第15話


 旦那様にパーティの同伴を頼まれた翌日から張り切っていたメアリー。それとメイドのアン、ミリーが何故か加わってドレス選びが始まる。

 ドレスの生地やレース、装飾品に加えてそれに合わせる宝石やらなにやらが部屋にたくさん――それはもう、たくさん運び込まれた。


 すごい大事になってる現実に、戸惑いを隠せない。

 正直、そこまで詳しくないし、お飾り夫人の私が高値の物を買っていただくのは気が引ける。だから、無難なものを選ぼう――と手を伸ばすたびに止められた。


 

「奥様にはこちらの方が――」

「こちらの方も捨てがたい……!」



 目をキラキラと輝かせて、楽しそうにする三人をただ、眺めていることしか出来ず。

「あ、これはもう黙っていよう……」と悟った私はただ着せ替え人形になることに徹した。


 

 次の日、あらかたドレスが決まると、今度は勉強会の話が持ち上がる。

 セバスチャンが手配した――というより、何故かセバスチャンが講師となってそれは開かれた。

 その日から貴族マナーやら、食事マナーやら、ダンスレッスンやらに追われて、てんてこ舞い。

 

 クタクタになってお風呂に入って寝よう――なんて思っても、させて貰えず。

 お風呂から上がると流されるまま、メアリーたちに磨きあげられる毎日を繰り返していたら、あっっっという間に当日を迎えてしまいました。



「……誰?」



 毎日彼女たちにマッサージされ、お肌のケアをしてもらったおかげでむくみが取れて、スッキリしてる。

 スッキリしているというか、痩せた気すらする。それに加えて、お化粧もして……苦しい苦しいコルセットもして、仕上げられた私は鏡の前に立っていた。


 髪を結い上げられ、身に纏うドレスは晴れ渡る夜空のよう。キラキラと光るスパンコールは輝く星のようで、幻想的。

 派手さはなく、控えめでありながら、優雅さがあった。

 

 やり切った! と、汗をかきながら、ご満悦の三人が鏡越しに見える。スっと視線を戻して、正面を見るけれど、まじまじ見ても誰なのかが分からなかった。

 こんなに変わってしまうなんて、思いもしないじゃない。



「正真正銘、奥様です」

「……プロの力ってすごいわ」



 ぽつり、と零したそれは彼女たちの耳にも届いていたらしい。声を揃えて、答えられたそれにいまだ、信じられない。

 そっと頬に触れれば、鏡の中の人も同じ動作をして、ちゃんと頬に手が触れた感触もあるから紛れもなく、私なのだと教えてくれる。


 パッパラパーって、化粧してドレス着るだけだと、正直思ってた。

 元々貴族だった頃に専属のメイドなんていなかったし、自分のことは自分で大抵やっていたから、そういうものだと思っていたの。

 断じて、彼女たちの腕を舐めてたとかではないわ。



「これで貴族令嬢や夫人に舐められることはありません!」

「どこからどう見ても、公爵夫人に相応しいお姿です……!」



 自分たちの腕の良さにか、作品の出来に納得出来たのかは分からないけど、アンとミリーはテンションハイになってる。

 生き生きとした力強い目を向けられ、力説するそれがあまりにも強くて戸惑いは隠せなかった。



「あ、ありがとう。こんなに綺麗にしてくれて……私のことよく思ってなかったでしょうに」



 何故か好意的な彼女たちに押されてしまうけれど、そうなのよ。

 屋敷に来た初日はあまり歓迎している様子がなかったからこそ、ここまで手伝ってもらえるとは思っていなかった。


 ハッ、と我に返った二人はお互い、目を合わせて言おうか悩んでいたけれど、おずおずと口を開く。



「最初は……その、旦那様が女性嫌いが変な方向に転じて誰でもいいと連れて来たかたなのかなって思っていて――」



 アン、それは間違いなく正解に近い正解よ――なんて、口が裂けても言えない。

 まあ、しいて言うならば、惚れないという重要ポイントがあるけれど、いい線いってることに心の中で拍手を送った。



「嫁いだ次の日に街へ出かけてしまうし、貴族に戻られてすぐに散財するようなお方なのかと不安だったんです」

「その、――ごめんなさい」



 ミリーも続いて教えてくれるけれど、それは確かに私の至らなさが原因。

 お飾りでいいという約束は私と旦那様の間だけで、他の人は知らないのだから不安にさせてしまったのは当然だ。

 言い訳にしかならないし、今では反省しているけれど、それでも申し訳ない気持ちなった。



「でも、メアリーから聞いて知ったんです。家族で経営しているから心配で街へ行ったことを」

「それに次の日にはわざわざ挨拶しに来てくれて……すごく嬉しかったんです」

「ふたりとも……」



 バッ、とメアリーに視線を送ると照れくさそうに目を伏せていた。

 私のいないところでフォローをしてくれていたという事実に胸がきゅんとする。振り回してばかりなのに彼女の優しさに温かいものがこみあげてきた。


 それに自身の思いを伝えてくれるアンとミリーの素直さも尊い。

 きっと、私が元貴族&元庶民ということがいい意味で効果を表しているのかもしれない。



「奥様、楽しいパーティーをお過ごしください……!」



 旦那様に「使用人に何をした」と言われた時はあまり実感が湧いていなかったけど、こうして言葉にされて初めて、彼女たちと人間関係を築けてきたと感じられる。



「ありがとう……!」



 きっと、私はいい女主人ではないのに、それでもそうやって認めてくれる。

 なんて素敵なひとたちに囲まれているのだろうと、喜びをひしひしと噛みしめた。

 


「旦那様がお待ちです。奥様、いきましょう」

「ええ、そうね」



 メアリーも心なしか嬉しそうに頬を緩めている。

 扉を開けて、私が玄関へと向かうのを待っている彼女に、笑みを浮かべた。



 慣れないドレスに足を引っかけないように、足元を見てしまいそうになる。でも、そうすると不格好になってしまう。

 遅すぎず、ゆっくり丁寧にと玄関フロントまでたどり着けば、階段下で待っている旦那様の姿を見つけた。


 私のドレスと合わせて作られたらしい彼の服装はそれまたとてもよく似合う。

 髪色と瞳の色も相まって、まるで夜の神様に愛されていそうだ。



「おまたせしました」

「……」



 転ぶことなく階段を降りられたことにほっと安堵しながら、声をかけるけれど、彼は何故か黙ったまま、こちらを見ていた。

 もしかして、私には不釣り合いな格好なのかしら、と不安になる。



「旦那様?」

「いや、……行こう」

「はい!」



 せっかく仕上げてくれたのに申し訳なさを覚えつつ、見つめ返す。

 別におべっかを行って欲しいわけではないのだけれど、そもそも何で固まったままなのか分からない。


 首を傾げて、もう一度、呼びかけると旦那様は咳払いして、我に返った。

 結局のところ、何があったのか分からずじまいだったけれど、今はそれを気にしている場合でもない。なんたって、これからパーティーという名の戦場に行くのだから。

 エスコートしようと差し出された手に、手を添えて元気よく頷いた。


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