第10話
ベッドから起き上がって、一直線に部屋と外を仕切るカーテンに手をかけ、バッと勢いよく開ける。
すると、想像していたよりも明るい日差しを身体全体に浴びた。
「う~ん! いい天気~!!」
太陽に向かって伸びをしながら、息を吐き出す。
固まっていた身体コリが、ほんの少し柔らかくなったのを感じて、両手を脱力した。
タイミング良く、コンコンと扉を叩く音に「どうぞ~」と声をかければ、メアリーが入室してくる。
「奥様、おはようございます」
「あら、おはよう。メアリー」
すでに起きていることに驚いているのかしら。微かに目を見開いていた気がしたけれど、すぐさま、いつも通りの表情に戻って挨拶をしてくれた。
私に振り回されていたのに変わらず、仕えてくれる彼女に胸が温かくなる。
……一応、これでも罪悪感はあるのよ。
「本日はどうされますか?」
「う~ん、どうしようかしら」
手際よく整えられるモーンイングティーの準備を眺めていると、唐突に投げかけられる問いかけに頭を悩ませた。
旦那様から仕事していいと許可は頂いちゃってるから、今日からでも行っていいんだろうけど、しばらく来るなと言われたのには変わりないから、行くわけにいかない。
貴族のたしなみ――というか過ごし方はあまり覚えてないのよ。
ぼーっとしていたら、時間が過ぎていたような気もするし、たまに本を読んでいたような気もしなくもない。
「では、商人でも手配いたしましょうか?」
未だ決まらない予定に唸っていると、メアリーがひとつ提案をしてくれた。
買い物をするのに呼び寄せるなんて、考えも浮かばなかったから、思わず、固まってしまう。でも、彼女は平然と言ってのける。
これが上流階級なのだと住む世界の違いを知った。
「奥様?」
「ああ、ううん。旦那様が用意してくださったドレスも宝石もあるから大丈夫よ」
黙って考え込んでいる私に、メアリーは不思議そうに首を傾げているのに気が付き、慌てて我に返る。
ほっとくとすぐに自分の世界に入り込んじゃうから悪い癖ね、と自嘲しながら、彼女の提案をやんわり断った。
ただでさえ、ずらりと並んだドレスを見て何年分だろうと疑問を抱かずにはいられなかったクローゼットの中身たちを思い出したら、正直要らないと思う。
お飾りなのだから、お飾りらしくつつましくいたいというのも本心なのよ。
「では、……」
「そうだ!」
私を思って、考えてくれていて、他の提案をしようとしてくれている。
なんていい子なんだろうと、この子が専属メイドでよかったと嬉しくなった瞬間、ピンッと閃いた。
「決まりましたか?」
「今日はね、メアリーに案内したて欲しいの」
「案内、ですか?」
パシンッと両手で叩く音が部屋に響く。その音に驚いて、目をパチパチさせるメアリーは年相応で可愛らしい。
なんだかその姿に嬉しくなって、にこっと笑って答えると彼女の瞬きはまた増えた。
「本来なら昨日やるべき事だったはずなのに放ったらかしにしてしまって……流石に反省したのよ」
「そう、ですか……」
旦那様の執務室も知らないなんて、流石に良くないと昨日の出来事が私の意識を変えてくれた。
「だからね、屋敷の案内と使用人の皆さんの紹介をお願いしたいの」
「――――使用人の紹介、ですか」
それにどう考えてもこれから三年、お世話になる人達に挨拶もせずに出かけてしまったことは良くなかったと、自分を責めずにはいられない。
旦那様との契約は私たちだけのもので、屋敷に仕えてくれている人たちにとって、知らないことだもの。
元々の男爵家の令嬢で地位が低いのに、更に降格した平民が嫁いできた――なんて、きっと仕えている人たちは不満を持っているはずだから。
「ええ、ここで働く人たち全員のところに」
「わ、分かりました。まずはお支度しましょう」
一応、私の肩書は公爵夫人で、この屋敷の女主人。仕えてくれる人たちを知る権利はある。
戸惑って、聞き返す彼女に力強く頷けば、それ以上何も言う気はないらしい。私の支度の手伝いを進めてくれる。
「ありがとう」
冷たい目で見られるのではないか。陰口を叩かれているのではないか。そんな不安はあるし、ちょっぴり怖い。
でも、何も知らなければ、変えていくことも、自分が変わっていくことも出来ないことを知っているから、ここは踏み出した方がいいと本能が言ってる。
メアリーに笑顔を見せながら、私は「大丈夫」と自分に言い聞かせていた。
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