第53話90階
81階からは強いクリーチャーしか出てこなくなる。が、そこは俺がアークメイジになったから今までと同じくらいのペースで攻略していく事が出来た。
ステータスを振り直したから体力も上がった。ちょっと攻撃を受けたくらいでは倒れなくなった。チートな武器のケラウノスもある! 俺はゲームのキャラとして立派に活躍してるぜ!
多分ここが最後のボス部屋、90階。今度は聞かれる前に先に言っておこう。
「ここはボスがイブリース。雑魚がザッハークだ。」
「2体だけか」
「そ、2体だけ」
「また巨人なのか?」
「いや、人間と変わらない」
「・・それで?」
あはは、何か隠してると見抜かれたか。伊達に1年近くも一緒に暮らしてないな。
「ザッハークの両腕が蛇だ」
「むぅ」
「ま、大丈夫だって。今回は俺だって戦力になるんだからザッハークは任せとけ!」
こういう事を言うと必ずと言っていい程フラグが立つ。任せとけなんて言うから・・。と、思うだろ?
でも今回はうまく行った。俺はひっきりなしにザッハークに魔法を浴びせかけ、奴を俺に引き止めて置く事に成功した。
ボスのイブリースは速さと地獄の炎を纏った大剣から繰り出す物理属性の火炎攻撃が強力な攻撃特化ボスだ。アラブの戦士とサタンが合体したような風貌でかなりいかつい。
宏樹の氷のソードと炎の大剣が高速でぶつかり合い、火の粉が舞い上がり氷の結晶が飛び散る。巨大な氷塊が空中からイブリースに襲い掛かり、地面からは鋭利な刃物の様な氷山が突き上がる。
それをイブリースが大剣で両断したり、火炎のトルネードで破壊するから、物凄い水蒸気が発生してまるでサウナ状態だ。
二人の戦力は互角に見えるが、俺がイブリースに速度低下のデバフをかけ続けてるから次第に宏樹が優位になってきた。
ザッハークも物理攻撃型のクリーチャーだ。両腕の蛇が伸縮自在に攻撃してきて、その多彩さにこちらは翻弄される。4つの牙は鋭く、4本の短剣で攻撃されるに等しい。思いがけない角度から蛇の腕が飛んできて、あちこち切り裂かれる。
だがここは100階と違って時間制限がある訳でもない、焦らなくて大丈夫だ。平常心でいけ、俺。これまで何度となくザッハークを倒して来たじゃないか。
おっと、そろそろMPを回復しないとやばいな。インベントリから回復ポーションを取り出すが、ザッハークの腕がすかさず攻撃してきて飲む暇がない。
MPが切れて逃げ回ってる俺に宏樹が怒鳴った。「ケラウノス!」
おおっとそうだった。ケラウノスは使い慣れてないもんだからすっかり失念してたぜ。
俺はザッハークに向かってケラウノスを掲げた。
試しで天に掲げた時とは違って、ケラウノスから直接雷撃が放たれ、ザッハークに直撃した。2、3度繰り返す。奴がひるんでいる隙に俺はMP回復ポーションを飲んだ。
よし、ここからが俺の腕の見せ所だぜ! と思ったのにボスのイブリースが先に宏樹に倒されてしまった。よって、ザッハークの相手は俺と宏樹の二人になった。
宏樹は親の仇みたいにザッハークの蛇の腕を切り落とすが、こいつの腕は30秒ほどで自動再生する。だがまあ奴のHPももう残り30%ほどだ。
俺の魔法攻撃と宏樹の斬撃であっという間にザッハークも片付けた。
「案外大した事はなかったな」
「俺たちが強すぎなんだよ。90階は敵の火力が半端なくて1分もたないパーティーがいっぱい居るんだ。防御ガッチガチにして攻略しようとするとバカみたいに時間かかるしさ」
「
宏樹がヤレヤレ、なんて顔をしてる間に俺はドロップ品を見つけたぞ!
「おーい、今度も武器が出たぞ~」
「・・これは日本刀か?」
「えーと詳細にはアメノムラクモって書いてあるな。別名・草薙の剣。おお~三種の神器の一つか! 俺、熱田神宮のパンフレットで見た事あるよ、確かにこんな形だった」
「それが何でイブリースから落ちるんだ?」
確かに。ケラウノスはサイクロプスから出たけど、ゼウスにケラウノスを作ってあげたのはサイクロプスだと言われてるから納得が行くよな。
でもアメノムラクモは日本の神話に出てくる武器で、イブリースやザッハークはイスラム教圏の悪魔だ。全然繋がりが読めないぞ。
「強い武器には違いない。これは俺が使わせてもらおう」
「ああ、近接向きだから俺は使えないしな。ケラウノスと同等のチート武器だよ、それ」
ところが宏樹がアメノムラクモを装備しようとすると『条件を満たしていません』と表示され、装備出来ない。
「ううん、わかんねぇ。それにPrizonerにアメノムラクモなんてドロップした記憶もない」
「お前が忘れているだけだろう。仕方ない、捨てるには惜しいからインベントリに入れておくか」
さて90階はクリア出来た。武器とゴールドも手に入れた。91階も雑魚は強いがボス部屋ほどじゃない。
91階ではまたコンビニに寄って物資を調達した。ここではディアンちゃんがインベントリを拡張してくれて、50までアイテムを保持出来るようになった。
そこから98階まではスムーズに進んだ。98階はトラップだらけで面倒くさい。
マンションみたいに縦横に幾つもの部屋があって、部屋に入るとトラップが作動して違う部屋に飛ばされたり、落ちたり、いきなりHPが10に激減したりする。クリーチャーが出る部屋ももちろんある。
30階のドアと少し似てるが、ここが厄介なのは部屋がランダムに移動してる事だ。だから引き返しても同じ部屋には辿り着けないから、ひたすら進むしかない。
この次の99階も、クリーチャーが激硬で倒すのに時間がかかる。しかも数が多いからMP切れを起こさないように事前準備をしっかりしていかないと、100階を前にして全滅の危険すらある。
俺達には時間が無いから、この98と99階は泣き所だ。それでもなんとか100階に辿り着いた。
「100階はヴァンパイアキングだろ? 宏樹って事だろ? ってことはこの部屋は空だよな?」
「そのはずだが」
100階の安っぽい扉を開けると中はがらんとしていた。霧もかかっていないし、コウモリの大群も襲ってこない。俺たちは用心しながらも部屋の中を進んで行った。
ヴァンパイアキングの玉座がある。もちろん主はいない。霧が晴れたこの部屋を見るのは始めてだ。ヴァンパイアの部屋だからゴシックな雰囲気かと思いきや、この部屋にはそれらしい雰囲気を醸し出すキャンドルやビロードのカーテンも無い。
ただの殺風景で、寒々とした・・まるで地下牢のようだった。
「お前の魂ってどこに隠されてるんだ?」
「この部屋が一番怪しいのは間違いないと思うが・・」
探すったってこの部屋には何もない。仕方なく俺たちは広い部屋の壁をくまなく探って、隠し扉は無いか、何か出てくる仕掛けは無いかと歩き回ったが、そんな物は何一つ無かった。あと探してないのは天井くらいだ。
「宏樹~空を飛んでさ、天井も調べてみてよ。俺もう疲れたぁ」
今の俺がいくらアークメイジでも空は飛べないからな。それにしてもこの部屋に来て何時間が経過したんだろう。宏樹の魂が見つからないと先に進めない。大迫伸二だって探さなきゃいけないのに・・。
「あ~疲れた、座りたい・・」
目の前にキングの玉座が見える。ちょっとあれに座って一休みするか。
俺はどっかりと玉座に腰を下ろしてインベントリをオープンした。この部屋、歩いてるだけでHPが減って行く。こんな仕様無かったはずなのにな。そう思いながら取り出したHP回復ポーションを飲もうとした時、宏樹が天井から降りて来た。
いや、降りて来たというより、急降下して俺を襲って来た。俺は咄嗟に腕を出してガードする。宏樹はまさにヴァンパイアの恐ろしい形相で俺の腕に噛みついた。
「うっ」
宏樹は完全に自我を失っている。もう片方の手で宏樹を引き離そうとするが片手では到底敵わない。
俺は玉座の足元に置いておいたケラウノスを何とか拾い上げ、宏樹の口にねじ込んだ。
「サンダー」
ケラウノスから放たれたサンダーで宏樹は吹っ飛んだ。
「くっそう、痛ってぇ」
腕から鮮血がしたたり落ちた。俺の血が玉座の上に落ちた瞬間、床にぽっかりと穴が開き玉座は俺と共に地下に落ちた。
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