第40話高田順子
リヴァイアサンとの闘いで宏樹が作った氷の矢を打ちまくった俺は、右手に軽度の凍傷を負った。
利き手だから多少不便ではあるが、それを理由に大学は休めない。今日は普通通り学校に行き、夕方駅に着いた時だった。
「五十嵐さん」
呼ばれて振り返ると大迫由利香が立っていた。
「あれ、大迫さん。もしかして宏樹に会いに?」
「ええ‥。あれから連絡もないしどうしてるかと思って。それにニュースで報道してた、人がさらわれた公園ってここから近いんでしょう? 心配になったんです」
「宏樹は元気ですよ、行きましょう」
俺は大迫由利香と一緒に帰宅した。「ただいま~宏樹、お客さんだぞ」
だが出迎えたのは宏樹ではなくディアンだった。「ごしゅ‥宏樹さんは出掛けたにゃ」
そしてそのディアンを見た大迫由利香の反応がこれだ。
「どうして高田さんがここにいるの?」
高田さんだって? ディアンが? しかも大迫由利香の表情は困惑と共に明らかに不快さが滲み出ていた。俺は大迫さんの表情に気を取られていた。それで後ろのディアンの反応に気づくのが遅れてしまった。
ガタンと音がして振り返るとディアンがリビングのドアに倒れ掛かっていた。俺は急いで靴を脱いでディアンに駆け寄った。「ディアン? どうしたんだ、大丈夫か」
「ディアン‥わたし、は、ディアン‥ちがう‥わたしは‥」
ディアンはブツブツ言いながらしゃがみ込んでしまった。そこへ玄関のドアが開き、宏樹が帰って来た。
「あれ、大迫さん。いらしてたんですね」
「あの‥今来たところなんです」
「中に入って下さい、これから夕食なんで一緒にどうですか?」
宏樹はディアンに気づいていない。リビングに入って来て初めてしゃがみ込んでいるディアンと俺に気づいた。
「直巳、何やってるんだ」
「ディアンが‥ディアンの様子がおかしんだよ」
宏樹の声を聴いたディアンが顔を上げた。「お、落合さん‥?」
なぬ? 落合ってキングのモデルの落合宏樹か? 宏樹に続いて入って来た大迫由利香が宏樹に尋ねた。
「高田さんがここにいるのはどうしてですか? 彼女は突然会社を辞めてしまったと聞いていたんですけど」
「ディアンちゃんは高田順子じゃない! ちがう! 絶対ちがう!」いきなり立ち上がったディアンは俺を押しのけて2階へ駆け上がって行ってしまった。
「ディアンはどうしたんだ?」
「こっちが聞きたいよ。大迫さんはディアンの事、『高田さん』って呼ぶしさ」
宏樹は一瞬考えてから俺に言った。「お前は着替えてこい。夕食の支度をしておくから」
「分かった。ディアンの様子も見てくるよ」
俺は宏樹と大迫由利香を残して2階に上がった。
――――――――-
大迫由利香は困惑していた。
高田順子は宏樹の2年後輩の同僚だった。コスプレイヤーのような奇抜な服装と派手な外見、くせのある喋り方で、みな度肝を抜かれたが中身は素直で頭の回転の速い利口な人物だった。
入社してすぐ宏樹の下に配属された彼女は宏樹にすぐ懐いた。宏樹は見た目に囚われず、自分の能力を正当に評価したからだ。高田順子の宏樹への感情が、尊敬する先輩以上の物になるのに時間はかからなかった。
だがその頃には既に宏樹は由利香と交際していた。それでも自分の気持ちを隠そうともせずに『落合さんLOVEの順子ですニャ~』と周囲に公言していた。
当然由利香としては面白くない。宏樹は『妹みたいなもんだよ』と笑っているが高田順子はそう思っていないのだから。
そして宏樹が失踪して1か月近く経ったある日、高田順子も突然デスクに辞表を残して会社を辞めてしまったのだ。あれだけ宏樹に懐いていたから宏樹の失踪がショックだったのだろうとみんなは噂していた。
―――――――
「だからそれ以降、誰も高田さんを見てないし行方を知らないんです。高田さんのご家族の方も心配して田舎から出て来られて‥失踪届を出したと聞いてました」
「その高田順子が俺が住んでる家に居たから驚いたんですね」
「本当にびっくりしました。まさか彼女もここに住んでるんですか?」
「‥住んでます。だけど少し事情があります。今は詳しく言えませんがホントにただの同居人ですから」
由利香は明らかに不満そうであり、落胆していた。
(私は今すぐどういう経緯でそうなったか聞きたい。いつからここにいるの? 宏樹さんは彼女の事を知っていて一緒に居る事にしたの? まさか彼女を好きになったんじゃ‥)
その言葉をぐっと飲みこんで由利香は笑顔で言った。「夕食の支度‥手伝いますね。何をしたらいいですか?」
「じゃあ取り皿を出して貰えますか? そこの食器棚にあるんで」
由利香は適当な皿を手に取って宏樹に声を掛けた。「お料理が上手なのは変わらないですね。これ位の大きさでいいですか?」
振り向いた宏樹はハッとした。いつか見たフラッシュバック。宏樹に料理が上手だと言ったのは彼女だったのか‥。
――――――――――
俺は2階に上がり着替えを済ませてからディアンの部屋をノックした。
「お~い ディアン、大丈夫か?」
・・・・返事がない。
オイオイ、ただの屍になってないだろうな。俺はそうっと部屋のドアを開けた。ディアンはベッドに突っ伏してじっとしている。寝てるのか?
「・・起きたら夕飯に降りて来いよ」そのままドアを閉じようとした時ディアンの小さな声が聞こえた。
「・・・・した」
「え?」
「・・思い・・出した」声が震えている。俺はもう一度ドアを大きく開けて部屋に入って行った。
ベッドの脇に腰かけて努めて優しい声で聞いてみた。「どうしたんだ、俺で良かったら聞くから言ってみろよ」
ディアンはいきなり俺の腕を掴んで叫んだ。
「思い出したくなかったのに! ディアンちゃんはディアンちゃんで居たかったのに!」
そう叫んだディアンはベッドから飛び起きて部屋を出て行き階段を駆け下りて行った。
・・変身しなくても十分猫みたいにすばしっこいじゃないか。
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