第12話
旦那様にパーティーの同伴を頼まれた翌日。
ドレスの生地やレース、装飾品に加えてそれに合わせる宝石やらなにやらが部屋にたくさん――それはもう、たくさん運び込まれた。
想像以上にすごい大事になってる現実に、困惑する。
メアリーは侍女だから、ここにいるのは分かる。デザイナーもそれが仕事だ。
でも、二人は洗濯係であって侍女ではない。別に仕事を放棄したとかそういうことではないでしょう。でも、手伝ってくれるに驚かずにはいられなかった。
ぽかん、としている私を置いてメアリーとアンナ、ミリー、デザイナーが語り合っているのも不思議だ。
「あ、あのぉ……私、こういうやつで――」
正直、詳しくないから協力的なのは有難いけれど、お飾り夫人の私が高値のものを買っていただくのは気が引ける。
無難なものを選ぼうとする伸ばす手は止められた。
「いいえ、奥様。こちらの方が――」
「流行を押さえつつ、奥様の良さを引き立たせるのはこちらじゃないでしょうか?」
「でも、奥様の肌に映えるこちらも捨てがたいですね!」
適当に決めようとしている私と打って変わって、生地を吟味している三人はすごく真剣。
目をキラキラと輝かせながらも、楽しそうに、真剣にしている三人をただ眺めることしか出来ず。
「あ、これはもう黙ってよう……」と悟った私はただ着せ替え人形になることに徹した。
翌日、あらかたドレスが決まると今度は勉強会の話が持ち上がる。
セバスチャンが手配した――というより、何故かセバスチャンが講師となってそれは開かれた。
貴族マナーやら食事マナーやら、ダンスレッスンやらに追われててんてこ舞い。
クタクタになってお風呂に入って寝よう――なんて思っても、させてもらえない。
お風呂から上がると流されるまま、メアリーたちに磨き上げられる毎日を繰り返していたら、あっという間に当日を迎えていた。
◇◇◇
毎日、彼女たちにマッサージされ、お肌のケアをしてもらったおかげでむくみが取れて、スッキリしてる。
スッキリしているというか、痩せた気すらする。それに加えて、お化粧もして……苦しい苦しいコルセットもして、仕上げられた私は鏡の前に立っていた。
「……誰?」
髪を結い上げられ、身に纏うドレスは晴れ渡る夜空のよう。キラキラと光るスパンコールは輝く星のようで、幻想的。
派手さはなく、控えめでありながら、優雅さがあった。
やり切った! と、汗をかきながら、ご満悦の三人が鏡越しに見える。スッと視線を戻して正面を見るけれど、まじまじ見ても誰なのか分からなかった。
こんなに変わってしまうなんて、思いもしないじゃない。
「正真正銘、奥様です」
「……プロの力ってすごいわ」
ぽつり、呟く声は彼女たちの耳にも届いていたらしい。
声を揃えて、答えられたそれにいまだ、信じられない。
そっと頬に触れれば、鏡の中の人も同じ動作をして、ちゃんと頬に降れた感触もあるからまぎれもなく、私なのだと教えてくれる。
パッパラパーッて、化粧してドレスを着るだけだと正直思っていた。
元々貴族だったころは、専属のメイドなんていなかったし、自分の事は自分で大抵やっていたから、そういうものだと思っていたの。
断じて、彼女たちの腕を舐めていたとかではないわ。
「これで貴族令嬢や夫人に舐められることはありません!」
「どこからどう見ても、公爵夫人にふさわしいお姿です……!」
自分たちの腕の良さにか、作品の出来に納得できたのかは分からないけれど、アンナとミリーはテンションハイになっている。
生き生きとした力強い目を向けられ、力説するそれがあまりにも強くて、戸惑いは隠せなかった。
「こんなに綺麗にしてくれて……今日まで手伝ってくれてありがとう。私のこと、良く思ってなかったでしょうに」
あの一件前は歓迎されていないと、知っていた。彼女たちだけではなく、屋敷に仕える人はみんな、そうだと感じていた。
だからこそ、ここまで懸命に仕えてもらえるとは思っていなかった。
ハッ、と我に返った二人はお互い、目を合わせ、言おうか悩んでいたけれど、おずおずと口を開く。
「――最初は、その……、旦那様の女嫌いが変な方向に転じて誰でもいいと連れて来たのかと思っていて――」
アンナ、それは間違いなく正解に近い正解よ――なんて、口が裂けても言えない。
まあ、しいて言うならば、惚れないという超重要ポイントがあるけれど、いい線いってることに心の中で拍手を送った。
「嫁いだ次の日に街へ出かけてしまうし、貴族に戻られてすぐに散財するようなお方なのか、と不安だったんです」
「それは、その、ごめんなさい」
ミリーも続けて答えてくれるけれど、それは確かに私の至らなさが原因。
お飾りでいいという約束は私と旦那様の間だけで、クロードさん以外は知らないのだから不安にさせてしまったのは当然だ。
言い訳にしかならないし、今では反省しているけれど、それでも申し訳ない気持ちが膨れ上がる。
「でも、メアリーから聞いて知ったんです。ご家族が心配で街へ行ったことを」
「それに――魔法を見られてしまった日、奥様に救われたんです。すごく、嬉しかったんです。だから、少しでもご恩を返したくて」
「ふたりとも……」
パッ、とメアリーに視線を送ると照れくさそうに目を伏せていた。
私のいないところでフォローをしてくれていたという事実に胸がきゅんとする。振り回してばかりなのに、彼女の優しさにあたたかいものが込み上げてきた。
それに伝えてくれるアンナとミリーの素直さも思いも尊い。
「奥様!」
「楽しいパーティーをお過ごしください……!」
旦那様に「使用人に何をした」と言われた時はあまり実感が湧いていなかったけれど、こうして言葉を受け取って初めて、彼女たちと人間関係を築けていたと実感する。
「ありがとう」
きっと、私はいい女主人ではないのに、それでもそうやって認めてくれる。
なんて素敵な人たちに囲まれているのだろう、と喜びをひしひしと噛みしめた。
「旦那様がお待ちです。奥様、いきましょう」
「ええ、そうね」
メアリーも心なしか嬉しそうに頬を緩めている。
扉を開けて、私が玄関へと向かうのを待っている彼女に、笑みを浮かべた。
慣れないドレスに足を引っかけないように、足元を見てしまいそうになる。でも、そうすると不格好だ。
遅すぎず、ゆっくり丁寧に――と、玄関フロントまで辿り着けば、階段下で待っている旦那様の姿があった。
私のドレスと合わせて作られたらしい彼の服装はそれまたとても良く似合う。
髪色と瞳の色も相まって、まるで月の神様に愛されそうだ。
「おまたせしました」
「……」
転ぶことなく階段を下りられたことにほっと安堵しながら、声をかけるけれど、彼は何故かだまったまま、こちらを見ている。
「旦那様?」
別におべっかが欲しいわけではないけれど、エスコートする気配もない。ジーっと見つめてくる視線にこてん、と首を倒した。
私の声に我に返ったのか、旦那様は焦ったように咳払いする。
「いや、……行こう」
「はい!」
結局のところ何が何なのか分からずじまいだけれど、今はそれを気にしている場合でもない。なんたって、これからパーティーというなの戦場に行くのだから。
差し出された手に、手を重ねて元気良く頷いた。
―――――――――――――――――――――
改稿 2024.07.07
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