第3話停電

 ――やっぱ俺のベストワンはこれだなぁ。


 独り暮らしになってから俺のゲーム時間は減っていた。以前なら学校から帰ればキッチンには母さんが立っていたし、洗濯も掃除も全て母さんがやってくれていた。


 それが大学2年に上がる年に父さんが中国に転勤になった。当然単身赴任だろうと高を括っていたら


「中国に行って見たかったのよ! あなたももう大学生なんだから一人でも平気よね。直巳なおみ、家の事はよろしくね!」と、母親は父親について行ってしまったのだ。


 行ってみたかったって旅行じゃないんだから・・。父さんの会社は海外勤務になると5年は日本に戻して貰えない。あと4年は帰ってこないな。ま、母さんも息抜きというか気分転換みたいな物が必要だしな。いい機会だったのかも・・。


 当人も喜んでいた。「中国は広いんだもの、5年あっても回り切れないわ」



 大学に通う傍ら、お小遣い稼ぎにバイトを始めたからますますゲームに費やす時間が減ってしまった。

 ――まぁバイト代で新しいゲームを買えんだし、いいさ。


 俺は物事を深く考えるのが苦手だった。口癖は「まぁ」「とりあえず」「なんとなく」。

 色々悩んだって駄目な時はダメだし、人は呆気なく死んでしまうんだ。



 さてその短い時間で楽しむとなるとやはりこれに行きついてしまう。


『The Prisoner』俺の一番好きなコンシューマーゲームだ。まだVRゲームの種類が少なかった頃は大人気だったタイトルだ。


 様々なVRのゲームが巷に溢れている昨今ではもう話題にも上らなくなってしまったが。


「明日は学校だけどとりあえずボスだけ叩いとくか・・」


 もう何十回とラスボスのヴァンパイアキングを倒した。1000回倒せば隠しボスが出るとか、それらしい噂はあったが誰もそこまでやり込んではいないようだ。もしくはただの噂で隠しボスなんていないのかもしれない。


 隠しボスを見つけてみたいという思いが無いと言えば嘘になるが、これからも折を見てこのゲームをやり続けるつもりだからその内出るかもな。そう軽くとらえていた。 


 今は99階の部屋の前だった。98階はやっかいなフロアだが99階は時間がかかるだけでトラップもない。外はどうせ雨だ。今日は出掛けないでゲームしてよう。


 100階に辿り着いた。扉を開けたら時間との勝負だ。


「よし、あと4分残ってる。ボスに突撃だ」


 幾度となく倒したボスだ。HPも残り半分。余裕だと思った瞬間。


 フッ―――


 目の前が真っ暗になった。


「えっ?!」


 コントローラーのどこを押しても復活しない。もうちょっとでボスを倒せたのになんだよ! そう思いながらゴーグルを外すと部屋の中も真っ暗になっている。


「んあ、停電か?」カーテンの隙間から外を見ると他の家も真っ暗だ。稲光が走り、雷が鳴っている。どこか近くに落雷して停電したのかもしれない。


 そう考えているうちに電気は復旧した。パッパッと点滅したあと照明が戻り、ゲーム機がウィ~ンと動作する音も聞こえてきた。ゲームを起動してゴーグルを付けてみたがやはりボス部屋は攻略失敗で90階に戻されていた。


「はぁ~あ、どうすっかなぁ」今日はもう90階からやり直す気力も時間もない。何を見るともなくスマホをいじっているとやけに室内が暑いのに気がついた。


 エアコンが止まっている。リモコンを操作したが作動しない。電源すら入らないのだ。


「あああ~とうとうぶっ壊れたな」――このエアコンは俺たちがこの家に引っ越す前から使っていた物だ。軽く15年は経ってるはず。


「タイミング悪いなぁ。そろそろ梅雨も明けて暑くなりそうだってのに」


 明日は金曜だろ土日って修理に来てもらえるのか? 


 エアコンが切れて室内は気温と共に湿度も上がって不快度が爆上がりだ。


「とりあえず扇風機出すか・・」


 物置から扇風機を取り出す頃には雨も上がっていた。出かけないつもりだったけど、暑いからアイスでも買いに行くか。


 駅前のコンビニまで10分位だが、途中にある大きな公園を突っ切れば近道だ。




_________





 気づくとまた玉座に座っていたヴァンパイアキングは立ち上がり霧の中を歩き出した。――もううんざりだ、我は何度倒され、また蘇りこの硬い玉座に座り直しているのだろう。


 いつもならこの辺りで勇者一行が正面の扉から入ってくるはずだが・・。

 いつまでも正面の扉は開かず、広い部屋は静まり返ったままだ。玉座より前方はどんな場所か当然分かっている。では後ろは?


 踵を返し、玉座の後ろに回り込もうとした刹那、パッと全てが消えた。玉座も部屋に立ち込める霧も自分自身さえも。だが寿命間近の蛍光灯が点滅するように、すべてが現れてはまた消えたりを繰り返し始めた。


 キングが長く鋭い爪が伸びた自分の手を握ったり開いたりして見ていると、その手も消えたり現れたりと点滅し出した。点滅の間隔が短くなっていく・・パッパッパッパッ・・パー―――ッ


 キングの姿は消え。後には白く立ち込める霧と冷たく硬い玉座だけが残されていた・・。





 ――――むぅぅ何だこの空気は。じっとりまとわり付く様な重い空気。霧ではなく雨が降っていたのか? 


 キングは自分が座っているイスに手を当ててみた。やはり湿っている。だが冷たく硬い石の玉座ではない。木で出来た・・ベンチだ。


 周囲は大小の灌木が生い茂る林で、時折ムクドリのギャーギャーという鳴き声が聞こえる。湿った空気には緑と土の匂いが混じり、上空には雲に覆われた空が見えた。


「ここは・・『外』か?」


 明らかにあの玉座があった大きな部屋ではない。遠くから聞き慣れない耳障りな騒音が聞こえてくる。そしてこちらに近づいてくる足音と話し声。男女の声だが、その声にダンジョン内を歩く緊張感は感じられない。


 そうだ、確かにここは『外』なのだ。近づいてくる声は勇者一行ではない。そしてキングは


 

________




「雨の後の公園って地面がドロドロだね。この靴買ったばっかりなんだけどな・・」

「俺んちに来たら拭くといいよ。ここが近道なんだからさ、ちょっと我慢してよ」


 若い女は公園の暗い道を靴を気にしながら歩いている。


(女ってどうしてこう見た目ばっかり気にするんだか。誰も靴なんて見てないって。見るとしたらそのデッカイ胸の方・・)


 連れの若い男の視線が女の胸の辺りを泳いでいると木陰から突然目の前に大きな男が現れた。

 体にぴったりとした赤いボディスーツの様な物を着てゴシック調のジャケットを羽織っている。髪は肩まで伸びて少しウエーブが掛かっている。


 目の前に突然現れた奇妙な男に女は狼狽えた。「え・・誰?」


 若い男の方は面白がってニヤニヤしている。「すげーカッコ。てかハロウィンにはまだ早くね?」


 だが次の瞬間若い男の二ヤついた顔は恐怖に固まった。目の前の男の目が光りこう言ったのだ。

「血を捧げろ! その体はここで朽ちて我の贄となるのだ!」


 その言葉が終わらぬ内に男の手が若い男に振り下ろされ、咄嗟に顔を庇った腕が深く切り裂かれた。


「キャ――――ッッ!!」女は甲高い悲鳴を上げながら固まっている。


 若い男の方は「ひ、ひ、人殺し・・」と震えながら腰が抜けて尻餅をついた状態で少しづつ後ずさりしている。


 奇妙な男はそちらには目もくれず女の方ににじり寄った。男は身動きできずにガタガタと震えている女の顔を片手でつまみ、恐怖が浮かんだ目を楽しそうに覗き込んだ。蛇に睨まれたカエルとはこういう事だろうか。


「た、助けて・・たっちゃん・・」女が地面から見上げている若い男の方を見て訴えた。


「わぁぁぁぁぁぁぁ~~~」その途端若い男は勢い良く立ち上がり、血が滴る腕を抑えながら女を振り返りもせずに走って逃げてしまった。


 奇妙な男は笑みを浮かべながら舌なめずりした。


 


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