第49話死の舞踏

 『死の舞踏』


 極低確率で発生するこのイベントをクリアするのに必要なのはタイミングだ。


 メンバー全員がスケルトンとダンスしている状態でリーダーの一人がネクロマンサーの腕を掴みダンスに持ち込めれば一気に20階層クリアになる。ネクロマンサーのHPが満タンだろうと関係ない。


 だがスケルトンが邪魔してくる中でネクロマンサーの腕を狙うのは無理だから、ギリギリの数までスケルトンを倒す。


 その上でパーティーメンバーが全員スケルトンと踊り出したのを確認してからネクロマンサーにアタックしないといけない。


 パーティーのメンバーが武器を落とすとスケルトンに捕まって強制ダンスが始まるから、武器を落とすタイミングも計らないといけない。


 ただ今回は俺と宏樹の二人だけで俺はもう捕まってしまったから、後はスケルトンの数を減らしてネクロマンサーの腕を掴めばいいだけだ!


「掴めばいい‥って簡単に‥言うが‥」


 俺が捕まってるから大量のスケルトンを宏樹は一人で相手しなくてはならない。あんまり数を減らし過ぎるとネクロマンサーがスケルトンを復活させてしまって、調整にかなり苦労してるみたいだ。


 残し過ぎると邪魔されてネクロマンサーの腕を掴めない。ボス部屋はスケルトンで埋め尽くされた満員電車みたいになってるから、ほんと厄介だ。


 宝箱が出るラッキーイベントなだけに一筋縄ではいかなかった。


 俺は俺で1時間もクルクルと回りながらダンスを踊ってるもんだから目が回って気持ち悪くなってきた。


「頼むぅ~早くしてくれぇ」


 情けない声で懇願しながら、脳裏にネットの記事が浮かんで来た。死の舞踏イベントが発生して喜んだのはいいが、タイミングが合わずいつまでも終わらなくて強制終了したって話が・・。


 でも俺たちにはそんな荒業は使えない。ああ~もう疲れて気持ち悪くて気絶しそうだ。

 意識が朦朧としてきた瞬間、ぱっと目の前のスケルトンが消えた。


 支えがなくなった俺はドシンと床に尻餅をついた。


「や、やったか?」

「はぁぁぁ~やったな」


 宏樹もその場に座り込んでいた。


「水・・水が飲みたい」俺は部屋の入口に置いてある荷物まで這って行って水をがぶ飲みした。


 2リットルのペットボトルを宏樹に差し出したがいらないと断られた。ヴァンパイア状態だと水もいらないのか。


「でさ、どうやってネクロマンサーをダンスに持ち込んだんだ?」

「腕を掴んだら『ダンスをしますか?』って選択画面が出た」


 へえ~って、そうだ! 宝箱! 疲れ果ててすっかり忘れてたよ。


 フロアの中央にもの凄く小さなBOXが出現していた。手のひらに乗るくらい小さいやつ。


「ええ~こんなちっこいのが宝箱なのか?! 苦労に報酬が見合ってないんじゃないか?」

「いいから早く開けてみろ」


 『1000万ゴールドを入手しました』


「うおっ、1000万だって!」


 20階層のボス、ネクロマンサーを倒して貰えるゴールドは20万くらい。30階層のボスだと30万。それに比べると破格の金額だが・・。


「ゲームと違って地上に戻って買い物出来ないから意味ないよな・・」


 本来ならこのイベントをクリアすれば一旦ダンジョンを出て装備を整える事が出来るから、これ以降の戦いが段違いに楽になる。だがあくまでもゲームの話だ・・。


 まあいい。今は先に進むしかない。



 21階、22階と戦いながら進んで行く中、ふと思い出した。ゲームの中では年も取らないし、腹も減らないんじゃなかったっけ? なんで水が飲みたくなったんだ?


「HPゲージが減ってるからじゃないか。俺も渇きは覚えた。だが水が飲みたいとは思わないから断っただけだ」


 ああ、そういう事か。HPは自然回復するからじっとしていれば食欲も消えるのか。宏樹は‥ヴァンパイアキングははいらいない、って事か。


 だけど自然回復をずっと待ってはいられない。時間が限られてるんだからな。もっと水やら食料を持ち込みたかったが、持てる荷物にも限度があるしな。



 もう29階だ。ここまではやはり楽勝だった。道中はキング一人でも余裕な感じ。


 30階のボスはレグパだ。パパ・レグパとも言われるボス。考えてみればこいつはブードゥーの神だか精霊だったよな。大迫伸二の仕掛けのヒントはゲームの中にもあったんだな。


「ここのボスはどんなのだ?」

「ここはパパ・レグパって人型のやつなんだけど・・」


 このゲームの中のパパ・レグパは薄汚れた赤いスーツに黒いヨレヨレのシャツを着てボロボロの麦わら帽子を被った爺さんだ。片手に杖を持って、もう片手には鍵束を持ってる。


 んでもってこいつとの戦闘はボス部屋の扉を開けた瞬間から始まる。


「ドア開けてすぐ中に入るなよ」


 まず宏樹にドアを開かせる。ドアもまた部屋の内側に開くやつだから罠に引っかかりやすいんだ・・。


 宏樹は普通のリビングのドアみたいな扉のドアノブに手を掛け、その後は足で蹴ってドアを開けた。


 やっぱり! ドアの向こうは真暗で何も無い。黒い空間がぱっくりと口を開けているだけだ。そう、床も無いのだ! 気付かずに足を踏み入れれば底なしの深淵に落ちて死亡してしまう。


「どうするんだこれ?」

「見てろよ」


 1分くらいそのまま待っているとドアは自動で閉まった。


「最初にこの罠ってひどいな」

「いや、どの罠が出てくるかはランダムなんだよ。慎重に行かないと、またこれが出てくる事もあるからな」


 そう言いながら今度は俺がドアを開けた。その目の前にはまたドアがある。同じような普通のドアだ。そしてドアしかない。1番目のドアが内側に開く分だけの空間しかなく、またすぐドアなのだ。


 その2番目のドアを開ける。すると今度は長い長い廊下に出た。廊下の右側は壁で左側には等間隔にドアが付いている。全部でドアは5つあった。その先は行き止まり。


 まずは一番手前にあるドアを開ける。すると中はトイレだった・・。『便座はきちんと下げる事』なんて張り紙までしてある、普通の家庭のトイレ。これはハズレ。


 次のドアは宏樹が開けると言い出した。誰が開けても同じだからまかせる。宏樹はドアをガタガタやってるが開かないみたいだ。


「おい、これ開かないぞ」

「貸して」


 俺はドアを手前側に引いた。「これは引くやつだな」


「なるほど‥な」


 で、今回もすぐ中には踏み入らず頭だけ突っ込んで中を確認する。なぜかって、薄暗くて見えないからだよ。すると波の音と共に潮の香りが漂って来た。


「どうやら海があるみたいだな。地面は砂浜だ。入ってみるか?」


 地面に手を当てていた宏樹が聞いて来た。


「いや、砂浜で巨大なカニの化け物に襲われるから入らないでおこう」


 次のドアを開けるとまた長い廊下に出た。今度は左右両方にドアが並んでいる。これが当たりだ。


「よし、こっちだ」


 この廊下でもドアをひとつひとつ開けていく。この廊下はドアの数が多いから二人で手分けすることにした。


「開けたドアは開けっ放しにしておけよ。閉めるとまた違う場所に通じちゃうから」


 こうやってどんどん扉を開けていく。あまりにも多いドアにだんだん嫌気が差してきて、すぐ踏み込んじゃいけないのを忘れて深淵の底なし穴に落ちてしまうプレイヤーが続出するんだ。


 ここ30階のボス部屋は慎重さと忍耐力が必要だ。


「また廊下だ。今度のは終わりが見えないくらい長いぞ」

「ああ~疲れた。こういうボス部屋だって分かってはいるけど、嫌んなるよ」


 それでもドアを開けていくしかない。だって引き返せない仕様なんだから。


「ここはチベットかどこかの寺だな」

「ここはカレー屋だ」

「ドアの向こうはドア、ドア、ドア・・・・・・」

「ここはコックピットだ」


 ドアを開けたら目の前に宏樹が立ってて、二人同時に「うわっ」と声を上げたり、大量の水が出て来て頭からずぶ濡れになった後、次のドアから大量の干し草が雪崩れ込んできて草まみれになったりもした。


 体力的にはどうって事ないが精神的疲労がひどい。一体どれ位のドアを開けただろう? 100? 200? 


 廊下の遥か先までずらっと並ぶドアを見てげんなりしていると宏樹の声が聞こえて来た。


「お~い、これは当たりか?」


 5m後方でドアを開けていた宏樹がこっちを見ている。


「どれどれ・・」


 おっ、これは当たりだ!! やっとだぜ。

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