第4話


「――今、思い出しても不思議だわぁ」



 話をもちかけられた時ののことを思い出して、気がつけば、窓から風が入る。カーテンが揺れ動くと月の明かりが部屋に差し込まれた。


 今日は嫁いだ日――妻としての勤めを果たすのが普通なのかもしれないけど、それは契約に盛り込まれてない。

 そもそも公爵様――いいえ、旦那様としてもあんな条件を持ち出すくらいだから、そんなことはしたくないはず。私としてもその方がありがたいくらい。

 夫婦の寝室はあれども、自由に自室を使わせていただけてるのは幸いだった。



「わぁ……昼間に見た時も思ったけど、広い」



 ベッドがあって、ドレッサーがあって……休憩できるようにソファやテーブルも備えられてるけれど、空間が広いから、一つ一つが優雅に存在してる。


 風が冷たくなってきた気がして、そろそろ閉めようと窓ガラスにそっと触れた。



「わぁ……ここからの景色は素敵ね」



 柔く優しい月光に照らされるのは庭師が整えた庭。

 凛としていて、それでいて華やかさをもつバラの花が目に入った。堂々として咲き誇るその姿に無意識に口角が上がる。


 嫁いできてからというもの、心休める暇がなかったせいか、ずっと緊張していたみたい。やっと息が出来てるような気がした。

 やっぱり、自然の明かりは心を癒してくれる。


 

「……素敵をありがとう」



 契約婚を引き受けることを決めたのは私だけれど、不安はたくさんあった。


 元貴族とは言え、貴族マナーは覚えているのかしら――とか、庶民の私を公爵家の人達は受け入れてくれるのか――とか。

 

 ……公爵様のご両親は彼が結婚しないだろうと諦めていたらしくて、私たちの結婚を喜んでくれてた。

 それはもう泣いて喜んでくれた。

 

 そんなに喜ばれると思わなくて、契約婚であることに罪悪感を覚えたけれど、公爵家に使えてる方々がどう思ってるのかは分からない。

 考え始めたら、多分、キリがない。

 

 それでも、こんな素敵が公爵家にある。

 それを嫁いできた初日に見つけられたのは、私にとって嬉しいことだった。



「好きなことしていいって仰ってたし、ポジティブに考えましょう」



 そう、嬉しいこと、好きなものをひとつ見つけられたんだから、大丈夫――と、自分に声をかけるとポカポカした感覚を覚える。

 

 たかが、三年になるか、されど、三年になるか。それは私次第だけれど、楽しんだ者勝ち。

 それなら、楽しく面白く素敵な三年にしたほうがぜったいい。



「なってみせましょう。旦那様の理想のお飾り公爵夫人に!」



 月を見上げ、拳をぐっと構えて宣誓する。

 言葉にしたことで、自分の中の芯が真っ直ぐになる。


 改めて決意したことですっきりした私は今日という日に満足して、ベッドへと潜り込む。



「――おやすみなさい」



 ふかふかでふわふわ。

 空を悠々と泳ぐ雲の上にいるような触り心地に包まれて、意識を手放した。


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