第69話

 真夜中の貝殻探しは無事に終わった。

 ビニール袋にはパンパンになっており、あとは家でシコシコとアクセサリー作りに専念するだけになった。と言っても、それが一番大変だと思うのだが。

 頑張ってくれた彩心真優を労うために、俺は自販機でサイダーを購入し、それを持って浜辺へと戻ると——。


(アイツ……完全に黄昏てるな。映画のワンシーンみたいだぜ)


 彩心真優は体操座りした状態で、永遠に続く水面を眺めていた。

 身動きを動かさず、ただジッと黙り続ける彼女の頬に俺は買ってきたばかりの缶を押し当てる。彩心真優は「……ちめたい」と声を上げるものの、ほぼ無表情のままであった。


「押し当てるの大好きだよね、時縄くんは」

「俺そんなことしてないと思うんだけど」

「あのときは、私のほっぺたにペチンペチンと下半身を——」


 変なことを言い出す彩心真優の口を防ぐために、俺は重ねて言う。


「風評被害にもほどがあるわ!! 俺は絶対にそんな真似はしていない」

「時縄くんってさ、女の子は全員性欲の捌け口と思ってるでしょ?」

「全員とは失礼な。可愛い女の子は全員そういう目で見ているのは事実だが」


 余計なことを言ってしまった。そう思ったときには時すでに遅し。

 うわぁ、最低な男だという見下す瞳を向けられてしまっている。


「それよりも、これ飲んでいいの?」

「頑張って人には、それなりの報酬があるべきだからな」

「それならありがたく受け取っておくよ」

「それはどうも。サイダー一本で満足してくれるなら安いもんだ」

「ごめんね、安い女で」


 減らず口は続いた。


「ただ好きな人のためなら全てを投げ捨てる覚悟があるんだよ、女の子は」


 そこまで夢中になれる奴なんて、そうそういないと思うんだがな。


「それじゃあ、乾杯といこうぜ」

「いや……ここは献杯にしようよ」

「献杯か。誰に対してだ?」

「過去の彩心真優に対して」

「まぁ、俺は別にそれでいいけど。そこまでする意味あるのか?」

「大切なことなんだよ。過去の自分と決別するために」


——献杯


 俺たちは二人でそう言い合い、握っていた缶を合わせる。

 カツーンとアルミの音が響く中、疲れが溜まっていた体内にサイダーを流し込む。口内にバチバチと炭酸が広がり、乾いた喉が潤っていく。


「私はさ、応援するよ。二人のこと」

「そう言ってくれると嬉しいよ。でもどうして突然そんな立ち回りを?」

「時縄くんには結愛さんが必要で、結愛さんには時縄くんが必要でしょ?」


 俺には結愛が必要で、結愛には俺が必要だ。

 俺たちは共依存の関係とは言わずとも、堅い関係で結ばれているのだ。

 結愛はそれを運命の赤い糸と表現していたっけな。


「あぁ、俺の人生には結愛が居ないなんてありえないよ」


 俺の一言を聞き、彩心真優は握っていたサイダーを流し込んだ。

 蓋を開けたばかりでまだ炭酸が抜けていない状況。

 強い刺激が体内に広がっていくのか、彩心真優は苦笑いを浮かべて。


「時縄くんはさ、私のことを少しでも好きになってくれた?」


 その質問にバカ正直に答える必要があるのか。

 ここで正直に答えてしまったら、彼女を傷付けるかもしれない。

 けれど、俺が導き出した答えは——。


「好きになったよ。少しはな。ただ、それはもう終わった話だ」


 気持ち悪い話だと思われるかもしれないが。

 俺は少なからず彩心真優に対して、特別な感情を抱いていた。

 今なら分かるが、それは歴とした恋心だったのだろう。

 勿論、それは彼女持ちの俺が抱いてはいけないものだったはずだ。

 けれど、一度灯ったその恋心に嘘を吐いてはいけない。


「ダメだよ、時縄くん。そこはキッパリと断ってくれないと……」


 ダメだよと否定しているものの、彩心真優の口元には笑みがあった。

 彼女自身も、「諦める」とか「忘れさせて」とか「応援する」とか。

 そんな明るい言葉で誤魔化しているものの、まだ俺のことを……。

 ただ、彼女の瞳には強い拒絶があった。

 これ以上、この人と関わったら——自分が壊れてしまうのではないかと。


「私と時縄くんの関係は、あくまでも友達の関係なんだから」


 あぁ、そうだな。俺たちは友達だ。ただの友達。


「そうでしょ? 私と時縄くんは予備校のクラスメイト」


 俺の返事を聞き、彩心真優はうんうんと頷き、腕を組んだままに。


「それ以上の関係でも、それ以下の関係でもないんだからさ」


 その声は静寂な夜に沈んでいった。まるで、石ころを海に投げこんだように。


「ただ、今日だけは特別。私に初恋を忘れさせるために——」


 彩心真優は再度口を開く。いつも通り悪戯な笑みを浮かべて。


「この夜が明けるまで、私の彼氏になってよ」


 卓球勝負で負けた罰ゲーム。

 いや、悪女のおねだりだった。


「この日の記憶を思い出して、今後の人生を歩んでいくから」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る