーヴァの街が見えて来た。

だが、カシーヴァの街は本来あるべき姿ではなかった。

街を守る城壁の一角が崩れ、所々から火の手が上がっていた。

セインは目を凝らす。その目にある生物が映った。


「恐獣じゃないか!」


 その火の手が上がる先に恐獣がいた。

恐獣とは獣が魔物化した害獣で、魔法で人為的に作られているとも言われていた。

それを使役しているのが何者か判らないが、人の手による攻撃だと思われた。

つまり誰かがカシーヴァの街を悪意を持って破壊しているところだったのだ。


「どうしよう。カシーヴァの街がだめなら何処へ行けばいいんだ……」


 カシーヴァの街へ行くのを諦め、セインは別の街へ行こうと考えた。

だがセインは他の街の情報を持ち合わせていなかった。

田舎者のセインは、この先の旅の行き先をカシーヴァの街で情報収集して決めるつもりだったからだ。


 ふと見上げた先にトレントの騎士がいた。


「お前なら恐獣を倒せるかい?」


 冗談混じりで聞いたセインのその言葉に答えるように、トレントの騎士は跪き左の胸部鎧を開いた。


「乗れって言うんだね? (旅の間は乗せてくれなかったのに!)」


 セインはトレントの騎士の脛を登ると胸部に開いたウロに入り込んだ。

目の前の鎧が閉じる。すると身体に蔦が絡みついてきた。

どうやら身体を固定するシートベルトのようなものらしい。

真っ暗闇の中、額に何かの圧力を感じた。

額に癒着した種に何かの力が流れこんでいるような感覚だった。

すると突然、目の前に外部の映像が映った。


「知ってる。これは仮想現実の所謂いわゆるVR画面だ!」


 セインが身体を動かそうとすると、自分の身体は動かず、トレントの騎士が動いた。

身体が麻痺し、その脳からの指令がトレントの騎士へと伝わっているようだった。


「動くぞ! これ!」


 セインが歩く、それに連動してトレントの騎士が動く。


「よし、行くぞ!」


 セインは勢いよく決意すると、カシーヴァの街にトレントの騎士を走らせた。

この時をもって、セインはトレントの騎士になったのだ。

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