第42話お見舞い

「私の記憶はそこで終わってるの。最後に見たのは眩しい光だけ。そのあと覚えているのは、薄暗い大きな部屋でただずっと戦闘を繰り返していた事。次に気づいたのは公園の中を猫の姿で歩いていた事」


「お前が言っているゲームというのは『The Prizoner』の事だろうな。落合宏樹が考えたゲームを大迫伸二が・・」言いかけた宏樹は由利香さんを見てやめた。


「父が・・父が宏樹さんのアイデアを盗んだという事ですか?」由利香さんの声は震えていた。


「私はそう思ってます」ディアンは――高田順子と言った方がいいのか? ――は真っすぐ由利香さんに向かって言い放った。


「落合宏樹が送ったというメールが入ったノートパソコンはどうなったんだ?」

「それは分からない。あの後、私自身がどうなったかも分からないから」


 何をどう信じたらいいんだか分からなくなってきた。

 

 ディアンが言ってる事が嘘だとしたら、何故ディアンはそんな嘘をつくんだ。宏樹とよりを戻そうとしている由利香さんに嫉妬したのか? でも由利香さんとディアンが会ったのは今日が初めてのはず。『高田さん』と呼ばれたのも、ついさっきだ。その数分の間に宏樹と由利香さんの仲を裂こうとしてこんな嘘を考えたのか?


 逆に、だ。ディアンの言ってることが本当だったとしたら?


 落合宏樹の失踪に大迫伸二が関係してると思って間違いないのでは?


「ディアンちゃ・・とりあえず今はディアンって呼ぶけどさ、ディアンは今言った事を突然思い出したの?」


 とりあえず初めに考えた、ディアンの嘘という線を踏まえて俺は質問してみた。


「大迫さんに名前を呼ばれて・・急に頭が痛くなって・・高田順子の記憶とゲームの中の自分が入り混じってぐちゃぐちゃになって。でも『順子って名前はどこから出てきたんだろ?』ってふと気づいたら、自分が高田順子だってはっきり分かったの。そうしたら色々思い出してきて・・」


 ディアンが嘘を言っている様には見えなかった。由利香さんはディアンの事を『高田さん』と苗字でしか呼んでない。下の名前を思い出したのが引き金になって全部の記憶を取り戻したのか。


 だとすると由利香さんの父親は本当に娘の恋人のアイデアを盗んだのか?


 俺が思ったように由利香さんもディアンが本当の事を言ってると感じたのだろう。由利香さんは力のない声で言った。


「今日はもう帰ります。宏樹さん、ビーフシチュー美味しかったです。ご馳走さまでした」

「駅まで送ります」宏樹も立ち上がった。




 二人が出て行った後、俺はもう一度ディアンに質問してみた。


「他に手掛かりになりそうなことは無いのか? 何も証拠がないと説得力に欠けるぞ」


「うーん・・あの時、メールを見てすぐ大迫室長に会いに行ったからバックアップとかも取ってなかったし・・。あっ、私も失踪してたってさっき大迫さん、言ってたよね? お父さんとお母さんが心配してる!」


 確かに! ディアンが本当に高田順子なら家族がいて当然だ。ディアンはリビングの電話に突進して行ってどこかに電話を掛けた。


「もしもし・・あっ、お母さん? 順子だよ、明日帰るからね。心配かけて・・」


 そこまで言ったかと思うとディアンは受話器を置いた。「どうしたんだ?」


「切られた」

「・・失踪したのって5年前だっけ? きっとイタズラだと思われたんだよ」


「そっか・・」

「大丈夫だって。明日元気に帰って行ったら喜んでくれるよ、絶対」

「うん・・そうだね」


 元気がない。にゃ~とか言わない。しかも素直だ。こんなディアンは見たことがない。もうディアンって呼ばない方がいい気がしてきたよ。


 そのうち宏樹も帰って来た。送りがてら由利香さんとどんな話をしたのか、宏樹はどう思ってるのか聞きたかったが、宏樹はこれから夜勤のバイトだった。そして俺の明日は午前の早い時間に講義が2つもある。


 それに俺はるり子さんのお見舞いにも行きたいんだ。るり子さん他、助け出された人達の多くはまだ入院している。大きな怪我はないが、リヴァイアサンに生命力を奪われ消耗していたからだ。


 帰って来た宏樹は「バイトに行ってくる」とだけ言ってまた出て行った。




 翌日ディアンは俺と一緒に家を出た。電話番号が同じだったから家も同じだろうと笑っていたが、その笑顔からはわずかな緊張と不安が感じられた。そうだよな、電話だって途中で切られたんだ。暖かく迎え入れられるか不安だろうな。何て言うつもりなんだろ? 5年間、ゲームの中で戦ってましたっていう訳にはいかないもんな。


 さて俺は午前に引き続き午後も2つの講義を終えて、これからるり子さんが入院している病院へ向かうつもりだ。


 お見舞いと言えば花。まずは花を買って、それから菓子だな。別に病気で入院してるんじゃないから食事制限はないだろう。ネットで調べた女子に人気の有名なケーキ屋で焼き菓子を購入。るり子さん、喜んでくれるかなぁ。


 俺が病室に入って行くとるり子さんはベッドの上で雑誌を読んでいた。


「五十嵐君!」

「るり子さん、お加減はどうですか?」


「もう全然平気よ。検査でも異常はなかったし、今週末には退院できるの」

「良かった、俺のせいであんなひどい目にあって・・これお見舞いの花とお菓子です」


「わあ、これ今話題になってるお店だよね。お花もとっても綺麗、ありがとう五十嵐君。それに五十嵐君のせいじゃないから、そんな風に思わないで」


 るり子さんがこうなったのは自分のせいだとずっと罪悪感に悩まされてた俺より、るり子さんの方が何倍も顔色も良く、元気だった。そして『俺のせいじゃない』と言ってくれる言葉に俺の心は少しだけ軽くなった気がした。

 

「五十嵐君も一緒にお菓子食べるでしょ、飲み物は何がいい? 私買ってくるね」るり子さんはベッドから出ようとした。


「あっ、いや、俺が買ってきます。病人に買いに行かせるなんて・・るり子さんは何がいいですか?」

「その顔だと絶対私は行かせて貰えそうにないね。ふふふ、じゃあね洋菓子だし・・紅茶にしようかな」


 買って来たペットボトルの紅茶を紙コップで飲みながら、さっそく俺たちはお菓子を食べてみた。話題になるだけの事はあって美味い。ちらっとるり子さんを盗み見ると彼女も美味しそうに食べている。


 直巳、今だ! ボートの上で出来なかった告白をするのは今がチャンスだ!


「あの!」

「そうだ!」

「「あっ」」


 俺たちは同時に声を上げてしまった。「あ・・るり子さんからどうぞ」


「あはは、なんだか同時だったね。ええっとじゃあ・・あの日、ボートの上で何か言いかけてたでしょ? 何の話だったのかなってずっと気になってて」


 うっ! るり子さん覚えてたんだ。参ったな、なんか急に恥ずかしくなってきちゃったな。でも勇気を出さないと! 次はいつ会えるか分からないんだし。


「実は・・あの時言おうとしたのは・・その・・」



 


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