第38話vsリヴァイアサン
思いっきり息を吸い込んだ。横隔膜を押し広げ、肺が破裂しそうな程に。
湖の水は思ったほど冷たくなかった。だがずっと息を止めていられたのは1分程だろうか? もっと長く頑張れただろうか。少しずつ息を吐きだしながら更に耐えたが限界が来た。
酸素を求めて体が無意識に呼吸した。だが肺に流れ込んできたのは水。息が出来ない。苦しい、苦しい、苦しい。父さん、母さん‥姉さん。助けて、苦しい。
水中でもがく俺の体を宏樹が抱え込んだ感触と共に俺の意識は遠のいて行った…………。
く、苦しい……。
「げほっ、げほっ。ごほっ!」
「良く戻ったな」
激しく咳き込みながら薄目を開けると宏樹の微笑む顔があった。
「ごほっ、はぁはぁ‥俺、生き返ったんだな?」
「ああ」宏樹は真顔に戻って言った。
「だが危なかったぞ。湖にクリーチャーはいないと言っていたが、大型のピラニアみたいな魚が襲って来た。そのせいで思ったより時間がかかってしまった」
よく見ると宏樹の衣服が所々破けている。
「えっ、そうなのか? 俺‥大丈夫かな」
「頭痛などは無いか?」
「・・ああ、取りあえずないな」
「氷漬けにしておいたし、大丈夫だろう。それより早く服を着ろ、ボス部屋に入るぞ」
あっ、そうだった。着替えなんて持ってきてなかったから、バックパックに適当に突っ込んだ物の中にあったレジャーシートに服をくるんでしまって置いたんだった。
幸い、大きめのタオルは持ってきていたからそれで体を拭いて服を着た俺は宏樹に向かって言った。
「よし、準備は出来た。行こう」
湖の中の二つの扉を抜けるとその先はすぐ階段になっている。20段ほど登ると開けた場所に出て、向かい側の壁にボス部屋の扉があった。
宏樹と俺が扉に近づくと、それはゆっくりと内側に開いた。中はひんやりとした空気が流れ、ピチャン、ピチャンと水が滴る音が聞こえてくる。
薄暗さに目が慣れてくると部屋の左右にクジラゾンビのシルエットが見えてきた。すこし先に進むと青白いクラゲが発光しながらふわふわと漂っているのが目に入った。そのクラゲのお陰で中がもっとはっきり見えてきた。
クジラゾンビの膨らんだ胴体部分が透けて人が入っているのが見える! 俺は思わずクジラゾンビに向かって駆け出して行った。
「待て、直巳!」宏樹は俺を止めようとしたが、俺が駆け出すのが早かった。
数歩駆け出すと大きな水音がして奥の床から突然リヴァイアサンが現れた。奴は俺に向かって炎のブレスを吐きかけた。
「屈め!」
宏樹の声と同時に体が動いた。熱風が頭上をかすめて行く。屈んた体勢のままそっと顔を上げると、リヴァイアサンはくねくねとその巨体をくねらせながらこちらを睨みつけている。
「おい、無謀な真似はよせ」宏樹は立ち上がり、入口付近まで俺を一旦下がらせた。
落ち着け。そうだ、俺が突進して行ったって何も出来やしないんだ‥。
「すまん、取り乱した。気を付けるよ」俺が謝ると宏樹は頷いた。
「それで、ゲームの中ではどうやってリヴァイアサンを攻略してたんだ?」
「リヴァイアサン自体はさっきのブレスが強いだけで攻撃力は大したことない。ただあのクジラゾンビがHPを回復するから長期戦になる。こっちはブレスを防ぐシールドを切らさないようにして粘り強くリヴァイアサンのHPを削っていくしかない。しかもHPが高いんだ、こいつ‥」
「俺たちにはシールドを張る魔法使いやヒーラーがいないな」
「しかも俺は戦力外」
「お前、弓はひけるか?」
「弓ぃ? 持ったこともないよ」
「そのカバンの中にグローブはあるか?」
「うん、滑り止めのついたやつがある」
「それを付けろ。弓を出すから、お前はブレス圏外から奴に弓を放て」
このリヴァイアサンの部屋は歩ける床が2本しかない。中央に幅4mほどの床が真っすぐリヴァイアサンの場所まで伸びていて、それにクロスして同じく幅4mほどの床が横に伸びている。それ以外は水辺になっている。
言い方を変えると水の上に十字の床が浮いていて、そこから攻撃する部屋なのだ。
ゲーム内だとアタッカーが中央の床でタンクと共にリヴァイアサンに攻撃をしかけ、横に伸びる床からは魔法や遠距離系の攻撃を仕掛ける。ヒーラーは最後方から援護という戦法だ。
俺は言われた通り後方から弓を放った。だがいかんせん、弓を持つことすら初めての初心者だ。初めはリヴァイアサンの元まで矢が届きすらしなかった。
宏樹は羽を出して器用に火炎ブレスを避けながら、縦横無尽にリヴァイアサンに攻撃を仕掛けている。ゲームみたいにリヴァイアサンのHPゲージがないからどこまでリヴァイアサンの体力が削れているかが分からないのが辛いところだ。なんせやつはこのゲーム内屈指の体力の持ち主だからな‥。
俺の放つ矢はだんだんリヴァイアサンに届くようになって来た。たが止まっている的に矢を放っている訳じゃない。くねくねと動く奴に命中させるのはかなり難しかった。
しかも宏樹が作り出す矢は氷製だ。普通の氷とは違って鋼鉄の様に硬いが冷たい。グローブを履いていても指先がかじかんで来た。
「おい、ぜんぜん当たってないぞ!」
「だから、弓なんて初めてなんだって! それに奴が動いてるから当てにくいんだよ!」
宏樹は一旦俺の所まで戻って来た。そして水の上に手をかざすと見る間に水は凍り出した。リヴァイアサンの足元の水まで全て凍ったが、さすがにリヴァイアサンまでを凍らせることは出来なかった。だが奴の動きが鈍った。寒さのせいなのか、足元が凍り付いたせいなのかは分からない。でもこれでさっきよりはずっと当てやすくなった!
「これならいけるだろう?」
「ああ! やってやる!」
俺の矢はガンガン当たるようになった。そうなるとますますリヴァイアサンの動きが鈍る。宏樹の攻撃も効いて来たようだ。
俺の矢が当たっている隙に、宏樹はクジラゾンビに取り掛かった。ゲームの中ではクジラゾンビを倒すことは出来ないのだが、見ていると宏樹のソードがクジラの大きな口を胴体にかけて切り裂くと、中から取り込まれた人が凍った水の上にドサッと落ちてきた。
宏樹は気を失っているその人を抱えて入口まで運んできた。
俺はその間もずっと矢を打ち続ける。リヴァイアサンのブレスの回数が増えてきた。HPがわずかになった証拠だ! 奴の最後のあがきだ!
宏樹はもう5人の人を助け出した。俺はだんだん気がかりになってきた。るり子さんはまだなのか?!
「るり子さんだ」
7人目がるり子さんだった。俺は思わず入口の方を振り返ったがその途端バランスを崩した。疲労もあったのかもしれない。氷の上に勢いよく片足を突っ込むと氷が割れて俺は水の中に落ちた。
宏樹がすぐ助け出してくれたが俺はずぶ濡れになった。寒い‥ガタガタと震えて弓を持つどころではなくなってしまった。
「仕方ない、助けた人たちを介抱していろ」
そう言うと宏樹はリヴァイアサンに止めを刺しに行った。
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