時縄勇太は悪女のおねだりを叶える
第66話 ★
長時間にも及ぶ行為を終え、俺たちの体力は限界に達した。
二人仲良くシャワーを浴び、エアコンが効いた部屋へと戻った。
下着だけを身に付けた状態で布団へと入り、俺たちは愛を囁きながら眠りに付いたはずなのだが……。
「ゆうたゆうたゆうたゆうたゆうたゆうた」
俺の名前を呼びながら、スヤスヤと気持ちよさそうに眠る結愛。
夢の世界でも俺は彼女に求められているのだろうか。嫉妬しちゃうね。
夢の世界で彼女を独占するもう一人の自分に苛立ちを覚えながらも、俺は最愛の彼女をよしよしと撫でてあげることにした。
まだ乾いていない栗色の髪。風邪を引かないか心配だ。
明日の朝は、髪がピンピコ跳ねていること間違いないだろう。
慌てふためく姿を是非ともこの目に焼き付くさなければ。
そう思いながらも、俺はスマホを取り出し、結愛の寝顔を撮影することにした。パシャパシャと大きな音が鳴るのに、結愛は全く気付く様子がない。
「寝顔を撮影されたとか言って、結愛は怒らないよな?」
うんともすんとも言わない結愛に対して、俺はイジワルな笑みを浮かべて。
「先に隙を作ったほうが悪いんだろ? それにこれも思い出の一つだからな」
本日の電車に乗っている際、俺は寝顔を撮影されているのだ。
仕返しに最愛の彼女が眠っている姿を撮っても怒られはしないだろう。
それにしても、結愛の寝顔が可愛過ぎて困る。
これは動画も撮影するべきか。そう悩んでいた矢先——。
「ありがとう、誕生日プレゼント……これ、た、大切にする」
結愛の寝言であることに間違いはない。
問題は、その内容だ。誕生日プレゼント。
結愛の誕生日は八月二十五日。もうすぐ彼女は十九歳になるのだ。
やべぇ。結愛が欲しいものが全くわからない。どうすればいいのだ?
今回の旅行で金欠状態だけど、結愛が喜ぶものを渡したい。
「それにしても本当幸せな顔をして寝ているな」
なぁ、夢の中の俺よ。教えてくれよ、何をプレゼントしたんだ?
どうすれば結愛は喜ぶんだ? 教えてくれよ、現実世界の俺にもさ。
◇◆◇◆◇◆
議題「結愛の誕生日プレゼントは何がいいか?」
脳内会議を繰り広げたものの、結論は出なかった。
当たり前な話だが、結愛は俺からのプレゼントを何でも喜ぶと思う。
もしかしたら、ゴミを渡しても「ありがとう」と笑顔で言ってくれそうだ。
流石にそこまで結愛も心酔してはいないと思うが……その可能性は高い。
「ちくしょー!! どうすればいいんだよ、本当」
眠り姫を起こさないように小声で叫びながらも、俺は寝返りを打つ。
テーブルに置かれているのは、黄と白が入り混じったクラゲのぬいぐるみ。
名付け親の結愛曰く「クラちゃん」と呼ばれるそれを見た瞬間——。
「お土産屋で見た……何だっけ? 体験型ツアーで……そうだ!!」
耳を澄ますと冷房の効いた音と共に波の音が聞こえてくる。
結愛が参加したいと言ったものの、予約制で参加できなかったツアー。
浜辺に落ちている貝殻やシーグラスを利用して作るアクセサリー。
「……完璧だな。結愛自身も欲しいと言ってたし、これは間違いない」
金欠な俺にはもうこれしかない。結愛を喜ばせるために作るしかない。
思い立った日が吉日。
善は急げな俺は最愛の彼女に別れを告げ、部屋を出るのであった。
「で、お前はこんなところで何してんだ?」
ロビーへと向かう途中——。
卓球台があるゲームセンター内で、俺は偶然あの女に出会ってしまった。
奴は浴衣姿でグッタリと椅子に腰掛け、ゲーム機に頭を預けていたのだ。
まるで、机で居眠りするように。寝るなら、部屋で寝ろと言いたいが。
「寝付けなくてさ」
「あぁ、そっか。それじゃあ、俺もう行くわ」
「ちょ、ちょっと待ってよ!! 何その反応!! もっと何かあるでしょ?」
結愛の誕生日プレゼントを準備するために、俺は忙しいってのに。
もう海に来る機会なんてないと思うし、今の間に集めないといけないのに。
「何だよ? 俺、忙しいんだけど」
「少しぐらいは、私にもかまってくれてもいいじゃん」
「いいじゃんと言われてもだな……」
「……私、これでも時縄くんの初めての女の子なんだよ?」
俺にとって、彩心真優は初めての女の子で間違いない。
俺の童貞を奪い取った張本人だ。最愛の彼女——本懐結愛より前に。
だが、今の俺にはそんな事実があったところでどうも思わない。
「それがどうしたんだよ?」
「…………もしかして、結愛さんとヤッたの?」
震えるような声で訊ねられ、俺は硬直してしまう。
「…………そっか」
彩心真優は悟ったかのようにそう呟いた。
ゲーム機の機体は終了時刻を迎え、電源を落とされている。
ただ、そのせいで、画面に反射して、少女の寂しげな表情が映っていた。
「もう時縄くんにとって、私は特別な存在じゃなくなっちゃんだ」
あはははと笑うのだが、感情が全くこもっていなかった。
交通事故で身内の不幸を伝えられたかのように。
「ねぇ、時縄くん。私と賭け《ゲーム》しようよ」
「生憎だが、俺は今から貝殻拾いをしなければならないんだよ」
「なら、尚更したほうがいいと思うよ。一人で拾うのは大変でしょ?」
彩心真優の言う通りだ。
貝殻拾いを一人で行うよりも、二人で行ったほうがいい。
「で、俺が負けたらどうなるんだ? 結愛と別れろとか言うのか?」
「そんなこと言わないよ、私は」
ニタニタ顔で言われても、全然説得力がないぞ。
だが、今日一日しかないのだ。海に行く機会なんて。
それにサプライズプレゼントという形式にしたい。
俺の想像上では、こんな流れになると期待中だ。
『勇太、このアクセサリーどうしたの?』
『実は、あの日、一人で準備してたんだ。結愛のために』
『えっ? あの日に?』
『あぁ、結愛をどうしても喜ばせたいと思ってさ』
『あたしのことをこんなにも思ってくれてたんだ。嬉しい、大好き!!』
いいぜ、最高にいいぜ。
結愛が喜ぶ姿が、もう目に見えてきたぞ。
そのためには、もう手段を選ぶことはできないな。
「ならいいけど……負けたら手伝えよ」
「了解了解。それじゃあ、ゲームは——」
彩心真優は辺りをキョロキョロ見渡した。
生憎なことに、電源が入っているゲーム機は何もない。
「卓球で勝負ってのはどうかな?」
「まぁ、もうそれしか残されてないよな」
卓球なんて、体育の授業以来だ。
俺の人生に体育は必要ない。
そう思い、俺は体育の授業中でさえ、単語帳を持参していたからな。
「それじゃあ、勝負は先に6点取ったほうが勝ちでいいね」
「あぁ、それでいいぜ。さっさと勝負は付けたほうがいいからな」
「旅館のスタッフに見つかったら怒られるかもしれないからね」
「先攻はお前にやるよ。俺はレディファーストな男だからな」
「その優しさが自分の首を絞めることになるかもよ」
「知ってるか? そういうのはハンデと言うんだよ」
相手は所詮女の子だ。
それもお嬢様学校と名高い『西園寺女子学院』の元生徒。
運動ができるはずなんてないさ。俺が必ず勝てるは——。
「どうしたのかな? 時縄くん? そろそろ本気出したらどうかな?」
「クッソ!! お前、汚いぞ。元女子校育ちのくせに、スポーツ万能なんて」
勝負は5対0という状況。あと、一点で勝負が決まっちまう。
一点も取れずに、勝負が終わるなんて男として恥である。
折角、さっきシャワーを浴びてきたはずなのに、汗が出てきたぜ。
シャツを掴んで空気を送り込む仕草を取りながら、俺はエアコンを調整する。
「女子校育ちにもスポーツ万能な子ぐらいはいるでしょ。偏見はやめてよ」
「頭も良くてスポーツもできるのはズルいぞ。神様に愛されやがって!!」
「私が生まれたとき、小鳥と虫たちが合唱して生誕を祝っていたらしいよ」
「どんな逸話だよ!! 絶対それ嘘だろ!!」
俺がツッコミを挟むと、ピンポン球がこちらのほうに飛んできた。
「私が一人勝ちしたら面白くないから、時縄くんにサーブはあげるよ」
「知ってるか? その優しさが自分の首を絞めることになるんだぜ」
俺はそれを上手くキャッチすることができず、床へと落ちた。
ポンポンと音を立てて地面を転がっていくピンポン球。
「何を言ってるのかな? ハンデだよ、ハンデ」
「…………彩心真優。お前は、一つ勘違いしていることがある」
俺は微笑みながらそう宣言する。
不気味に笑う俺の姿は余程印象的に映るようだ。
彩心真優は首を傾げつつも、顔色を曇らせながら。
「何? 私が何か勘違いしているなんて」
「まぁ、すぐにわかるさ。俺が勝つために手段を選ばないってな」
そう呟きながら、俺は腰を屈め、卓球台の下を覗き込む。
その後、彩心真優へと——。
「悪い。そっちに行ってるわ。ボール取ってくれ」
俺の言葉を信じて、彩心真優が腰を屈めた瞬間——。
俺は素早い動作で手のひらで隠していたピンポン球でサーブを行った。
音に気付いて、彩心真優が動き出すのだが全てがもう遅い。
「…………卑怯だよね、時縄くんって」
「卑怯で悪どいのが俺だぞ。正々堂々と戦う真似ができるほど出来た人間じゃないからな」
「小物だもんね、時縄くんは」
小馬鹿にしたように呟き、彩心真優は鋭い瞳を輝かせた。
「ただ、もう二回目はない。私を騙す真似はね」
「やれやれ。騙してはないだろ。偶然、手のひらにボールがあっただけだよ」
「言い訳は聞きたくない」
彩心真優からサーブを頂き、俺はボールを手に取る。
もう二回目はない。それは分かりきっている。
だからこそ、ここは勝負に出るしかないのだ。
俺が狙った先は——ネット際。
ボールが入るか入らないか、絶妙な部分。
正々堂々と戦わない俺らしい戦法である。
「これで二点目だな。どうだ? まだ余裕か?」
「偶然じゃない?」
「二度あることは三度あるらしいぜ」
俺はわざとボールを少しだけ高く上げ、初動はゆっくり。
けれど、途中から一気に加速して打つ。
緩急を付けたサーブは、流石は素人のものだ。
自分のコートに入ることもなく、彩心真優本人のコートへと飛ぶ。
だが、それさえも無視して、先に進むのだ。もはや暴球である。
「…………ちょっと危ないでしょ!! どこ狙ってるのよ!!」
「悪い悪い。俺に遊んでもらって、ボールが喜んでたみたいだ」
「……あ、もう。でも、これで私の勝ちってことだよね?」
「何言ってるんだよ? 最後、お前のラケットに当たっただろ?」
俺が狙ったのは、直接彩心真優のラケットに当てる手法。
野球漫画でいうところの、バッドに無理矢理ボールを当てて、ストライクを狙う手法だ。同じ手段は何度も使えないが、咄嗟の反応ならできる。
運動神経が高い彩心真優なら必ず受け止められる。そう思ったからこそ、ここまで大胆な戦い方ができたが……普通なら絶対に無理だな。
「お前みたいな出来る人間は、俺みたいな人間をセコいと思うかもしれない」
断言するが、俺には才能がない。
どんな分野に関しても。
だからこそ、小賢しく頭を利用して戦うしかないのだ。
「だがな、勝利を目指して戦っている点は変わりはないんだよ」
王道の方法で練習するのが一番良いだろう。
だが、俺は邪道な方法で戦うしかないのだ。
王道の方法で伸ばしたところで、才能がない俺には限界が来るから。
だからこそ、邪道な方法で伸ばし、一点突破で勝ち進めるしかない。
「凡人には凡人の戦い方があるんだよ。最大限にこの頭を使ってな」
二点目を取ったときと同様に、俺が狙うのはネット際。
ただ、今回は一味違う。
叩きつけるようにボールを打ち込むのだ。
反動で、ボールは勢いよく飛び跳ねる。
それも、垂直に。
彩心真優自身も驚きの表情を浮かべていた。
だが、彼女はこう思っているはずだろう。
絶対に入らないと。あの程度では、絶対に無理だと。
でも、彼女は何も知らないのだ。
「残念だったね、これで勝負は決まったね。時縄くん」
「…………クック」
「負けて悔しい? それじゃあ、早速私の言うことを——」
高く打ち上がったボール。
垂直に飛び跳ねたはずのそれが——。
彩心真優側のコートへと入るのであった。
「…………どういうこと? こんなの絶対にありえない」
「ありえない? ありえているだろ? 現実を見ろよ」
「でも、あのとき確実に垂直に飛び跳ねたはず。風も何もない屋内でこんなことが起きるはずが——」
彩心真優は、遂に気が付いたようだ。
俺が最初に仕込んでいた罠を。
「もしかして、あのとき……エアコンの空調を調整して」
「ご名答。そういうことだよ」
ピンポン球は空気抵抗を受けやすい。
それを利用して、エアコンの空調を調整したのだ。
「いや……でもありえないでしょ。こんなたった一回のために」
「俺の数学力では答えを導き出すのに、時間が掛かりまくったがな」
だが、お前のおかげで助かったよ。
サーブを渡すとき、軽く投げてくれるからさ。
どのくらい空気抵抗を受けるのか、この目で何度も見れたからな。
「…………本当面白いね、時縄くんって」
「全力で戦う男を面白いと嘲笑うなんて、性格が悪いな」
「そういうことじゃないよ。流石は、私が惚れた男の子だなと思っただけ」
「……そういう御託はいいからさっさと勝負を着けようぜ」
勝敗が着いた。
結果は——6対4——。
俺が出せる力は全て使い切り、力量の勝負だった。
もうこうなってしまっては勝ち目がない。
「で、罰ゲームは何だ?」
「罰ゲームとは酷い言われようだね」
「そうだろ? 逆に何というんだ?」
「う〜ん。おねだり?」
「じゃあ、そのおねだりってのは? さっさと叶えてやるからさ」
その言葉を待っていました。
そう言わんとばかりに、彩心真優はコクリと頷いた。
潤んだ星々が浮かんだような瞳に見つめられ、俺は困惑してしまう。
彩心真優の桃色の唇が動き、俺は彼女のおねだりを聞くのであった。
「ねぇ、忘れさせてくれないかな? 私の初恋を」
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2024年11月16日
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