第8話(メアリー視点)
ローレンス公爵家――当主になられたウィリアム様は男女ともに息を飲む美しさを持っている。国内外のご令嬢や貴婦人がこぞって愛人でも、一夜を共にするだけでもいい――と願うほどに、だ。
女性の執拗なアタックやなんともいえぬ贈り物、薬を盛られたり――と、不幸な経験をし続けて早何年だろう。
結婚というものに興味を持たず、独身を貫くのではないか――と勝手ながら使用人たちは心配していたら、ある日突然、結婚する意志を示した。
それは寝耳に水で、使用人たちは動揺した。旦那様に憧れを持っている子はいても、好意はない。そもそも身分が違いすぎる。
もし、好意に近い感情を持っていたとしても目の保養くらいのもの――いや、雇用主に対してそれもそれでどうなんだとは思うけれど、それくらいのものだろう。でも、大半はどちらかというと恩人に対する敬愛に近いのは間違いないはずだ。
そういう私もそうだ。
だから、ローレンス公爵家にいきなり嫁いできた女性である奥様――アリシア様は使用人たちの間でも気になる存在だった。
「はじめまして。お世話になるアリシアです。よろしくお願いしますね」
没落した元男爵令嬢だと、彼女が来る前に聞かされていた。
元貴族だったとしても低姿勢で、なんとも不思議な挨拶をされるとは思っていなくて、正直驚いた。
貴族だったら、お世話になる――なんて、わざわざ使用人に言わない。
平民を経験したからこその謙虚さかもしれない。
屋敷を案内している途中、すれ違う使用人を見つければ、自ら率先して名乗っていた。
奥様であることはみんな知っているのに、それでも彼女は名乗って、使用人の名前を聞いて回っていた。
にこりと笑う表情がやわらかくて、あたたくて、不思議な人――それが第一印象だった。
次の日はいろいろ新鮮で、振り回された感はあったけど、複雑な思いはあれど、嫌じゃなかった。だからこそ、憎めない。
きっとそれが彼女の人柄がさせるのだろうと思っていた。――思っていたのだけれど。
「本当に迷子になられてしまったの……!?」
二人で迷路のように複雑な庭を歩いていた。それも奥様の方の後ろを歩いていたはずなのに、何故、見失ったのかすら分からない。
今日の朝、方向音痴とは聞いていたけれど、まさか屋敷内で迷子になるとは思いもしなくて、頭を抱える。
「え、どうやって、この状況で迷子になるんですか……! 奥様!!」
ジッとしている人じゃないと言うのは、昨日嫌ってほど分かったからこそ、簡単に想像できる。一人で迷子になってウロウロ歩き回ってる奥様の姿が。
どこに行ったかもわからない主人を探す為、スカートのすそを持ち上げて地面を力強く蹴った。
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改稿 2024.07.07
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