第51話コンビニ実装

 目が覚めた。もう息苦しさも消えてる、俺は死んだんだな。


 凄く明るいな。ああ~きっとここは天国だ。


 いや、待て。俺の目に映るのは飲料がずらっと並んだ冷蔵リーチインの扉だ。って事は地獄か。死んだ後までコンビニで働けってか!


 耳になじみのあるBGMも聞こえてくる『あなたの街のホットステーション。毎日コンビニ、デイリーマート♪』


 冷蔵リーチインの前で横たわってた俺は半身を起こした。周囲にはお菓子やパンの棚が見える。そういや腹が減ったな。死んでも腹って減るのかよ‥。


 俺はぶらぶらとお弁当、おにぎりのコーナーへ向かった。おにぎりとカップ麺でも食うか。昆布がいいかな、それとも鳥五目なんかも・・。


「ん、なんだこれ」


 手巻きおにぎりがずらっと並んでいるが『力+5』とか『体力+5』とパッケージに貼ってある。

 弁当は1種類のみで『ミートボール弁当・魔法攻撃3%アップ』と表示されている。


 後ろを振り返りドリンク剤の冷蔵庫を見てみると、『HP回復ポーション・20%』『MP回復ポーション・30%』『石化回復薬』『毒消しポーション』と書かれた小瓶が値段ごとに綺麗に陳列されている。


 そうだ値段! 値段も『円』じゃない『ゴールド』と表示されてるじゃないか!


「気が付いたか」


 フランクフルトをかじりながら宏樹が歩いて来た。


「これって一体‥」どうなってるんだ? 俺は死んだんじゃなかったのか?


「俺、もしかして死んでない?」

「死んでないぞ。ここはまだダンジョンの中だ」


 するとレジの方から声を掛けられた。「直巳、こっちにゃ」


 レジには獣人状態のディアンがコンビニの制服を着て立っていた。


「ディアン! 変身能力が復活したのか?!」

「残念ながら違うにゃん。これはディアンちゃんをモデルにしたNPCなのにゃ!」


 なんとディアンちゃん、もとい高田順子ちゃんがダンジョンの中にコンビニを実装してくれたのだ! 


 ナーガラージャの部屋を出たあと俺は気を失ったが、通路にコンビニの看板が立っていて、それに従って行くとここに着いたらしい。ここで解毒ポーションを購入して俺は助かったという訳だ。


「食べ物の他にも武器や防具もあるから装備を整えて!」


 なるほど、普段は傘が置いてある場所にソードや弓、ソーサラーが使う杖なんかが陳列されている。防具も壁一面にあって壮観だ。


 防具は一番いいものを買い揃え、とりあえず武器は弓を買っておいた。上手く使いこなせるか分からないが、俺に近接は無謀だし、魔法なんて使えないからな。


 ディアンちゃんによれば70階と90階のボス部屋を出た場所にも同じコンビニを設置してあるらしい。商品はこれから充実させるらしいが、これだけあれば十分だよ。


 後はヒーラーがいない分を補えるような物を買って行けばいいな。死の舞踏イベントで得られたゴールドが役に立つぜ!


「それから直巳のゲーム機とオンラインで繋げたから、もう少ししたらもっと戦いやすくなるよ!」


 ディアンちゃんは俺んちで数台のPCを駆使してサポートしてくれてるんだが、試しに俺のゲーム機で「The Prizoner」を起動させたらここと繋がったらしいんだ。どういう理屈でそうなるのか分からんが、不思議な事もあるんだな。


 それで急きょ、オンラインゲームになるようにしたらしいんだけど、そんな事出来るものなの?!


「何をひとりでブツブツ言ってるんだ、買い物は済んだのか?」

「済んだけど、持ちきれないな。どうしよ・・」


「インベントリに入れてないのか?」

「へ?」


 試しに『インベントリ』と声に出してみると目の前にインベントリの画面が現れた。HP回復ポーションの小瓶をかざすと、すっと吸い込まれて在庫に表示される。



「おおおっ、便利じゃん。ゲームと全く同じだ!」


 インベントリの枠は30だったからとりあえず目につく物は全て購入して準備した。さあ、がんがん行くぞ!


 

「えーと60階のボスは‥あっケルベロスだ」


 リアル世界で対峙した時はなんとか退けたが、奴はまだ生きている。今回は戦わざるを得ないかもしれない。でも俺としては‥あんまり戦いたくないよ。なんかこう情が湧いたっていうかさ・・。


 ボス部屋の扉を開けると中は静まりかえっていた。雑魚がいない。


「俺たちはあの時、ケルベロスをやっつけてないから雑魚もいるはずなんだけど・・」


 だがちょうど部屋の真ん中辺りまで来た時、ドシン、ドシンと床を震わせながらケルベロスがこっちに向かって来た。


 初めて見た時もその大きさと威風に圧倒されたが、ダンジョンの薄暗い中で見るケルベロスはもっと恐ろしく感じた。6つの目は早く俺たちを食ってしまいたいとギラついているように見える。


「久しいな、人間」「また会ったな、人間」「相変わらず貧弱だな、人間」


 ひえっ、喋った!


「そっちの世界では喋る事が出来なかったがな‥それより俺は腹が減ってるんだ」「そうだ」「減っているんだ」


 うわあ、やっぱりそう来る? でも『俺達』じゃないの? 頭が3つもあるんだからさ‥。

 宏樹は俺を見た。俺も宏樹に頷き返す。二人同時に同じ言葉を発した。


「「インベントリ」」


 俺と宏樹はインベントリからさっきのコンビニで買って来た物を取り出し、ケルベロスの前にぶちまけた。


「おおお! これは以前のとはまた違うな! いいニオイだ!」「うまそうだ!」「たまらん!」


 ケルベロスは目の前に山積みになった『ワンちゃんのカステラ』に飛びついた。カステラは猛烈な勢いでケルベロスの腹の中へ消えていく。


 あっという間に全部平らげたケルベロスは舌なめずりをしながら言った。


「「「もう無いのか?」」」


「ごめんな~70階まで行けばまたコンビニがあるはずなんだけどさ」


「70階か。ふむ、乗れ」「背中だ、乗れ」「早く行くぞ」


 ケルベロスはそう言ったかと思うと俺の襟首を咥えて自分の背中の上に俺を放り投げた。


「おわっ!」


 宏樹も同じように俺の隣に降って来た。


「しっかり掴まっていろ」「落ちるなよ」「まだ食える」


 宏樹と俺を背中に乗せたケルベロスは疾風の如く駆け出した。自分のボス部屋を抜け、61階、62階と駆け抜けていく。


 途中でクリーチャーの攻撃にあったが、3つの頭から吐き出される業火に全て焼き尽くされていった。宏樹もケルベロスの背中の上から魔法を繰り出し、雑魚のクリーチャーは面白いほど簡単に倒された。


 俺も負けちゃいられん、とコンビニで買った弓を構えるが、猛スピードで走るケルベロスの上で弓は無謀に等しかった。


「ゆ、ゆ、ゆ、揺れて、む、難しいな」

「お前は黙ってしがみついてろ」ぐらぐら揺れている俺に宏樹が冷めた目を向けた。


 そんな訳で、70階まではあっと言う間だった。


「あのやけに明るい部屋が『コンビニ』か?」「あれだな」「おう、あれか」

「そうそう、あれ。他に客なんていないから一緒に入ろうぜ。好きな物を買ってやるよ」


 とは言ったもの、軽自動車くらいあるケルベロスが中に入れる訳もなく「あ、ごめん、無理だったか。ちょっと待っててよ。色々買ってくるからさ」


 ケルベロスは首を伸ばして中を覗き込んでいる。3つの頭はそれぞれ違う方向を見て興味津々のようだ。


「俺も入りたいぞ」「同感だ」「匂いはどうだ?」


 俺が店の中に入ろうとした時、ケルベロスも頭をねじ込んできた。


「いやいや、待って。店が壊れちゃうよ! ああ~あ‥あ‥あれ」


 見る間に、しゅぅぅぅ~~~っとケルベロスは縮んで虎くらいの大きさになった。そのままスタスタと店内を歩き回り中を物色している。


 ケルベロスのおかげでここまで無傷で来られた俺たちは、新しい商品が追加されていないかぶらぶらと見て回った。


「おーい、買う物は決まったか?」


 俺が声を掛けると口に買い物カゴを咥えてケルベロスがレジまで歩いて来た。床に下ろしたカゴの中には『わんちゃんのカステラ』をはじめ、大量の菓子パンが詰め込まれていた。


 カゴをレジ台に置いて会計していると、またカゴを咥えてケルベロスがやって来た。今度の中身もパンだ。


「お前、パンが好きだなあ。しかもカゴに入れるとかどこで覚えたんだよ」


 結局、カゴ6個分のパンとおにぎり、ソーセージやハム、つまみのビーフジャーキーなんかをたんまりと買わされてしまった。


「じゃあ俺たちは行くよ」

「そうか。この先は一筋縄ではいかんぞ、気を付けろ」「やられるなよ」「これはうまいな」


 菓子パンをパクついてるケルベロス(達?)を後に、俺達は歩き出した。



 

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