第4話共犯
コンビニでアイスと飲み物を買った帰り道、俺は帰りも近道の公園を横切る事にした。丁度真ん中辺りまで来た時女性の物と思われる悲鳴がはっきりと耳に届いた。
「な、何だ。痴漢か?」いや痴漢よりもっと切羽詰まった声に聞こえる。
早歩きで公園を進んで行くと前方の芝生に大きな塊が見えてきた。
――人だ! 人が襲われてる!
芝生に仰向きに倒れた女性の上に男が覆いかぶさっている。女性の口は男の手で塞がれているがその目には恐怖の色がありありと浮かんでいた。
「な、何やってるんだ! 警察を呼んだぞ! その人を離せ!」
情けないが声がちょっと震えてしまう。本当は足元の石を拾ってぶつけてやろうと思ったが、少年野球をやっていた頃のピッチングを振り返り思いとどまった。
実はまだ警察に電話はしてないが、すぐ出来るように手はズボンのポケットの中のスマホを握りしめている。
女性を襲っている男は口を塞いでいる手はそのままに、ゆっくり顔だけこちらに向けてきた。俺に邪魔された事に明らかに腹を立てている。「ケーサツ? それは何の事だ?」
そう言って開いた口の端から赤い血が一筋こぼれ落ちた。
「あれ、あんたケガしてますよ」数歩近付いてその男の顔を指さしながら俺は言った。
口を塞がれた女性は「ん~~~んふ~~~!!」と一生懸命何かを訴えている。
「ん? どこだ、ここか?」男が女性の口を塞いでいた手を放して自分の顔を撫で回した。
「ほら、ここから血が」俺は口元を指さした。すると男は「ちょっと口押さえてろよ」と俺の手を掴んだ。
言われるままに女性の口に手を出すと、ガブッ!! 女性が俺の手に思い切り噛みついた。
「何よアンタ! 助けてくれるんじゃないの?! バカっ」女性は男を突き飛ばして跳ね起き、走り去ってしまった。
「痛ってぇぇ」――それにしても助けてくれる? って・・じゃあやっぱりあの人は襲われてたのか?!
「あ、あんたやっぱりあの人を襲ってたんだな?」俺は立ち上がり警戒しながら後ずさった。
「我は飯を食おうとしていただけだ! 襲ってなどおらん」相手の男も立ち上がってにじり寄ってくる。
「こんなどこかも分からない場所に放り出されてお腹は空くし、不安になるし、途方に暮れているところにあの女が現れたんだぞ!」
「ここは動物公園駅東口前公園だよ! あんたどこから来たんだよ?!」
「どこって、地下に決まってるだろう!」
「え、宮下地下道からここまで歩いて? それは・・大変だったね」
「? なんだそれは・・そんな事はどうでもいい。我は喉が渇いたのだ」
「仕方ないなぁ・・今買って来たコーラがあるから飲む?」
「かたじけない」
二人は芝生から近いベンチに座った。俺は猫の絵が描かれたマイバッグから缶コーラを取り出し男に手渡した。
「あっそうだ! 俺アイス買ったんだった。溶けちゃうじゃん」バッグからチョコモナカジャンボを取り出して袋の上から恐る恐る指で触れてみる。
「あ、大丈夫だ。モナカにして正解だ」袋を開けてモナカをパキッと二つに割り、半分を男に差し出した。「あんたも食う?」
「おお・・?」隣でモナカにかぶりつく俺に習って男もモナカにかぶりついた。
「冷たい・・そしてこれは・・血よりも甘いではないかっ!」
「あんたさぁ、何があったか知らないけど、彼女に乱暴な事しちゃだめだよ。だから怒って帰っちゃったんだよ」
俺の思考回路では『男は彼女とイチャイチャしていたが男の方が盛り上がりすぎて彼女の唇を強く噛んでしまった。男の口から垂れた血は彼女の物で口を押えていたのは止血のため。そしてこの後男は彼女にご飯をおごって貰うはずだった』こう話が組み立てられていた。
「はみふいたらへら、らんほうはひてない(噛みついただけだ、乱暴はしてない)」モナカの皮で口の中がもっちゃりしている男は何を言っているのか判別がつかない。
「今度会ったらちゃんと謝るんだよ?」
そうやってモナカを食べているとさっきの女性が何人かの男を連れて戻ってきた。
「あいつよ! あいつが私に噛みついたのっ。隣の男も共犯よ!」
その掛け声と共に男たちはわーーーっと駆け出してこちらに向かって来た。その悪鬼のような形相を見た俺と男はベンチから直立した。
「ご、誤解で・・」
「逃げるぞ!」狼狽える俺の腕をグイッと引っ張って男は駆けだした。
「待てぇ~~よくも妹を~~!」
俺と男は必死に走ったが相手も諦めない。日頃運動不足の俺は息が上がってきた。だが公園から出てすぐの角を曲がった時、ふいに宙に浮いているように体が軽くなった。
「うわぁぁぁぁぁ浮いてるぅぅぅぅぅっ」
本当に浮いていた。俺の体はグングン上空に登って行く。ふと自分の胴体を見ると男の手が俺の体を背後から抱きかかえている。顔を上げると男の顔があったが、その背後には見慣れぬ物体が目に入って来た。
見慣れぬとは正しい表現ではない。見た事もない物が目に映った。
男の背中には大きなコウモリの様な羽が生えていたのだ。
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