第8話


「お、奥様……おかえりなさい」



 夕方までに戻ろうと思っていたのに、依頼分の作業をしていたら、どっぷり日が暮れていた。

 もう面倒くさいから、実家に泊まりたい――なんて考えも過ったけれど、あれだけ二人に公爵家の方に目を向けろと言われたんだから、帰らない訳にもいかない。


 それで帰宅したわけなんだけど、公爵家を取り仕切る執事長のセバスチャンが慌てたようにお出迎えしてくれた。

 彼に続いて、使用人が頭を下げてくれているけれど、なんか空気がソワソワしているようにも感じる。



「ごめんなさい。すっかり遅くなってしまって」

「いえ……それよりもウィリアム様からご伝言をお預かりいたしました」

「旦那様から?」



 私の分の食事やら準備やらをしてくれる人たちがいる。それなのに帰宅時間も伝えず、かなり遅くに帰ってきてしまったことが心苦しくなって、謝った。

 でも、セバスチャンはそれをあまり気にも留めていなかったみたいで、さらりと受け流される。


 ちょっぴり寂しさを覚えたけれど、意外な言葉に目をぱちくりさせた。



「はい。執務室に来るようにとのことです」

「分かったわ」



 彼はこくりと頷き、その続きを紡ぐ。

 帰ってきてそうそうの伝言ということは余程の急ぎのことかもしれないと二つ返事で指示された場所へ向かおうとした。した――んだけど。



「ごめんなさい。セバスチャン……執務室まで案内してくれないかしら?」

「……かしこまりました」



 そう、まだ屋敷の案内をされていなくて、場所を把握してない。自室と夫婦の寝室くらいしか把握できていないことを忘れていたのよ。

 しまりが悪いなぁと少し恥ずかしくなりながら、頼んでみるとセバスチャンは何度か瞬きを繰り返しつつも、静かに頷いてくれた。




◇◇◇




 セバスチャンに案内してもらって、一人になった執務室の前――私は立ち止まっていた。

 何を言われるのかが想像つかなくて、正直気が重い。



「ふぅ……」



 いつまでもそうしているわけにもいかず、深いため息を吐き出して、覚悟を決めるとコンコンとノックをした。



「……入れ」



 穏やかで低い声が響く。でも、感情の抑揚が見えないのがまたちょっぴり怖い。

 その声を聴いても、気分が変わることなく――むしろ、より一層身体が重くなるのを感じながら、執務室へとお邪魔した。



「あのぉ……た、ただいま帰りました。えっと……遅くなってごめんなさい」



 一度もこちらに目を向けることなく、仕事をし続ける旦那様と傍で控えてる旦那様の右腕っぽい青年。

 異様な空気に謝るのが先かもしれないと、頭を下げてみるものの反応はなかった。



「君がどこでどう遊んでいようと勝手だが、公爵家の品位を――」



 どうしたらいいのか分からなくて、混乱していると、心無い言葉が飛んでくる。

 そりゃ、勝手に街に出かけたけれど、それを遊びだと断定するのはあまりにもひどい話だ。



「ちょっと待ってください!!」



 黙ってられないと、下げていた頭を上げて、執務をしている旦那様の机にバシンッと両手を叩き下ろした。


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