第12話


 ディナーも済んだし、お風呂も済んだ。

 ちょっぴりめんどくさいなと思いながらも、メアリーに促されるまま、お肌のケアをされて、あとはもう寝るだけというタイミングで、コンコン、とノックする音がした。


 何かしら、と思ってメアリーに目を向けるけれど、彼女も分からないらしい。



「……どうぞ」



 誰が訪ねて来てもいいようにと寝着の上にカーディガンをかけてもらい、仕方なしに入室許可を出せば、これまた意外な人物が尋ねていらっしゃった。



「夜分遅くにすまない」

「いいえ、どうなさったんですか?」

「君に頼みがある」



 どことなく、顔色が優れない。仕事が上手くいかなかったのかしら。それとも仕事が忙しすぎるのかしら――と少し心配になりつつ、首を傾げると彼の喉が上下に動く。



「私に……旦那様が、ですか?」



 仏頂面のイメージが強い旦那様なのだけれど、目の前の彼は表情が強張っている、大事件が起きているのかしら、と恐怖心が込み上げてきた。

 だって、命令すればいいところを頼んでくるなんて相当の事としか思えないもの。



「ひとつ月後にアンダーソン伯爵家のパーティーがある」

「ああ……それに同伴しろということですね」



 スッと出された一つの封筒を受け取って中身を見れば、夜会の招待状だ。。


 言わんとしていることがやっとわかった。

 彼の表情が大げさなほど、大したことがなくて、肩の力が抜ける。



「マナーやダンスの講師はセバスチャンに頼んで手配しておいた。パーティーまでに貴族としての振る舞いを思い出してくれ」

「かしこまりました」



 いつもより異様に早い言葉たちは怒涛のように私に降りかかる。

 私がパーティーで浮かないように配慮してくれたのか、それとも公爵家の品位を損なわないためなのか――多分、後者よね。


 それでも、細かく気配りをしてくれることに感謝の気持ちは変わらない。

 とうとう本格的な仕事が舞い込んだ――と気を引き締め、深く頷いた。



「奥様、ドレスは如何なさいますか?」



 二人の会話がなくなり、少しの間が空くと柔らかくも芯のある声が後ろから響く。

 ちらり、と振り返れば、メアリーが私の返事を待ちながら、目を輝かせていた。



「え? まだ袖を通してないのが――」

「新しく仕立てましょうか?」



 まだまだ着れていないドレスがあるというのに仕立てるなんて、もったいなさすぎる。

 期待している彼女には申し訳ないけれど、断ろうと口を開く。けれど、それは最後まで言わせてもらえず、食い気味でまた問いかけられてしまった。



「え、あ、……うん? だから、まだ――」

「手配いたしますね。そうと決まれば、準備に取り掛かりますので失礼します」



 何のやり取りなのかしら――と困惑する。パチパチと瞬きを繰り返し、小首をひねっては、もう一度、自分の意見を言おうとしたら、またそれは遮られた。



「メアリー、私のも彼女に合わせて頼む」

「かしこまりました」



 仕立てないという選択肢を与えないような早口にポカンとしていると、ふむ、と顎に手を当てている旦那様がとんでもないことをおっしゃる。


 確かに新婚夫婦ですから、別に問題はないわ。

 でも、そういう男女で衣装を合わせると言うのは、初めての経験だから、ちょっと、いいえ、とっても、動揺してしまう。


 旦那様の一言にメアリーはぱあっ、とまるで花が咲いたような雰囲気を醸し出した。

 それはとても新鮮――というよりも初めて見る姿。


 なんだか楽しそうだから、いっか――と置いてけぼりになりながらも、ルンルンと部屋を出ていく彼女の背中を見送った。


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