第4話 このまま二人で

 次々と打ち上がる花火を夢心地で見ながら、ふと鼻を啜る音がした。夜風が冷えるのか、少し前から黙ったままの茉莉花の表情を盗み見た。


 一瞬、息が止まるかと思った。


 スマホを握り締めて、茉莉花は声を押し殺して泣いていた。


 "私以外にも女がいるみたい"


 最初に相談された時には信じられなかった。こんなに完璧な彼女がいて、どうして他の女の子なんて好きになるんだろうと思っていた。


 綿菓子みたいな、特別な女の子。


 キスをして、それ以上をして。私が出来ないことを全部しておいて。


(私なら、絶対に泣かせたりしないのに)


 茉莉花はいつも完璧な女の子でいようとする。指の先から足の先まで、どこかの国で桃だけを食べてる女の子がいたというけど、多分茉莉花も綿菓子だけを食べているんじゃないかと思う。だから、いつも甘い香りがするんだ。


 誰もが茉莉花に理想を押し付ける。綿菓子みたいな女の子、私だけの女王様になってくれる女の子。


 だけど、今夜は選ばれなかった女の子。


 最後の花火が上がる。眩しいほどの閃光の後、地面が揺れるほどの轟音を響かせて、空気が震える。


 もうすぐ、夏が終わってしまう。


 ほんの数秒、圧倒されたように静まり返る。ちらほらと、人が動き出す。あとは、みんなそれぞれ日常に戻っていくだけだ。


「綺麗だったね、終わるのあっという間」


 真っ赤な目をした茉莉花は、涙の跡も残さずに何事もなかったようにはしゃいでいる。


 駅までの道はひとでごった返していて、上手く歩けない。誰かが二人を押し退けようとして、茉莉花が少しふらついた。


 凪は今度は迷わずにその手を取った。華奢で少し頼りない、冷えた左手。サイズの合わない薬指の指輪が一周回って、針金の頼りない花弁が棘のように刺さった。


 茉莉花は少し驚いたように凪を見上げた。また少し目が潤んでいる。


「はぐれないように、今夜は私が彼氏なんだからいいでしょう? 」


 茉莉花は何も答えずに、しっかりと凪の手を握り返した。


 少し前を歩いて、足元の覚束ない茉莉花の手を引く。駅まではあともう少し。


(もしも私が茉莉花の本当の彼氏だったら、"帰したくない"って言えたんだろうな)


 終電から一本前の電車に乗れるようになるべく足早に、次々と人の間をすり抜けながらそんなことを思っていた。


 途中、同じように手を繋いではしゃぐ女の子を何人も見た。お揃いの浴衣を着て、同じ髪飾りをつけて。


 だけど、きっと深い意味はない、私たちと同じように。


 明日からは日常に戻っていく。茉莉花は夏休みが明けたらきっと新しい彼氏が隣にいて、薬指には新しい指輪を買ってもらう。


 私は本格的に受験勉強漬けの日々になるだろう。


 はぐれないように、手を繋いだ。これが私の人生のハイライトになる、多分。


 

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はぐれないように手を繋いだ、それが私の人生のハイライト 桐野 @kirino_m

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