なってみせましょう！旦那様の理想のお飾り夫人に！

第2話

「あ、あのぉ……今、なんておっしゃいまし――」

　真剣な目と交じるけれど、言葉の意味を上手く飲み込むことはいまだに出来ていない。

　だって、相手はあのアルヴィン・ローレンス公爵なんだもの。

　咳払いひとつして、手を重ね合わせながら、確認しようと口を開いたけれど、それは最後まで言わせてもらうことは叶わなかった。

「だから、結婚して欲しい」

　残念なことに、聞き間違いじゃありませんでした。

「え、え、えぇ……あの、失礼を承知で伺いますけど、分かってます？　私は庶民ですよ？」

　彼の妻になりたい令嬢はごまんといるはず。

　それこそ、他国にもいるはずなのに、わざわざ没落した元男爵令嬢である私の元に訪れたのか、分からない。分からなすぎて眉間にシワが寄る。

　もし、眉間にシワの跡でも出来ていたとしたら、彼のせいにしてもいいかもしれない――と、意識を遠くに飛ばしてみるけれど、目の前にいる公爵様は冗談を言っている様子はない。

　胸に手を添えて、自己主張してみることにしてみた。

「私に興味を持たなかった令嬢は君だけだった」

「……もう、令嬢ではないんですけど」

「認めたな」

　庶民になった私を無理やり令嬢扱いする彼に呆れる。求婚とその理由が矛盾していることに肩の力も抜けた。

　たった一瞬、されど一瞬。気を抜いてしまったせいで、余計なことを言っているなんて気付けずにいると、公爵様の口角が薄っすら上がった。

「……どうして、私なんでしょうか」

「条件に当てはまるのは君しかいないからだ」

「条件、ですか？」

　しまった、と我に返ってももう遅い。どんなに言葉を戻したくても、戻せるわけがないのだから。

　ハメられたような気分になるけれど、ここまできて誤魔化すのは無理がある。

　自分の間抜けに苛立ち、眉が吊り上がってる気がする。

　溜飲を下げるために深く、静かにゆっくり息を吐き出す。だけど、全然下がる気配はない。

　しおらしく聞くつもりが声を上手くコントロールできなくて、刺々しくなってしまった。

　彼に嫌悪感を抱かれるかもしれない――と思っていたのに、全くそんなことはなく、むしろ安心しているような表情を浮かべている。

　そして、艶やかな唇から紡がれるそれはまた、私を困惑させた。

　公爵様の結婚相手として、庶民になった私が当てはまる条件なんて想像も出来なかったのだから。

「ああ。色々あるが、一番の問題は私を愛さず、私に愛されないこと……それを守れる令嬢を探していた」

「……どこぞの物語の一節のセリフですか？」

「期待に応えられなくて悪いが、フィクションではなく、現実だ」

　足を組み、そのうえで手を組んで背もたれに寄りかかる姿は流石としかいいようがない。

　所作が優雅で美しい。美しいけれど、彼の口から発せられた言葉はあまりにも想像の斜め上だった。

　驚きを隠せなくて、思ったことがそのまま口から出ていた。

　おっと、不敬――と口元に手を添えてみたけど、時既に遅し。

　見逃してもらえるような言葉遣いじゃないと内心焦ったけれど、どうやら公爵様は心が広いみたい。気にする素振りを見せることなく、私の疑問に答えてくれた。

　でも、現実逃避したい私に突きつけてくれる言葉はあまりにも鋭い。

「元貴族の庶民である私に声をかけたのは、その『愛することなく、また愛されることを望まなさそうな公爵様に興味を持ってない令嬢』に当てはまったから、ということですか？」

「そういうことだ」

　散りばめられた謎の輪郭がはっきりしてきた。

　けれど、なんでだろう。いきなり目が乾燥してきて、地味に痛い。

　無駄に瞬きを繰り返して、問いかければ、彼は首を縦に振った。

　実に特殊で個性的な結婚条件に当てはまってしまったから、彼は今、私の目の前にいるらしい。

　国内外で公爵様に興味のない令嬢＆元令嬢を探していた――となれば、多大なる労力がいったのではないかしら。

　貴族といえども、女性は大勢いる。それこそ、星の数ほどいるはず。

　その膨大な女性たちを精査していて見つけたのが、私なんてあまりにも気の毒で仕方ないと、同情する。

　でも、この話を受けるか、と問われれば、考えてしまう。

　確かに私も今年で二十三歳。

　庶民では結婚適齢期で、貴族でいうとそろそろ結婚してないと何を言われるか分からない時期の歳だ。

　庶民の暮らしをすることになった時にした我が家の借金が残っていて、結婚なんて考えたこともなかったから、衝撃は大きい。しかも、この店は私ありきで成り立っているから、困ってしまう。

　困ってしまうのだけれど、求婚を受ける受けない以前の問題だと気づいてしまった。

　そもそも私は庶民で、彼は公爵様――身分の差は歴然。

「――え、断れなくない？」

　それと同時に心の中で自問するつもりの言葉は素直に私の口から飛び出していた。