はぐれないように手を繋いだ、それが私の人生のハイライト

桐野

第1話 特別な女の子

 「なーちゃん、今夜ひま?」


 睫毛を念入りにカールさせながら、鏡越しに視線を寄越す。


 この夏の間欠かさずに日焼け止めを塗り、日傘を差し続けたことで守られてきた白い肌が眩しい。


 夏休み中の補講期間、ほとんど学生が大量の参考書や問題集を鞄に詰め込んできているというのに、彼女の鞄の中身は大きな鏡と化粧ポーチ、それからヘアアイロンがそのまま入っている。


 別に特別な予定もないけれど、すぐに暇だと返すのもよくない気がして、少し考えるような素振りを見せた。無駄な駆け引きだとはわかっている。


「一緒にお祭り行かない? 花火も上がるの」


 深い意味なんてない、そんなのわかりきっているのに胸が高鳴る。松本茉莉花は入学初日から憧れの存在だった。


 "水野"と言う名字にあれほど感謝したのは後にも先にもあの日が一番だと思う。


 五十音で並べられた席順では、松本茉莉花、水野凪が前後だった。


 二人ははすぐに親友同士になった。その後は、3年間同じクラス。もしかしたら運命かもしれない、なんて本気で思っていたこともあった。


 親友同士になっても、強い憧れの気持ちは変わらなかった。


 人形みたいに可愛い顔をしているのに、気が強くて自分勝手。いつも綿菓子みたいな甘い香りがする特別な女の子。


 特別だと思っているのは、きっと凪だけではなかった。


 茉莉花が廊下に一歩出れば、みんなが彼女のことを目で追う。


 茉莉花はその容姿と性格、それにやっかみ半分で友人は少ない。


 我儘な女王様、それが彼女を表すのにぴったりな言葉だと思う。


 今だって、「蝉の声マジでうるさい、誰か今すぐ黙らせてくれないかな」と隣の席の笹本くんに圧を掛けている。


 そんな茉莉花に"なーちゃん"と呼ばれて、一番の親友だと言ってもらうのは悪い気はしなかった。それ以上にはなれないとしても。


「お祭りなんてあったけ?」


 凪がそう尋ねると、茉莉花は地元からは少し離れた地名を口に出した。それは県内に住んでいれば有名な祭りだった。


「いいけど、彼氏と行くって言ってなかった?」


 茉莉花には大学生の彼氏がいた。確かもうすぐ二年目の記念日だとはしゃいでいた。


「もう別れるかも。……ねぇ、そんなことよりどう? 私はなーちゃんと行きたいって言ってるの」


 茉莉花は甘えるように、上体を逸らして凪の机の上に突っ伏した。柔らかそうな髪からも甘い香りがする。


「いいよ、行く」


 最初から断るつもりなんてなかった、そんなこと微塵も感じさせないように答える。


 茉莉花の大きな瞳がきらきらと輝いた。たまに失敗してる睫毛も、今日はアイドルの子みたいに一本一本伸びいている。


 茉莉花はいつ見ても可愛いな、と思う。


 今の彼氏がK-POP好きで、その推しのアイドル子の名前は忘れしまったけれど、ぷっくりとした涙袋と下がり眉が茉莉花によく似ているのだと言う。


 確かに似てはいたけど、やっぱり茉莉花の方が可愛いと思う。



「じゃあ、今夜は私とデートね」


 茉莉花は嬉しそうに笑うと、華奢な小指をそっと絡ませた。桜色の爪に、薬指には彼氏にもらった針金みたいな指輪をしている。




 

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