第7話
メアリーが二階のわが家へと上がるのを見送って、私は一階の隅っこにある作業部屋に引きこもった。
使い古された味のあるテーブルの上に山のような書類と丁寧に一個ずつ隔離された色とりどりのガラスが入った箱が置かれている。
それを見て、結構依頼が増えたのね――と驚きながらも、ガタガタと安定しない椅子に座った。
「ルーカス。あれじゃ、敵を作るわよ?」
「事実を言っただけだろ」
そういえば、とくるりと後ろを向けば、作業部屋に置かれているボロボロのソファに座りながら、ガラスを宙に浮かせてこねる弟に目を向ける。
ここはひとつ、姉として注意しなければ、なんて使命感でいってみるけれど、あまり効果はないみたい。
そっけなく、正論を返された。
「だからってね――もう少し言葉を選んだ方がいいわよ」
そう、いくら正しかろうと言葉一つで受け取り方は違う。
相手をおもんばかる言い回しだってできるはずなのに、それをすることなく、思ったことをそのまま言うのは――まあ、私も旦那様の前でぽろっと本音を零しちゃったあたり、人のことは言えないけど。
いや、で、でも、わざわざ敵を作る必要はないのよ。
「あのなぁ、ねーさんは危機感が薄すぎるんだよ」
「失礼ね」
ルーカスは不機嫌そうに手を止めて、睨みつけてきた。
最近、反抗期が来たのか、ちょっと怖さを感じつつも、姉としての威厳を保たなければという謎の使命感に立ち向かう。
「私を貶してない?」という疑問にこちらこそ、だんだんムッとしてくる。
「ねーさんのギフトは良くも悪くも使えるんだよ? 分かってんの?」
ギフト――それは神様からの贈り物と言われるこの世界の人間に与えられる祝福。
そうは言っても、全ての人に与えられるモノではなく、貴族に生まれた人が受け取ることが多い特殊能力みたいなもの。ギフトの能力は、トーク力や触れたものを浮かせる力、作物を育てる力とか種類様々。
貴族だった私もその恩恵を受けている。
腕を組んで、首を傾げるルーカスは反抗期――ではなく、ただ単に私の心配してくれていたみたい。
「分かってるわよ」
「いーや、分かってないね。分かってるってんなら、人に知られる状況を作るようなマネしないでくれる?」
私のギフトは簡単に人に知られてはいけないことくらい言われるまでもなく、分かっていることだった。
肩を竦めて言い返すけれど、全然信用してくれない。隙がありすぎると言わんばかりに小言を漏らすルーカスはまるで、私よりしっかりしていて年上のようでなんだか複雑な気分になる。
「まあまあ、二人とも落ち着けって……ルーカスの言うことは正論だけど、な?」
「それは……もちろん、分かってるわ」
作業部屋の扉が開いていたこともあってか、いつの間にか様子を見に来ていたリオン兄さんは書類を片手にしながら、仲裁に入ってくれる。でも、悲しいことに私の味方ではなかった。
二人の言いたいことは十分すぎるくらい分かってるから仕方ないことも分かってる。
リオン兄さんの方が幾分か――嘘。大分柔らかい言い回しだから、素直に受け止められるのは不思議よね。
「もちろん、アリシアの気持ちも分かってるよ。自分は働きにここに来てるのに人の仕事を取りたくなかったんだろう?」
俯いていたからか、落ち込んでいると思ったのかもしれない。リオン兄さんはポンっと私の肩に手を置いて、優しく投げかけてくれた。
リオン兄さんは人の気持ちを汲むのが本当に上手。理解してくれるって、すごく救われるから、感謝しかない。
こくこくと首を縦に振ってると「兄さんは甘いんだよ」っていう小さな声が聞こえたけど、もう聞こえなかったことにしよう。
「でも、お前はもう嫁いだ身だ。しばらく公爵家に目を向けた方がいい」
ふっと笑ったと思えば、すぐ真剣な顔に戻った。開かれた口から告げられるそれはもっともらしいもので、今日ここに来たことを咎めるものだった。
「まあ、お前がいないとこの店は成り立たないから来るなって言えないのが心苦しいけどな」と肩を竦めていう姿は茶目っ気たっぷりで、私のためを思って言ってくれていることが痛いほど、伝わる。
「……お店はどうするのよ」
「お前が今日、依頼分の作業をしてくれたら、それなりに暮らせる。お前のおかげで借金もなくなったしな」
私の心配はそれだ。お店が成り立たなければ、暮らしていくこともままならない。それなのに私の心配をする兄妹に眉を八の字にした。
リオン兄さんは胸を張って、自信ありげに問題ないと言ってくれるけれど、そんな簡単じゃないことくらいバカでも分かる。
確かに公爵家に借金を返済されたから、毎日の生きるためのお金があれば大丈夫なのかもしれない。でも、目の前にある山のような依頼分を終わらせても、余裕ある生活になるかと言われると難しい。
「今回は貴族案件が十件あって、弾んでくれてるんだって。だから、当面の生活は大丈夫だから」
私の心配を理解したように補足する声に驚いて顔を上げれば、ルーカスがジッとこちらを見ていた。
「でも、それだけじゃいつまでも続かないでしょう?」
「お前は公爵夫人になったんだ。家のことを放ったらかしにして毎日毎日、実家に構っていたら、公爵様にお前がなんて言われるか分からないだろう」
「……大丈夫だと思うけど」
当面って言っても、依頼料から材料費とか引かれる訳で。そこからの利益で生活費とかになるんだから、安泰かと聞かれたら違う。
このご時世何が起きるか分からないんだから、貯金とかへそくりとかを考えておいた方がいいもの。
こっちに来て仕事がしたいという意思をにじませてみるけれども、リオン兄さんは譲ってくれなかった。もちろん、私を思ってなんだろうけど、その心配は無用な気がする。
だって、私はお飾り夫人なんだもの。
「……好きにしていいとしか」
「ちゃんと働くことを許可もらったのか?」と聞かれれば、反論できない。だって聞いてない。勝手に解釈しただけだもの。
目を逸らしてぽつりと呟けば、二人は深いため息を漏らす。そんなに呆れなくてもと、上目遣いで様子を伺っているとリオン兄さんは私の額にデコピンをした。
「いたっ!」
「まずは、許可をもらってこい。話はそれからだ」
鈍い音がすると地味に痛さが皮膚から広がる。ジンジンする額に手を添えて、涙目で訴えると、人差し指が私に向いていた。
「それにさー、看板娘は嫁に行ったって知られてるから表に顔は出せないよ」
「嘘!?」
「嘘ついてどーすんだよ」
ルーカスはガラスをこねるのを再開しながら、付け足すように新しい事実を告げる。
それは流石に想像していなかったから、びっくりしすぎて声がひっくり返った。けど、ルーカスはどこまでもマイペースで、へっと鼻で笑う。
「仕事のことは公爵様に許可を取ってから話し合うってことで」
「…………」
念を押すように言うリオン兄さんに、素直に頷く気になれなくて。最後の苦しい無言の抵抗をしてみたけれど、それは甘かった。
「アリシア、いいな?」
「……はあい」
ぐいっと顔を寄せられる。金色の髪から覗くグリーンの瞳が細められ、それはもう素敵な笑顔がこちらを向いている。
あ、これはもう言うことを聞くしかないと悟った私は不満たっぷりの返事をした。
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