第11話
「こんにちは。挨拶が遅くなってごめんなさい……これからよろしくお願いしますね」
メアリーに屋敷を案内してもらい、誰かと会うたびにそう声をかけて話しかける。
そんなことを繰り返しているとあっという間に午前中は終わっていた。
予想していた通り、みんなは警戒心むき出しでまるで、野良猫のようだった。でも、話しているとだんだん表情が変わっていくのよ。
受け入れてくれる子もいれば、終始きょとんとしている子もいたし、すんごい難しい顔を包み隠さず、出してる子もいて、面白かった。
人は憶測の中では分からないことがたくさんある。
だから、勇気を持ってみんなと話してみて良かったと気持ちい午後を迎えた。
メアリーに差し出された日傘をさして、歩くのは公爵家のお庭。
自室から何度も見たけれど、綺麗に花々が咲いていて、木々も生き生きとしている。
近くにあった薔薇に駆け寄り、すぅと息を吸えば、柔らかい薔薇の香りが鼻腔を擽った。
「――それにしてもすごいわね」
「何がですか?」
よいしょ、と曲げていた腰を正して、零れたそれにメアリーはこてん、と首を倒す。
私より背丈が小さいから、自然に上目遣いになってその仕草が可愛くって、ひとりできゅんきゅんしちゃう。誰かと共有したい――と思うけれど、それを共有する人がいないのがとても悔やまれる。
「公爵家って大きいのに使用人はそこまで多くないじゃない? それなのに綺麗に保ってるなんて……やっぱり良家にはプロフェッショナルが集まるのかしら」
「……それぞれ得意なことを持ち場にしているだけです」
私の返答を待つその姿も可愛らしい、と喉から出そうになる言葉を押しとどめて、彼女の疑問をひとつずつ言葉にしていく。
そう、公爵家ほどになれば、数百人といてもおかしくない――はず、多分。でも、実際は百人もいない程度。それなのにこの広い屋敷を保っているなんて、すごい技術としか言いようがなくて、感心するしかない。
なんだそんなことか、とメアリーは別に誇ることもなく、当然であるかのように言うけれど、どう考えてもすごいこと。
ちらり、と数歩後ろを歩く彼女に目を向けてみるも、涼しげな顔をしていた。
「なるほどぉ、適材適所ってやつかしら」
「……そんな甘い話ではないんですよ」
何年ここで働いているかは知らないけれど、メアリーには驚くことでもないことなんでしょう。言葉のまま受け取って、納得する私に、ぴたりと足を止めた。
ぽつり、と何かを零していたように聞こえて、振り返った。
「え、何か言った?」
「いいえ。何でもありません」
あまりにも小さすぎて拾いきれなかったそれに、小首をひねる。でも、メアリーは首を横に振るだけだった。
聞こえてほしくない事だったのか、独り言だったのか、それは分からないけれど、深堀はしない方がいい気がして、また歩みを進める。
「あ、こんにちは!」
「……おや、奥様。どうされましたか?」
迷路のように入り組む先に、人影を見つけて駆け寄った。声の大きさに驚いたのか、背を向けていたご老人はビクッと肩を動かすとゆるりとこちらを見る。
メアリーがそばについていることから私が女主人だとすぐ気が付いたらしい。
ご老人は帽子を取って、ぺこっと頭を下げてくれた。ゆっくり上げられる顔は何とも柔らかく、芯のある方という印象を受ける。
「遅くなってしまってごめんなさい。実は挨拶回りしていて……あなたのお名前を聞いてもいいかしら?」
「庭師のゴードンと申します。それでご入用は……」
眉を八の字にして、謝るとそれはそれは不思議そうな顔をする。
みんなもしていたけれど、どうしてそんな顔をするのかしら――と、思いつつ、本題に入る。
彼はハッとして名前を教えてくれるけれど、どこか表情は硬い。
やっぱりあまり歓迎はされていないのかもしれないわ。
「ゴードンさん。あのね、私の部屋から庭が見えるの。丁寧にお世話をされているおかげで綺麗に咲いていて、素敵だなって思ってたの」
「それはそれは……ありがたいお言葉ですな」
日傘を持つ手に力を入れる。
怯みそうな自分を鼓舞させて、嫁いできた初日に味わったあの感動を伝えるとゴードンさんは目を真ん丸にさせた。
「素敵なお庭を作ってくださってありがとう」
意外そうに、でも嬉しそうに微笑む姿に親近感が湧く。その笑みが嬉しくなって、自然に口角が上がった。
「……ほっほっほっ、奥様にそう仰っていただき、光栄です」
彼は何か愉快なことがあったかのように高らかに声を上げて、笑う。そんな姿に驚いたけれど、最初にあった壁はすっかりなくなっていた。
丁寧に優しく人の心をいやすようなこの庭を作ってるからこそ、この人柄なんだわ。とても朗らかで、そばにいると温かい気持ちになれるもの。
「今度、庭のことを教えてくれると嬉しいわ」
「こんな老耄で良ければ、ご案内させていただきましょう」
使用人たちのへ挨拶はこれで最後だけど、まだ話し足りないさがあった。
でも、お仕事の邪魔をするのは気が引ける。私だって仕事してる人間だから邪魔されるのはあまりいい気がしないのは分かるもの。
応じてくれるか少し心配はあったけど、次の機会を暗に示すと優しい笑顔を向けてくれた。
最後の最後に心から楽しむ会話ができたがして、次に向かう足取りはとても軽かった。
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