第25話由利香


「えっ、ジョンソンソフトウエアですか?」

「そうです。宏樹さんはそこのゲームプログラマーだったんです」


 俺と宏樹は顔を見合わせた。ジョンソンソフトウエアって言ったら『The Prizoner』の開発元じゃないか! それと同時に俺はもうひとつ大きな繋がりがあった事を思い出した。そうだ、どうして名前を聞いてすぐ思い浮かばなかったんだ!


「あ! もしかして大迫さんてジョンソンの大迫伸二さんとも何か関係がありますか?」

「はい。大迫伸二は私の父です」


 なんてこったい。点と点がはっきりした線で繋がったよ。


「あの‥父が何か?」

「あ、いえいえ俺がただ単にお父様が開発されたゲームのファンだってだけで。アハハ」


「そうなんですか。宏樹さんと父は同僚で一緒にゲーム開発に携わっていたんです。その彼が作っていたゲームのファンの方の元で暮らしていたなんて、不思議な縁ですね」


「本当にそうですね」


 そう言ったものの、俺の頭の中は色んな考えが渦巻いていた。『The Prizoner』の開発に宏樹も関わっていたとしたら、キングのモデルはその落合宏樹って人なんだろう。じゃあその本人は一体どうして失踪してしまったんだ? 今どこにいるんだ?


「その‥宏樹さんは事故にあって記憶を失ったせいで帰ってこられなかっただけで、自分から消えた訳ではないと思っていいのでしょうか?」


「それは、俺の記憶が何も戻っていなくて‥。はっきりお答え出来なくてすみません」

「そ、そうですよね。ごめんなさい、いきなり困らせるような質問をしてしまって。どうして宏樹さんが居なくなってしまったのかずっと悩んでいたので‥」


 落合宏樹って人の事をこの大迫さんはとても愛しているんだな、って俺は感じた。だから彼女が可愛そうでつい宏樹の中に起きたフラッシュバックの事を話してしまった。


「じゃあ少しずつ思い出してきてるんですね!」

「まだほんとに断片的にしか‥」宏樹はそう言いながら俺を睨み付けた。


「私に宏樹さんの記憶が戻るお手伝いさせて貰えませんか? 宏樹さんは私と一緒に暮らす予定だったんです。私は今もその同じマンションに住んでいますし、元の職場に行ったり同僚に会ったりすればきっと‥」


「あの、俺には家族はいないんでしょうか?」

「あ‥それが宏樹さんはご家族の事を話したがらなくて。兄弟はいないみたいで、家族も死んだものと思ってるって言ってたんです。なので私もご家族がどこにいらっしゃるのか知らないんです。だから失踪当時はご両親の元にいるのではないかと思ってたんですけど」


「そうじゃなかったって事なのかな」俺は独り言のように呟いてしまった。

「ええ。職場にも来なくなってしまって。あんなに仕事に情熱を傾けていたのに、それを放り出して消えてしまうなんて信じられなくて」


 そこで彼女のスマホが鳴った。


「あ、どうぞ話してきてください」俺は言った。ずっと鳴り続けるスマホを彼女が気にしているからだ。

「すみません、職場からみたいで。ちょっと失礼します」


 大迫さんは会話しに外へ出て行った。


「いやぁいいタイミングで電話が来てくれた。で、宏樹どうする? 記憶を戻すお手伝いって言ってるけど、そもそもお前に思い出す記憶があるかも分からないのに」


「考察してみなければいけないことが山ほどあるな。また日を改めたいと言った方がいいな」

「本当の事を話した所で信じて貰えるとは思えないしな。それに彼女、信用出来ると思うか?」

「それはまだ分からんな。彼女の話は全部本当の様に思えるが」


 大迫さんが戻って来てから俺たちはまた会う約束ををして別れた。

 最後に彼女はスマホの中に入っていた宏樹と彼女が一緒に映っている写真を何枚か見せてくれた。

「これを見て何かを思い出してくれたら‥」と言って。


 遊園地の様な場所でデートしている写真、バースデーケーキを前に微笑む二人の写真、新居を探している時の写真だろうか、空っぽの部屋で撮った写真が何枚かあった。

 写真の中の宏樹は今と同じ様に若くイケメンだったが、髪は短く暗い栗色だった。


 あの写真から見ると二人は確かに親密な関係であったようだ。





 そして帰ってからディアンのご機嫌を取るのに苦労したことと言ったら‥。


 すっかりへそを曲げてむくれているディアンにフライドチキンを買って来たり、生クリームたっぷりのロールケーキを買ってきたり、今度の休みには必ず遊びに連れて行ってくれだの、散々要求を飲まされてやっと溜飲を下げてもらった。


「うまそうに食うなぁ。ちょっと俺にもチキン1個くれよ」


 俺が伸ばした手をピシャっと叩きながら「ダメですにゃ。これは全部ディアンちゃんのなのです」とディアンは言う。


 宏樹は「ディアン、それ全部食ったらタイトな服は着られなくなるな」と苦笑いした。


 ディアンの手が止まった。「仕方ないのです。ディアンは心が広いから直巳にも分けてあげるのですにゃ」


 俺はチキンをもぐもぐやりながらもう一度宏樹にあの質問をしてみた。


「でさ、どうする? 大迫さんの提案」

「その前に、お前の考えではその落合宏樹という男が我のモデルだというのだな?」


「うん。落合宏樹がヴァンパイアキングのイメージに合ってたんだろ。だからキャラクター原案の人がモデルにしたんじゃないかと思ったんだよ」


「そして我はただのキャラクターだというのに、その落合宏樹の記憶がある。宏樹という名前が浮かんできたのも只の偶然とは思えないしな」


「ひろ…キングはどうしたいんだよ? ゲームの中に戻りたいのか、それともこのリアル世界で生きていくのか」


「我は、そうだな・・。ゲームの中では同じ事が何千、何万回と繰り返される。我が勝つときもあるが自我を持ってしまった今、ゲームの中は無限地獄だ」


「でもリアルの世界じゃ命は限りがあるぜ。この世の中、理不尽なことだらけだしさ」

「それはコンビニの仕事でも色々と思い知ったぞ」

「そうさ。理不尽な事はコンビニの仕事だけじゃなくて全てに当てはまるし」


「それを分かった上だが、無限地獄よりはましな気がするな」


 宏樹は‥ヴァンパイアキングはリアルの世界で生きていく方を選ぶって事だな。ゲームの中には別のキングがいるし、落合宏樹としての戸籍も利用できればなんとかなりそうだな。


 本物の落合宏樹が現れない限りは。


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