第50話ミラールームとナーガラージャ
その部屋はミラールームだった。遊園地とかに昔あったやつ。もしくはホラー映画に出てくるヤツみたいな鏡だらけの部屋だ。
「当たりって事は入っていいんだな」
入っていい。そして鏡を割りまくるんだ!
ガシャーン、ガチャガチャガチャ。バリーン、ガチャーン。壊せど壊せど、鏡は無くならない。
「うわっ、なんだこれ不気味だな」
割れた鏡の上を注意しながら進んでいた宏樹が顔を歪めた。
鏡の破片には当然何かが映っているのだが、それは目の前にあるものではなく今まで開けて来たドアの中の部屋なんだ。
俺も鏡の破片を1枚拾い上げてみる。目の前に持ってくれば当然俺の顔が映るはずだが、そこに映っていた物は最初に見たトイレの部屋だった。
「今まで開けたドアの数だけ鏡があるんだな・・」
「そういう事! うっし、気合入れて割ってくぞ」
ミラールームに入ってから30分以上は経過しただろう。やっと最後の1枚に辿り着いた。
それを割ろうと氷のソードを振り上げた宏樹に俺は待ったをかけた。
「その鏡にはノブが付いてるだろ? その先にパパ・レグパがいる」
鏡のドアを開けると中は薄暗い郊外の路地だった。街路樹が立ち並ぶ十字路の真ん中にパパ・レグパが立っていた。
奴は手に持った杖と鍵束から鍵を飛ばして攻撃してくるが、30階のボスだ。ハッキリ言って強くはない。
あっという間に宏樹のソードに切られて消滅した。
奴が消えると郊外の風景は消え、がらんとした何も無いただの部屋に変わった。
「随分あっけなかったな」
「まあボスに対峙するまでが長いからな」
次の40階はネズミ頭男だからボス部屋は空だな。
その予想通り40階のボス部屋はからっぽ。41階から49階まではそれなりの雑魚が出現する。まだまだ宏樹が余裕で倒せる。
「50階のボスはナーガラージャで、雑魚がナーガだ」
「それも人型か?」
「宏樹さ、自分で作ったゲームの内容を覚えてないの?」
「記憶にない。なんせ魂がないからな」
「そ、そうだったな。すまん。えっとナーガラージャはインドとか中国の神話に出てくる蛇の神様だな。だから雑魚は蛇」
「なっ、なんだってぇ」
いつも冷静沈着で嫌味なほどクールな宏樹の顔色が変わった。
「ははぁん、お前ヘビが苦手なんだろ?」俺は宏樹にも苦手な物がある事を知って思わずからかいたくなった。
「ニョロニョロしてるのが苦手なのか? それともウロコが嫌なのか?」
「くそっ。俺がナーガラージャに負けたらどうするんだ。お前が代わりに倒してくれるのか?!」
いや・・それはまずい。確かにそれはまずいぞ。
「雑魚は俺が何とか頑張るよ。ナーガラージャは上半身は人間だからそんなに蛇っぽくないからさ・・」
そうそう、雑魚はちょっと大きめの蛇が20匹くらいだから俺でもなんとかなるさ!
「‥これのどこが20匹なんだ?」
ボス部屋の扉を開けるとまあいるわ、いるわ・・。アナコンダみたいな巨大なやつからアオダイショウくらいの蛇まで足の踏み場もないほど、そこいらじゅう蛇で埋め尽くされていた。
「ど、どうする?」
チラッと宏樹を盗み見ると思案しているその顔はわずかに青ざめていた。が、次の瞬間宏樹は両手からブリザードのような氷結魔法を放ち、床の上から壁や天井にいたるまで蛇ごと氷漬けにした。
「ネズミの時と同じだ。お前が叩き割れ」
あーなるほど。リアル世界に出現したねずみをやっつけた時と同じ要領でカチコチになった蛇を、俺はゴルフクラブで叩き割っていく。
部屋の奥の魔法が届かなかった場所にはまだ大量の蛇がうようよしているが、寒さが苦手な蛇はこちらへ近づいてこない。
これを繰り返しながら奥へ進んで行く。とうとうナーガラージャがいる最奥まで辿り着いた。
宏樹には苦手な蛇型のボスだったろうが、相手は雑魚の蛇と同じように寒さが弱点だ、氷結魔法でみるみるHPが減って行く。
ナーガラージャは両手に持った長い剣から繰り出される激しい斬撃と口から吐き出す毒のブレスがやっかいだがヴァンパイアの宏樹に毒は無効化されている。
俺はボスから少し離れて氷漬けになった雑魚の蛇を残らず砕いているんだが、ここに来てとうとうゴルフクラブの寿命が来てしまった。
それもそうだよな。初っ端からスケルトンの骨を砕き、ミラールームでは無数の鏡を割り、ここでは氷漬けの蛇を星の数ほどだ。
ちょっとシャフトが曲がって来てるなとは思っていたが、先端から40センチ程の所でぽっきり折れてすっ飛んだ。しかもその折れた先端がナーガラージャの頭に当たった。カコーンと妙にいい音が響き渡る。
「あっ! あ、いや。わざとじゃないよ、そんな怖い顔しない‥」
ナーガラージャのタゲが明らかに俺に移った。奴は猛烈な勢いでこっちに向かってくる!
宏樹もすぐさまナーガラージャの後を追った。そして俺に向かって振り上げられた剣を持つ腕ごと、すぱっと断ち切る。間髪入れずもう片方の腕も切断したが、両腕を無くしたヤツは毒のブレスを俺に吹きかけた。
タゲが俺に移ったおかげで宏樹は後ろから易々とナーガラージャの首を刎ねる事が出来たが、俺は思いっきり毒ブレスを浴びてしまった・・。
「ゴホッゴホッ‥うっ、苦し‥い」
痛みは感じない。だが息苦しさとめまいがひどく、真っすぐ立って歩くのもおぼつかないほどだ。
「このボス部屋で解毒剤はドロップしないのか?!」
駆け寄った宏樹が倒れそうな俺を支えて座らせながら聞いた。
「し‥しない。あらかじめ解毒‥剤を持っていくし、パーティーには‥必ずヒーラーがいる‥からヒーラーに解毒して貰うん‥だ」
息苦しくて普通に話す事もままならない。宏樹と違って俺は生身の人間だ。いくらここが特殊なゲーム内のダンジョンだとしてもそれは変わらない。あんな毒ブレスに当たったら無事じゃ済まないだろう。
結局俺はなんの役にも立たなかった。絶対に生きて帰るつもりだったけど、無理っぽい。帰ったらるり子さんとラブラブな日々が待ってるはずだったのに・・。
宏樹は入口から荷物を持ってきて俺に水を飲ませた。一応、胃薬とか解熱剤なんかも持って来たけど効くとは思えない。
それでも荷物をガザゴソやってた宏樹がラッパのマークの薬を取り出し水と共に俺の口に押し込んだ。
「き‥効かねえって」
「いいから飲んでおけ。水ももっと飲め。体内の毒素が薄まるかもしれん」
俺は宏樹に肩を支えられてボス部屋を出た。だが数歩も歩かないうちにガクンと膝をついて座り込んでしまった。息が苦しい上に視界までぼんやりしてきた。
「わ、悪りぃ。俺ここ‥までかも。る‥り子さんにあやま‥」
「何言ってるんだ、しっかりしろ! おい! おい!」
宏樹の声がだんだん遠くなる。姉さんが迎えに来てくれるといいな・・・・。
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