第26話隠しボスの噂と大谷の姉さん

 宏樹がこの世界で生きていくなら大迫さんに連絡する必要はない。だから俺たちはあの日からまたいつもの生活に戻った。ただディアンだけが不満が残っているようだった。


「ご主人様にモデルがいるならディアンちゃんにもいるに違いありませんにゃ!」


 だから大迫さんに連絡を取ってゲーム会社に行ってみたいとうるさいのだ。


「そんな事知ってどうするんだよ?」

「ただ知りたいだけじゃだめなのか直巳! ディアンちゃんは好奇心旺盛で探求心がある素晴らしい猫にゃんで、ヴァンパイアのキングであるご主人様に忠実な強い眷属なのにゃ!」


 ぺらぺらぺ~らぺら。


「いやダメじゃないけどさ。素晴らしいのも分かったけどさ・・あっそうだ、ネットで検索してみたら何か出てくるかもしれないぜ」


 俺は焦ってスマホを取り出した。機嫌が悪くなると怖いからな、この猫にゃんは。


 『The Prizoner』『眷属 猫』『モデル』と入れて検索してみたが求めている答えは得られなかった。


「ダメだな。ディアンちゃんにはモデルはいないみたいだよ。オリジナルっていうのもかっこいいじゃんか」

「もういいですにゃっ」


 ディアンはシュゥゥゥゥっと小さくなって、今まで来ていた服の中から黒猫として顔を出した。そしてそのまま部屋から飛び出して行ってしまった。


 俺がスマホの画面にまた目を落とすと、面白い記事が目についた。


『100階層のラスボスを一定数倒すと隠しボスが現れるらしい!』『俺死ぬほど100階層やったけどまだ出ない』『隠しボス強えええええマジ無理』


 ボスを出した人には、どんな敵だったか、スキルはどんなのを使ってくるのか、そもそも100階層を何回やれば出てくるのか、と色々な質問が浴びせられていた。が、それに返信がないために隠しボスなんてデマじゃないかというのが巷の予想だった。ただ鍵がどうとかって書いてるやつが1人だけいたくらい。


 以前から隠しボスの噂はあった。デマだとは思うが・・こんな記事を読んでしまった日には俺の『The Prizoner』ファン心理がかき乱される! 今日はどうせバイトも休みだし部屋に籠ってゲームだ、ゲーム!




 ピンポ~~~~ン


「なんっだよぉせっかくいい所だったのに」


 ディアンはどっかに行っちゃっていないし、宏樹はバイトだから俺が出るしかない。


「はぁい、今開けます」ゲームのゴーグルを手に持ったまま俺は玄関のドアを開けた。


「こんにちは五十嵐君」

「あ、大谷の姉さん」

「この間振り。今日はね、お惣菜持って来たの。男世帯じゃまともな食事をしてないんじゃないかと思って」

「あ、どうぞ散らかってますけど入って下さい」


 思わぬ訪問者に俺はどぎまぎしながらリビングのドアを開けた。ほんとの所、家は宏樹が掃除してるから全然散らかってないけどな。


「座ってて下さい。今お茶入れてきますんで」

「あらいいのよ、これ持って来ただけだから」


 大谷の姉さん、るり子さんはそう言いながら俺の後に付いてキッチンに入って来た。


「綺麗にしてるのね。五十嵐君ってきれい好きだったのね」

「いやあ従兄の宏樹が潔癖なんです。せっかくだからお茶飲んで行ってください」


「じゃあお言葉に甘えて。この間、雄大がお世話になったし、うちの母も持って行ってあげなさいって。こんなにご近所なんだしね」


 そう、俺と大谷の家は歩いて5、6分の距離にある。大谷が中学1年の夏頃に家族で今の場所に引っ越してきたのだ。


「ご両親が海外に行ってるって知ってたらもっと前から届けに来たのに。雄大も何も言わないんだもの」

「まぁ割と突然決まった海外勤務だったんで」


「一人の時は不便だったでしょ? 五十嵐君、料理はだめだもんね」るり子さんはクスッと笑った。

「えっ、どうして知ってるんですか?」


「ほら、五十嵐君たちが高校1年の年だったかな、雄大と私と五十嵐くんちの家族が那須の方へキャンプに行ったじゃない? あの時のカレー、覚えてる?」


 高校1年の時に行ったキャンプ! その時のカレー! 


 俺の両親は那須の温泉に行っちゃって、子供達だけでカレーを作ったんだ。野菜や肉を炒めるのはるり子さんがやってくれて、後片付けをしてるるり子さんに代わって俺がカレールウを入れて仕上げたんだけど、なぜかめっちゃまずいカレーが出来上がったんだよな。


「琴美ちゃんがすっごい怒ってたよね」

「うん『ルウを入れるだけなのになんでこんなにマズイものが出来上がるんだ』って」


 その後姉さんが味を付け直してくれてなんとか食べられる物になったんだった。

 うちは両親が放任主義だった分、姉さんが口うるさかった。俺がただ単にだらしなかっただけかもしれないが‥。姉さんは俺が散らかした物を片付けながらいつも小言を言ってたっけ。


「あの時の‥雄大とが作ってくれたサラダはすっげー美味かった、です」そう言った俺はちょっと恥ずかしくなって下を向いてしまった。


 るり子さんはお茶を一口すすって言った。「琴美に、お線香あげてもいいかな?」


「あっ、お願いします。姉さんも喜ぶと思います」


 るり子さんは仏壇に線香をあげてくれた後、また来るねと言って帰って行った。

 

 仏壇に手を合わせているるり子さんのうなじを見た俺の心臓はバグバグと動悸した。この感覚は久しぶりだ。姉さんの位牌の前で不謹慎だって思うけど、俺はまだ、いやずっと、ずっとるり子さんの事が好きなんだ。


 るり子さんに初めて会ったのは雄大の家に遊びに行った時だ。


 俺んちから近い所に越してきた雄大の家に招かれて行くと、姉さんと同い年だというるり子さんが俺におやつを出してくれた。


 姉さんより幼い外見でとても6つ年上には見えないのに、テキパキと料理して出してくれたのは特大のホットケーキだった。ハチミツをたっぷりかけて食べたホットケーキの味を俺は今でもよく覚えている。


 るり子さんと会う機会は多かった。俺と雄大は仲が良くてよくあいつの家に遊びに行ったし、るり子さんは姉さんと仲が良くてよくうちに遊びに来ていた。るり子さんはよく笑う人だ。隣の部屋に居ても彼女の笑い声が聞こえてくる。俺は彼女の笑う声がすごく好きだ。


 だけど自分の弟と同じ6つも年下の俺をるり子さんが男として見てくれるはずもなく、るり子さんが社会人になると自然と疎遠になり、彼女は俺の知らない人と婚約した。


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