第2話 お揃いの二人
一緒に浴衣を着たい、と言い出したのは茉莉花の方からだった。
待ち合わせ時間の三十分前。当然浴衣なんて用意してない。地元の小さな祭りもTシャツにジーンズ、それにスニーカーだったのだから。
「なーちゃん似合ってる、可愛い」
茉莉花は目を細めて嬉しそうに笑った。鏡の中の自分はまるで知らない自分で少し戸惑う。
深い紺色の地に向日葵模様、それに白色の帯。
「なーちゃん背が高いから、大きい柄が映えるね。この浴衣見た時から思ったんだ、なーちゃんに似合うだろうなって」
『浴衣は持ってないから、茉莉花だけ着て』
『浴衣なら貸すから家に来て。あと、サンダルでね』
言われるがままに、それでも一応は浴衣と合わせても大丈夫そうなサンダルで向かうと、そこにはすでに浴衣が何枚か揃えられていた。
「すごく可愛いけど、もったいないよ。汚したら悪いし」
夏になると必ず最低でも一枚は浴衣を新調するという茉莉花は、持っている浴衣を並べて好きなものを選ぶように言った。
困惑する凪に、それなら自分が選ぶと言って選んだのがこの向日葵柄だった。
「平気だよ。それより、なーちゃんはそれ気に入った? そこが大事」
「うん、すごく可愛い。ありがとう」
凪がそう答えると、茉莉花は嬉しそうに「じゃあ次は髪とメイクね」と支度を始めた。
茉莉花はクリーム地に水色と薄紫色の朝顔と、葡萄色の帯だ。普段は下ろしている髪を、ゆるく三つ編みにしている。
「茉莉花、可愛い」
息をするように自然と凪が呟いた。もしかしたら、最初に会った時にも言ったかもしれない。
「もう、何回も言わなくても知ってるから」
案の定だが、何度も言っていたことに自覚は無く、少し気恥ずかしい気持ちになる。
「ほら、なーちゃん。頭を真っ直ぐ」
茉莉花は少し乱暴に凪の頭を真っ直ぐに保たせた。鏡越しに見る茉莉花の頬も少し赤く染まっている。これはきっとチークのせいではない。
(……照れてる)
面と向かって褒められることに茉莉花は慣れていないことを、凪は最近知った。
茉莉花は凪の短い髪を器用に編み込むと、小さな白い花の髪飾りを差し込んだ。よく見ると茉莉花の髪にも同じものがついている。
「可愛いでしょ、本当は浴衣も二人で揃えたかったなぁ」
茉莉花は"お揃い"が好きだ。学校で使っているペンケースも、スマホケースも二人はお揃いだった。
「茉莉花は可愛いものが好きだからなー」
茉莉花が持っているものはなんでも可愛く見える。スマホの背面にぬいぐるみみたいに大きなクマがついていても痛々しくない。でも、凪が同じものを持ってもなんか違う、と思う。
「好きだよ、だからなーちゃんも好きになってよ」
相変わらずの女王様思考に苦笑する。いや、ジャイアンかもしれない。俺のものは俺のもの、お前のものは俺のもの。
「……目元はそのままがいいね、口紅塗ろう。真っ赤なやつ」
「似合うかなあ」
「似合うよ」
茉莉花がたまにつけている真っ赤な口紅。少し幼い顔立ちの茉莉花にはその深い血のような赤色がアンバランスで、それが妙に色気があった。
「なーちゃん、こっち向いて」
茉莉花の冷えた指先が、少し乱暴に凪の顎を掴んだ。人形の顔で持つような躊躇いの無さに思わず苦笑する。そんな凪の様子に気付く様子は無く、茉莉花は熱心に凪の唇に視線を注いでいる。
伏せた瞼がうっすら桃色に染まっているのに見惚れていると、筆の硬い感触が唇をなぞった。
「筆を使うと綺麗に塗れるから」
そう言って少し横にはみ出た口紅を、茉莉花が指が拭った。
手掛けた作品の仕上がりを確かめるように念入りに見つめる。彼女の静かな息遣いを頬に感じて、凪は思わず視線を逸らした。
「いい感じ、マジで完璧」
茉莉花は満足そうに何度も頷くと、今度は筆に残った口紅をそのまま無造作に自身の唇に乗せた。じゅわっと一気に色付いた唇に、くらくらと目眩がした。
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