第41話5年前
俺はため息をつきながらディアンの後を追った。
「ディアン、待てって」
階下に降りて外へ出て行くのかと思いきや、ディアンはキッチンに入って行った。まさか由利香さんとバチバチやらかす気じゃないだろうな。
「おうディアン、夕飯だぞ」俺の心配をよそに宏樹は呑気にシチューなんかを皿によそっている。うわ、ビーフシチューか! 超うまそう! ってそうじゃない。
キッチンに入るなりディアンは宏樹につめ寄った。
「落合さん! 思い出して! 落合さんは大迫さんに嵌められたのよ!」
「ディアン、一体何を言ってるんだ」
「私が宏樹さんを嵌めただなんて‥酷いわ。高田さんが宏樹さんの事を好きなのは知っていたけれど、だからって私にそんな事を・・」
ディアンは手をブンブン振って由利香さんの言葉を遮った。
「違う違う、あんたじゃないわ、あんたのお父さんよ。大迫伸二よ」
「えっ、父が宏樹さんを?」
「ちょ・・とりあえずさ、座ろうぜ。俺、学校から帰って来て腹も減ってるし、食べながら話そうよ」
ディアンがとんでもない事を言いだしたが、まずは腹ごしらえだ。いつになく俺の意見を素直に聞いてくれたディアンは、自ら席に着いた。
しばらくはみんな無言で食事をしていたがとうとう宏樹が口を開いた。
「それで・・どういう事なのか説明してくれ、ディアン」
ディアンはいつもの様子からは想像できない程真面目な口調で話し始めた。
「私はゲームの中のキャラクターじゃない・・多分、落合さんも」
俺と宏樹はゲームの中のキャラ
「高田さんは高田さんなんじゃ・・」と困惑している。由利香さんにも説明すべきなのか? でも大谷に続いて由利香さんにまでペラペラと俺たちの秘密を話していいものなのか?
俺はどうしたものかと宏樹に視線で合図を送った。宏樹はそれに答える代わりにディアンに質問した。
「彼女の前でこの話を切り出すという事は、彼女も関係しているからなのか?」
「直接には関係してない。でも彼女は知るべきだと思う。信じられないような話でも」
不安そうな表情を浮かべて由利香さんは頷いた。「話を聞かせて下さい、全て。信じるか信じないかは聞いた後で考えます」
宏樹も頷いた。そして自分がゲームから出てきて俺に出会った事、しゃべる猫だったディアンが獣人化した事などを順序良く話して行った。その過程で、最近騒がれているクリーチャー騒動などもゲームが関係している事を洗いざらいぶちまけた。
由利香さんは何も質問をせずにじっと話を聞いていた。宏樹の話が終わってしばしの沈黙が訪れた時、俺は由利香さんに聞いてみた。
「どうですか? 信じられそうです?」
「・・宏樹さんの話を信じたいという気持ちと、3人が揃って私をからかっているんだという考えがせめぎ合っています」
当然だよな。大谷だってそうだったし、ここはやっぱり宏樹にまた翼をバサァ~と広げてもらうしかないな。
だが宏樹はコウモリの翼を広げる代わりにコンタクトを外した。黒い瞳のコンタクトを外すと黄金色に縁どられた紫色の瞳が現れた。
「夜はヴァンパイアキングになってしまうのでコンタクトが必要なんです」
宏樹はそう言いながらテーブルの上の水が入ったグラスに手を伸ばした。そしてそれをそっと握るとグラスの中の水はみるみる凍り付いた。
由利香さんは目を見開いてそのグラスと宏樹の瞳を代わる代わる見返した。その顔を見れば由利香さんが宏樹の話を信じたのは明らかだった。
「じゃあ・・この宏樹さんは失踪した宏樹さんじゃなくて・・ゲームの中の登場人物だって事なんですね・・」
由利香さんの落胆ぶりは見ていて可哀そうになるほどだった。俺は慌てて声を掛けた。「この宏樹がヴァンパイアキングだというのは本当ですけど・・ディアンは違うみたいな事を言ってるし、はっきりした事は・・」
「ディアン、説明が必要だ。この事もそうだし、大迫さんが俺を嵌めたとはどういう事だ」
「私の話は5年前に遡るの・・・・」
―――――――――
5年前。
「大迫室長、これは一体どういう事ですか?!」
就業時間後の静まり返った開発室に大きな声を響かせて入って来たのは高田順子だった。アニメのコスプレイヤーの様な派手ないで立ちだが、れっきとしたジョンソンソフトウエアの正規社員である。
「高田君、そんな大きな声を出してどうしたんだね?」
対する大迫伸二はこの開発室の室長を務める50台半ばの男だ。少し神経質そうな目つきで眼鏡の奥から高田順子に嫌悪の視線を投げている。
(全く・・社会人になったっていうのにそんなチャラチャラした服装で仕事に出てくるなんて。いくら自由な社風だからといって調子に乗り過ぎなんだ。こんなゴミはさっさと家に帰ってガキみたいにアニメに噛り付いてりゃいいんだよ)
「どうしたじゃありません。落合さんが失踪したのって室長が原因なんじゃないですか?!」
「な、何を突拍子もない事を言ってるんだ君は」
「これ見て下さい、今朝私のPCに届いたメールです」
脇に抱えていたノートパソコンを大迫のデスクに無造作に置いて順子はメールボックスを開いた。
落合からは3通のメールが届いており1通目のメールにはこう書いてあった。
『高田君 これは俺のPCから自動で君へ送られるようになっているメールだ。一定期間俺のPCが起動されないと別のPCから自動的に送信されるように設定してある。これを見たら添付の画像を早野さんに見せて欲しい』
「メールには今開発してるゲームの草案と詳しいプログラミングやその先の展開まで詳しく書かれた文書が入ってました。そしてこのゲームは大迫さんじゃなくて落合さんが最初に考えた物だって書いてありましたよ!」
「っ!・・・・君はそれを信じるのか? 室長の私ではなくあんな若造の言う事を・・」
「当たり前じゃないですか! 何より証拠がここにあるんですから。私達はやっと50階層モンスターに着手したところです。でもこのメールの文書には100階層までの草案がきちんと練られています。それに落合さんはただの若造じゃありません。室長よりずっと才能のある若造です。それは一緒に仕事をしている私がよく知ってます!」
大迫は座っていた椅子から突然立ち上がった。握りしめた拳は怒りでブルブルと震えている。順子は脅威を感じ、ノートパソコンを胸に抱えて少し後ずさりした。
「それを・・早野に見せるつもりかね?」さっきまでの怒りは消え、仮面の様な表情のない顔で大迫は言った。
「あ、当たり前じゃないですか。それに、不正が正されれば落合さんが戻ってくるかもしれないんだし・・」
「愚かしいな、君は。奴は俺の娘と付き合っているんだぞ。どんなに君が奴に尽くしても報われる事はないというのに」
「そんな理由じゃないですから!」
この人に話をしても無駄だった。落合さんからのメールを見て頭に血が上り、怒鳴り込んでしまったが、こんな事をしないで真っ先に早野さんにメールを見せるべきだった。順子がそう気づいた時は既に遅かった。
キーボードがカタカタ言う音が聞こえてきたと思うと、大迫のデスクの上のモニターから強い光が放たれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます