第68話

 人類が滅亡して二人だけが生き残った世界。

 そう言われても納得してしまうほどに、夜の砂浜は閑散としていた。

 車の音も聞こえなければ、人の声も聞こえない。ただ、押し寄せては戻される波の音だけがそこにはあった。


「さて張り切って行こうか」


 よしっと気合いを入れるために、彩心真優は腕をグッと曲げる。

 強力な助っ人が入ったものだ。これは頼りになること間違いなしだ。

 夜の浜辺を懐中電灯(サユさんの私物。肝試しに行く計画だったが、彩心真優が猛烈に拒否して使用することはなかった)で照らしつつ、砂浜に埋もれた貝殻を拾っていく。


「時縄くんは、ずっと昔から結愛さん一筋だったの?」


 その質問が飛んできたのは突然だった。

 若い男女が海へ遊びに来たのに、貝殻探しに夢中になっている。この光景は如何なものかと、疑問に思っている際中の出来事だ。


「あぁ、そうだったよ。結愛のことが昔から好きだった。一目惚れだった」


 俺は手を止めることなく、当然のように返答する。わざわざ嘘を吐くつもりはない。

 自分の素直な気持ちを伝えたほうがいい。


「で、今もまた何度も何度も一目惚れしてるよ。この子が好きなんだってさ」

「見てたらそれぐらい普通にわかるよ。時縄くんがあの子が大好きって」

「俺の愛は伝えなくても伝わってるのか」


 指摘されて初めて知った事実だ。

 俺の愛は言葉要らずなのか。


「あぁ〜あ、本当にどうしてだろうねー」


 そう自嘲気味に呟き、予備校で一番頭が良い少女は砂浜へと指先を押し当てる。

 グルグルと小さな円を描きながら。


「どうして自分なら大丈夫だと思っていたんだろうね」


 ざぁざぁと寄っては離れていく波の音。

 月光に照らされた肌が青白く見える。


「私さ、バカなことを思ってたよ」


 彼女は貝殻を集める手を止めることなく、淡々と語っていく。

 それはまるで深海に眠る巨大な岩石をひっくり返すように。


「おとぎ話とかを見ていたらさ、お姫様は必ず王子様と結ばれるじゃない?」


 疑問を投げかける声には苦しそうで、彼女の瞳は震えていた。


「それと同じで、私も自分が好きな人に出会えたら——」


 ここで一度言葉を溜め、彼女は自分なりに諦めを付けたかのように。


「その人と絶対に結婚してやるんだと思ってたけど、そう簡単じゃないんだね」


 残念なことに、俺は甲斐性がない。

 乙女心に寄り添うほどの大人な対応ができない。


「どうして人は傷つくのに、誰かを愛してしまうんだろうね?」


 儚い恋心に終止符を打つ少女は、そう質問を投げかけてきた。

 叶う恋もあれば叶わない恋もある。

 それなのに、なぜ人は誰かを好きになり、愛そうとするのか。

 確かに謎である。だが、俺の口から言えることとすれば。


「感情を抑えきれない。それが恋なんだよ」

「それなら、誰かに恋をした時点で呪われてしまうのかもしれないね」

「恋は呪いってか?」

「報われない恋なのに、感情を抑えきれないなんて……辛すぎるよ」


 彩心真優の言う通りだ。

 報われない恋なのに感情を抑えきれないのは辛い。

 俺の場合は、結愛と恋人になれたからよかったものの……。

 もしかしたら、「勇太とは付き合えない」と断れる可能性もあるわけで。

 そうなったら、俺はこの「好き」という感情をどこにぶつけていただろうか。


「叶わない初恋は、いつまでも呪われ続けないといけないのかな?」


 素直な疑問を呈してきた恋に敗れた少女のために、俺は平凡な答えを出す。


「次の恋でも探せばいいんじゃないのかな?」

「次の恋をしても、初恋を忘れることはできないと思うけど」

「男は最初の恋を忘れられなくて、女は最後の恋を忘れられないそうだ」

「つまり、新たな恋をしたら、私は時縄くんのことを忘れられるってこと?」


 一般的にはそう言われているらしいぞ、ソースはないけどね。


「でも、私は一生忘れられそうにないよ。キミのこと」


 彩心真優は言い切った。

 そこには確かな覚悟があった。


「——本気で大好きだから」


 報われない恋の末路。選ばれなかった少女の決断。

 それは——。


「私は忘れない。キミのことを絶対に」


 初恋を忘れずに生きていくという人生。


「キミが私以外の誰かと幸せになって、キミの記憶から私との思い出を何もかも忘れたとしても、私は——」


 私だけは、と言葉を言い直して、彼女は熱く燃え滾った想いを語る。


「私だけは時縄くんと過ごした日々を絶対に覚えているよ。今の私が、どれだけ時縄くんのことを好きだったかということも。時縄くんに選ばれなくてどれだけ苦しかったということも、全部全部全部——」


 初恋が報われなかった少女は手のひらを開いた。

 そこには無数のガラス破片があった。

 色も形も違う、漂流してこの浜辺に辿り着いたものたちが。

 それをビニール袋へと入れながらも、彼女は真っ直ぐな瞳を向けて。


「——私は絶対に忘れない。何があろうともね。全て大切な思い出だから」

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