第36話作戦
ちゃんと告白できないままでるり子さんを失うかもしれない。また‥姉さんの時の様に。
そんな不安が胸を渦巻いて気持ち悪くなり、俺は吐いてしまいそうだった。そんな俺を見てディアンが俺の足に頭を擦り付けてきた。
「とりあえずディアンちゃんが公園に様子を見に行ってくるにゃ。だから直巳は一旦座ってニュースをチェックしておくにゃ」
「‥分かった。頼むよディアンちゃん」
俺が玄関のドアを開けるとディアンは勢いよく飛び出して行った。
テレビを付けるとニュースは駅前公園で起きた事件で持ち切りだった。中継映像では池の周囲に黄色いテープが張り巡らされ、警官が警備している。自衛隊も出動していて池に出現した黒い穴を調査しているようだった。
しばらくするとディアンが帰って来た。まだ猫の姿のままでベランダに現れたディアンを俺はすぐ中へ招じ入れた。
「どうだった?」
「先にご飯にして欲しいにゃ。走ったから喉も乾いたし」
ディアンには猫缶とミルクをあげた。猫缶は嫌だと言われるかと思ったがあっという間に平らげて、食後の毛づくろいをしながらディアンは話し出した。
「まず、池の中に出来た黒い穴はそのままにゃ。グルグルと渦巻いていて危険な匂いがプンプンしたにゃ。で、その中を調査する機械が運び込まれている所だったのにょ。連れ去られた人は・・誰も戻ってきてないみたいにゃ」
これは大体TVで報道されていた事と同じで残念ながら新しい情報は得られなかった。
「そっか。ありがとね、ディアンちゃん」
俺は自分の部屋へ行って大きめのバックパックを引っ張り出した。その中に懐中電灯やら丈夫なロープやら思いつくものを片っ端から突っ込んでいった。
それを担いで玄関から出ようとした所へ宏樹が帰って来た。
「ただいま。なんだお前のその恰好は」
「駅前公園に行くんだ」
「キャンプでもするのか?」
そこへディアンが宏樹を出迎えに出てきた。「あっ、直巳。一人で行く気だったにゃ」
「ああ、一人でも行くさ」
「公園は警備網が張られていて入れないと思うのにゃ。一人では無理にゃ!」
「話が見えん。中で説明しろ」
仕方なくリビングに戻ってから俺は宏樹に公園での出来事を話した。
「リヴァイアサンか。70階のボスだな」
「ああ。さらわれた人達を救い出して、俺たちでリヴァイアサンを倒さないと。帰って来てすぐで悪いが行くぞ、宏樹」
俺はソファから立ち上がったが宏樹が俺の腕を掴んだ。
「待て。何も状況が分からない中で今すぐ動くのは危険だ」
「状況ははっきりしてるんだよ! 公園の池にリヴァイアサンが現れてるり子さんがさらわれた。一刻を争うんだ!」俺はイライラしながら叫ぶように言った。
「直巳、今からだと夜明けまで5~6時間しかない。ケルベロスは運よく退けたが今度時間切れで俺が人間に戻ってしまったらアウトだぞ。それに考えてみろ、クジラゾンビの習性を」
クジラゾンビ。ゲームの中で奴はリヴァイアサンのHPが半分になると召喚されるクリーチャーだ。
クジラゾンビはこちらのパーティーから一人をランダムに選んで自分の体内に取り込み、3ターンの間その取り込んだキャラクターからHPを吸い上げる。
吸い上げられたHPはリヴァイアサンに吸収され、HPが1/3以下になるか3ターンが終わると取り込まれたキャラクターは排出され戦闘に戻る。その後2ターン間をあけた後また別のキャラクターが取り込まれてしまう。これはリヴァイアサンが倒されるまで続くのだ。
PTは一人少ない状態で戦わねばならず、それがヒーラーだったりするともう目も当てられない。リヴァイアサンの吐く火炎でHPをジワジワと削られながらヒーラーが戻ってくるまでの3ターンをひたすら耐えるしかない。ただ、クジラゾンビがこちらを攻撃してくることは無いのがせめてもの救いだった。
「思い出したか? ゲーム内での3ターンが現実時間でどれくらいに相当するかは分からないが、まだ時間はあるという事だ」
宏樹の言っている事は間違っていない。クジラゾンビが取り込んだ人達を排出するまでしばらく時間があるだろう。ゲームじゃない世界で取り込まれた人達がどうなるのかは分からないが、すぐ死んでしまう事はないはずだ。焦って救出に向かってまた時間切れになってしまったら、救出どころかこちらまで危険になるだろう。
「分かったよ。今夜はじっくり作戦を練ろう」
俺はソファに座り直した。
翌日、俺は学校だったが宏樹は休みだった。だが俺は大学を休む事にした。行ったってどうせ講義なんか集中出来ないに決まってる。
そして昨夜俺たちが決めた黒い穴の中に入る作戦はこうだ。
まず日没に近づいたら俺と宏樹は駅前公園に向かい、出来るだけ池に近い場所で待機する。
日が沈んだらディアンが公園の人気のない場所で大きな木を何本か切り倒して轟音を立て注意を引き付ける。音がしたと同時に宏樹は黒い穴の上空まで飛んで、空から垂直に穴の中へ俺を連れて入って行く。
ディアンはすぐ黒猫に戻って公園を離れ、自宅で待機する。
とても作戦と呼べるものではないが俺たちに実行出来そうなのはこれくらいだった。本当はディアンにも穴の中に来て欲しかったが、警備の注意を引く役が必要だったし、黒猫の状態では池を泳いで俺たちの後を追う事が出来ない。猫は水が苦手だからな‥。
そして何より問題なのは黒い穴の中がどうなっているか何も分からない事だ。報道では穴の中がどうなっているか何も発表されていない。
「すぐリヴァイアサンの居る場所に辿り着けず時間切れを起こしそうなら一旦引き下がるぞ」
宏樹はそう俺に釘を刺した。俺もそれを了承し、昨日準備したバックパックを抱えて宏樹と共に駅前公園に向かった。
日没間近ではあるがまだまだ外は明るい。報道陣だらけの駅前公園を通り抜けしていく人はいるが親子連れやカップルが行楽に来ている姿は皆無だった。
俺と宏樹も通り抜けを装ってブラブラ歩いて池の近くまで行ったが、やはり池の周囲には立ち入り禁止のテープが張り巡らされ沢山の警官が厳重に警備していた。
面白半分に池に近づいていく高校生の3人組が居たが、警官に「この池は今立ち入り禁止になっています、危険ですから退去してください」と追い出されていた。
自衛隊かどうか分からないが防護服を着用した物々しい雰囲気の団体がいる。池には大きなゴムボートが待機していて、どうやら黒い穴の中に入る準備をしているようだった。
あれと一緒になるのはまずい。急がなければ。
ディアンが物音を立てる場所はもう決めてある。大きな灌木が生い茂る場所が池から30mくらい先にある。そこに今日の日没に合わせてアラームをセットした目覚まし時計を置いておいた。アラームが鳴ればディアンが木を切り倒す手筈だ。
もうすぐ日没だ。宏樹の顔を見ると目の色がうっすらと変化し始めていた。
「そろそろだな」
「ああ。ディアンちゃん、頑張ってくれ!」
その期待に応える様に、バキバキバキ、ズサ――ッ、メキメキメキと周囲に轟音が響き渡り、地面に振動が伝わって来た。
池に居た人たちは騒然となった。警察官、自衛隊員、何かしらの作業員。その中で場を指揮していたお偉いさんが何人かの警官を偵察に送り、作業は一旦中止になった。
俺と宏樹は轟音と共に空中に飛び立ち、薄暗くなってきた上空からこの様子を眺めていた。皆、音の方向に気を取られている。
今だ!
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