第21話人を襲うコウモリ
昨日コウモリに襲われて川に落ちたのはやはり肉まんおばさんだった。
店内でコウモリにつつかれていた肉まんおばさんを見た人が、そのあと川に落ちた所も見ていたのだ。
今日は授業が無い日で俺は昼間にバイトに入っていた。相方は李さんだ。
「五十嵐君、あっ五十嵐君は二人いるんだったわ。最初に入った方の五十嵐君、昨日のコウモリの話は聞いた?」
李さん・・今目の前に五十嵐は一人なんだからさ、普通に五十嵐って呼んでいいと思うよ・・。
とりあえず俺は普通に返事した。「ええ、肉まんおばさんがコウモリに頭をつつかれてるところを見ましたよ」
「怖いよねぇ、きっとあれは吸血コウモリだと思うんだ。駅前の公園でも最近よくコウモリを見かけるしね」
「吸血コウモリって南米のほうにしかいないみたいですよ」
「うんうん、きっとアメリカから飛んできたんだね」
コウモリってそんな長距離を移動できるのか? なんか李さんがそう言うと一瞬同調してしまいそうになるが、そもそもコウモリは渡り鳥じゃないよな・・。
「あ、そうだ。李さん、オーナーが明日のポッキーイベントのポスターを張って、イベントコーナー作って置いてって言ってました」
「あ、そうだったね。えーと、後でやろうかな・・えへへ」俺に言われた李さんの顔にはちょっと面倒くさそうな表情がチラッと横切った。
そして後でやる・・そう言ったきり李さんは一向に頼まれた仕事に手を付けなかった。
伝言はしたから、俺はどうなっても知らないぞ。とそれ以上は李さんに何も言わなかった。李さんはどんなに簡単な仕事でも3つ言われると1つしかやらない。2つ言われても1つしかやらない。
頼まれた事を忘れてしまうのかと思って、やる事をメモに書いて渡しても1つしかやらない。
自分で書かないと頭に入らないのかと思って李さん自身にメモを取らせても1つしかやらない。
そのうちみんな諦めてしまった。やはり李さんも地下13階位のダンジョンから出てきたクリーチャーなのかもしれない。
俺はバイト後、中学時代からの友人の大谷と映画を見に行く約束をしていた。駅で待ち合わせをしていたが大谷は15分を過ぎても現れない。
「あいつは滅多に遅刻とかしないんだけどなぁ」LINEを入れたが既読もつかない。電話にも出ない。
30分待っても来なかったので俺は帰宅する事にした。
「ただいま~」
「おかえり」
「おかえりなさいですぅ」
宏樹の声は2階から聞こえてきた。ディアンが階段から降りて来て俺を迎えた。
「おっ、俺を出迎えてくれたのか? 可愛いところがあるじゃないか!」ディアンを触ろうと手を出すとディアンはスルリと俺の手を避けてリビングに入り爪とぎでバリバリと爪を研ぎ始めた。
「・・・・ディアンちゃんてば・・」
「お前は友達と出掛ける予定じゃなかったのか?」宏樹も2階から降りてきた。
「来ないんだよ、大谷のやつ。すっぽかしたりするやつじゃないんだけどなぁ」
するとスマホが鳴った。「はい、もしもし・・」俺は大谷が連絡してきたと思ってスマホを取った。だが相手は大谷の姉からだった。
「分かりました、東総合病院ですね。連絡ありがとうございました」
「どうした?」宏樹が俺の顔色を見て言った。自分でも顔の血の気が引いているのが分かる。
「大谷、駅に向かう途中の公園でコウモリに襲われたらしいんだ。俺ちょっと病院に行ってくるよ」
_________
東総合病院は俺の家からは20分ほど離れた場所にある。大谷は怪我の処置が終わって点滴を受けているところだった。処置室に入ると消毒薬の匂いがツーンと鼻を刺した。
「よぉ、大丈夫か?」
「ああ、行けなくて悪かったな」
大谷はあちこちに絆創膏とガーゼが貼られており、顔色も悪かった。
「コウモリに襲われたんだって?」
「そうなんだ。最初は1匹だけ頭の上を飛んでてうざいなって思ってたら徐々に沢山集まって来てさ。引っかかれたり顔に噛みついてきたりし・・マジで怖かったよ」
そこへ大谷のお姉さんがやって来た。「あ、五十嵐君来てくれたんだ」
「連絡貰ってすぐ家を出ました。大変でしたね」
「私もびっくりしたわ~母はまだ仕事中なんだけど私が休日で来られて良かった。一人じゃ雄大も心細いだろうし」
「まあ一人でも平気だけどさ」少し恥ずかしそうに雄大は視線を逸らした。
大谷の姉弟は仲が良かった。お姉さんが6つも年上だから弟をとても可愛がっているのだ。そして俺と大谷が仲がいいのは、俺の姉も6つ上で大谷のお姉さんと同級生だからというのもあるんだ。同じ6つ離れた姉をもつ弟同士、話もよく合いお互いの境遇もよく理解できた。
「姉さん、直巳と会うのは久しぶりだろ?」
「そうね、お葬式以来だわ・・五十嵐君のご両親は今海外にいらっしゃるんですってね」
「はい、父の仕事で。まだしばらくは向こうにいると思います」
そこへ看護師が入って来た。点滴が終了したのだ。
点滴の道具を外し、「造血剤が処方されているので薬局へ寄って下さい。もう帰って大丈夫ですよ」と言って看護師は出て行った。
「造血剤?」
「ああ。あちこち噛みつかれたり切られたりして結構出血してさ。おまけにコウモリが俺の血をぺろぺろ舐めてたんだぜ。気持ちわるぅー」
大谷はこのあと約束の映画に行こうと言い出した。気分は悪くないし、座って映画見るだけなら平気だろうというのだ。
「五十嵐君が一緒なら大丈夫そうね。お医者様も映画くらいならっておっしゃってたし」
そうして俺と大谷は予定通り映画を見に行き、俺が帰宅したのは夜も11時を過ぎた頃だった。
「直巳くぅん、お腹空いたですぅ」靴を脱いでいるとすぐディアンがやってきてニャーニャー言い出した。
「あーそっか宏樹はバイトへ行ってるのか」
「そうですにゃ。私ミートボールが食べたいのですぅ」
「ネコが毎日ミートボールって良くないぞ。ちゃんとカリカリ食べないと。栄養が偏るんだよ?」
「嫌ですにゃっ。ディアンはあんなペットのご飯は食べられないですぅ」
「だって君は・・」
「ディアンはペットじゃないですっ。嫌ですにゃーーーーっ」
わ、我がままだなぁ・・。俺はディアンの健康を気遣って言ってるのに。だがそれを言ったら引っかかれそうだな・・そう思った俺は素直に冷蔵庫からミートボールの袋を取り出し調理にかかった。
自分も簡単な食事を済ませて寝ようとしているところへディアンが部屋に入って来た。
「私、お外に出たいです。ドアを開けてくださいにゃ」
「外? うーん、外は危ないぞ。車に轢かれたら大変だし、野良猫と喧嘩になったらケガするし」
「直巳は意外と心配性なんですにゃ」
直巳って、呼び捨てかい! ご飯欲しい時は『直巳くん』だったのに!
「大丈夫ですぅ。ディアンはそこら辺の猫とは違いますにゃ」
「いや確かにしゃべる猫なんて普通じゃないけどさ」
「早く開けてほしいですぅ」ディアンは俺の足元をスリスリしている。
「仕方ないなぁ。戻る時はどうするんだ?」
「それは心配ご無用ですのぉ」
なんだかよく分からないが開けてやるか・・。俺が玄関ドアを開けるとディアンは暗闇の中に吸い込まれて行った。
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