第20話猫はしゃべる
どこからか女の子の声がした。アニメ声というのだろうか、
俺はは目を見開き固まった。
「ありゃ、しゃべっちゃまずかったですかぁ」
宏樹の視線は俺が抱いている黒猫に注がれている。つられて俺も視線を落とすと猫が顔を上げて俺を見返した。
「幻聴が聞こえるよ、俺」
「嫌だなぁ、幻聴じゃないですよぉ」
「わぁぁぁあっ」思わず俺は手を離してしまった。猫はスタッと床に着地してぺろっと体をひとなめした。
「いきなり落っことすなんてレディに対して失礼じゃないですかぁ、もうプンプン」
黒猫は俺からぷぃっと顔を逸らして、今度は宏樹の足元にすり寄って行った。長い尻尾が宏樹の足に絡みついている。
「ご主人さまぁ、私お腹が空きましたぁ」
「そうか。まずはミルクを温めてやろう。その後我がミートボールを作ってやる」宏樹はスタスタと冷蔵庫に向かった。
「ちょ、ちょっと! なんで普通なんだよ。なんで普通に受け入れちゃうわけ? その猫しゃべるよ?!」
宏樹は返事もせずキッチンで猫にミルクを与えている。
俺はキッチンの入り口に立ち、呆れ顔でその様子を見ていた。「まさかそれ飼うつもりじゃ…」
俺の言葉を聞いた猫がキッと顔を上げてシャーーッと抗議した。「
「い、いやだって・・」その人とでも言って欲しいわけ?
「・・そうだなぁお前の名前はオプシディアンにしよう」宏樹は少し思案してから突然宣言した。
「オプシディアン? なんだそれ」
「黒曜石だな」
「キャーーッ、素敵ですぅ。さすがご主人様ですにゃぁ」
「いつから宏樹がご主人様になったんだよ?」
「ディアンちゃんは面食いなんですも~ん」ミルクを飲み終わったオプシディアンは髭の毛づくろいを始めながら言う。
「さて、ミートボールを買いに行くとするか。ほらお前の買い物バッグを貸せ」
「買い物バッグ・・ああ、あれか」
ここは俺の家なのになんで宏樹がご主人様なんだ・・直巳は納得がいかない気分だったが、言われた通り猫の描かれた買い物バッグを宏樹に手渡した。
宏樹が買い物から帰ってくると3人でしょ・・2人と1匹で食事になった。
「うっまぁぁいですぅ!」
オプシディアンはミートボールが気に入ったようで、はむはむ、モグモグと、勢いよく食べる音が聞こえてくる程だった。
「ディアンちゃんはまだ子猫だろ? 家族はどうしたんだい?」俺はディアンを落としてしまった失態を挽回しようと努めて優しく、にこやかに話しかけた。
「分かんないですにゃ。はむ・・気が付いたら・・モグ・・公園にいたのですぅ」
「ふぅん。駅前公園かな・・そこから歩いてコンビニまで来たんだな」
「あのオーナーさんは苦手ですぅ。初めて会った時、水を掛けられそうになったんですの」
「オーナー、猫嫌いだからなぁ」
「でもご主人様を見かけて、この人について行くと決めたのですぅ。ピンと来たのですぅ。だからディアンのお部屋はご主人様と同じにして下さいませぇ」
「あ、ああ。了解」こりゃ猫用ベッドが必要だな。トホホ、また余計な出費が・・。
ご飯を食べ終わったディアンは宏樹の膝に乗って満足そうに主人の顔を見上げた。
「あ、やべ。バイト行く前にシャワー浴びないと」俺はバタバタと支度をしにキッチンを出た。
「落ち着きのない男ですにゃぁ」
「まったくだ」
________
俺はバイト先で愚痴っていた。
「事務所の裏にいた猫、結局うちで飼う事になったんですよ~」俺は今日のコンビ相手のオーナーに向かって話している。
「えっ、あの猫連れて帰ったのか?」
「いえー、なんか宏樹に懐いちゃって家まで付いて来たみたいなんです」
「猫ってそんな従順だっけ?」
「違うと思いますね~あれが特別なんじゃないスかねぇ」しゃべる猫なんてぜったい普通じゃない。まさか化け猫とか?
「オス、メス?」
私とかレディとか言ってたし、宏樹をイケメンだって言うんだから・・。
「メスですね」
「へぇ~。ま、宏樹君なら可愛がりそうだね。あっ、肉まんおばさん、また来たよぉ」
この60代位の女性客はよく肉まんを購入する。それだけなら普通だが、我がままが度を越しているのだ・・。
以前バイトに入ったばかりの子が肉まん2個とピザまん3個という注文を、肉まん3個とピザまん2個という風に間違えて渡してしまった。帰宅して間違えに気づいたおばさんは、すぐお店に電話してきて、新しく作り直して家まで届けろと言って来たのだ。
この場合はこちらが間違えたのだから注文通りに肉まん2個とピザまん3個をお届けにあがった。
ところが次に来店した時に、今度は肉まんが5個欲しかったのだが、肉まんが5個蒸しあがっていなかった。すると出来上がったら家に届けてくれと言う。『以前は家まで届けてくれた、今日も肉まんを5個も買うのだから家まで届けろ』と言って来た。以前はこちらがミスしたからだと言っても取り合わない。仕方なく夕勤のバイトの高校生は自転車に乗って肉まん5個を届けたらしい。
それ以来、このおばさんが買いに来る曜日には多めに肉まんを蒸し器に入れておくことになってしまった。そうして用意してある日に限ってこのおばさん、買って行かないのだ・・。
今日も横目でチラッと蒸し器の中を見ている。蒸しあがっていない時に注文して、また家まで届けさせようという魂胆が見え見えだ。
「やっぱり今日は買って行かなかったですね」肉まんおばさんが帰ると俺は言った。
「面倒な人はもう来なくていいよね。あんなんだから体型まで肉ま・・」
オーナーは皆まで言わずヤレヤレと言った表情で俺と笑いあった。
ところが帰ったと思った肉まんおばさんがガラにもない声できゃーーっと悲鳴を上げながら店に戻って来た。手で頭の上を振り払っている。黒い小さな物が頭をつついているように見えた。
「いやぁぁ、なにこれ、あっち行きなさいよ」
俺もオーナーも、店内にいる客も驚いて入口に釘付けになった。自動ドアが開いたり閉じたりしているうちにその黒い物体は外に飛んで行った。どうやらコウモリらしい。
「はぁはぁ、もうなんなのよあれは」
肉まんおばさんは一人で息を切らして怒っている。一つにまとめていた髪が振りほどけてバサバサと肩に落ちていた。
我に返り、店内の視線が自分に注がれている事に気づくと「見世物じゃないのよ!」とでも言いたげにこちらを睨みつけてから店を出て行った。
「鳥につつかれるのまでこっちの責任みたいな顔してましたね」俺は肉まんおばさんを見送りながら言った。
それから10分もしないうちに今度は救急車が店の前を通り過ぎて行った。その後に来店した近所の奥さんが外で何があったのかを教えてくれた。
「そこの川に女性が落ちたのよ。なんだか鳥に襲われて足元を見てなかったみたいよ」
まさかさっきの肉まんおばさんか? コンビニを出た所でまたコウモリに襲われてしまったんじゃないだろうな。
だけどコウモリって人間を襲ったりしないよな? 俺は不思議に思った。だがこの俺の思い込みはすぐ覆される事になる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます