第65話
「結愛が悪いんだぞ。俺は悪くない。悪いのはお前だからな」
ふつふつと込み上がる性欲に負け、俺は愛する彼女へと迫る。
大変情けないことに、自分は悪くないの一点張りだ。
男ならば、責任は全部俺が取ると断言したほうがいいのに。
「結愛は俺のものだからな。身も心も全部俺のものなんだ!!」
生まれたばかりの姿にタオル一枚の女体。
下半身の疼きは留まることを知らず、更なる興奮を求めている。
俺は愛する彼女へと容赦無く手を伸ばし、彼女のカラダを隠していた布切れを剥ぎ取った。
露わになるのは小柄ながらも確かな豊満さがある乳房と、一際桃色に輝く乳首。
宝の島を発見した海賊のように、俺の呼吸は乱れていた。
——この財宝を今すぐに手に入れたいと。この手で触れたいと。
「……んんっ」
理性の歯止めが効かなくなった手は勝手に伸び、愛する彼女の乳房を鷲掴みにしていた。力が入りすぎているのか、結愛は頬を苦しげに緩めるのみ。自分がよく知る大人のビデオでは、触れられただけで女性たちは更なる快感が走るのだが……。
だが、そんなことなどどうでもいい。自分さえ気持ちよくなれば、それで。
「んんんんんんんっっっっっっっっ」
左右に実る白い果物を揉みしだく。
性に関する知識に乏しい俺は力任せに、けれど素人ながら丁寧に。
苦悶に満ちた表情を浮かべながらも、結愛は腰をうねらせる。
多少なりとも、それは気持ちいいという証明なのだろうか。
自分の手で彼女を感じさせていることの高揚感が全身を包み込んでくる。
「結愛」
俺がそう問いかけると、結愛は「本当に困った人だ」という眼差しを向けてくる。
俺が求めていることを、彼女自身も気付いたようだ。まぁ、俺がタコさんみたいに口元をチュウチュウと動かしていたら……それは嫌でも気付くわな。
「ベロを出した状態でやりたい」
欲張りな男の願望にさえ、結愛は「……いいよ」と頬を染めて微笑む。
後方からマシュマロのような胸を揉みしだきながらも、俺は愛する彼女の唇を奪う。普段通りな優しくて丁寧なキスではない。獣のように襲い掛かるキスである。
「……は、はげしい……ゆうた……のキス……き、きもちいい」
「俺も気持ちいいよ。ただ、もっともっと感じさせてやるからな」
「……ゆうたをもっと感じさせて。ゆうたをもっと感じたいよ、あたし」
じゅぼじゅぼとお互いの唾液と舌が絡み合う音が、絶え間なく流れ出てしまう。
時折、胸の先端部分——桃色の突起を指先で摘むと、結愛は「んあっ」と甘い声を漏らすのである。女を感じさせるような濡れた声に、俺はもっと力が入ってしまう。
もっと結愛を感じさせたい。もっと結愛に感じてもらいたい。もっと結愛に——。
「勇太……そこはダメ。強くされると……ヒリヒリしちゃうから……」
涙目状態で、結愛から懇願されてしまった。
当たり前な話だが、二の腕を摘むと誰でも痛い。同様に乳首も摘まれると痛い。
アダルト作品ばかりを視聴していた俺は勝手に快感になっていると思っていたが、そんなはずがない。彼女はただ痛がっていただけなのである。
「ごめん……結愛。結愛は感じやすいんだと思って、無我夢中になってた」
柔らかな果実へと手を伸ばすのを止め、俺は反省の言葉を述べる。
と言えども、彼女をもっと感じたい欲だけはあるので、彼女の腰へと手を回し、こちら側へと抱き寄せているのだが……。
「……感じやすいほうだと思うけど、痛いものは痛いから優しく扱ってね」
「……わかった。ちゃんと大切にする。結愛をめちゃくちゃ大切にする」
俺の悪い癖だな。一人で突っ走ってしまうのは。
よかれと思って、こっちはやっていたのに……。
それで結愛を傷付けてしまっていたなんて……。
反省だ、反省。今回は失敗したが、次からこんなふうにならなければいいんだよ。
「真優ちゃんよりもあたしのことを大切にしてくれる?」
「どうしてアイツの名前が……」
「今日勇太の目が真優ちゃんに向いてた。食事中とか、特に!」
「めちゃくちゃ食う女だと思ってただけだよ」
「それでもダメ。勇太はあたしの彼氏だもん!!」
そう断言し、結愛は顔だけを後ろを向けた状態で言う。
太陽のように眩しい光を放つ瞳に、長くて細い睫毛。
可愛い彼女の瞳が上から下へと落ちていく。
それからくしゃっとした笑みを浮かべて。
「さっきからあたしのお尻に悪戯してた悪い子はこれかぁ〜」
女体に触れているのに、大きくならないはずがない。
時折、勢い余って彼女の肉体へとぷにぷに触れていたが。
やっぱり、結愛には既に気づかれていたようだ。
「なら、この悪い子にはお仕置きが必要かもね」
「ええと……お、お仕置き?」
「あたしばっかりワガママに付き合わせられたから、次はあたしの番」
「ワガママ? 結愛だって、キス気持ちいいと言っていたはずじゃ?」
「…………それとこれは別なの!! 勇太は全然乙女心がわかってない!」
そうお叱りの言葉を投げかけた彼女の手によって、俺は散々なお仕置きを受けるのであった。
◇◆◇◆◇◆
一度性欲が治まり、賢者モードに突入した。結愛はまだ物足りなさそうだったが、一度出し切ってしまうと、男というのは回復するのに時間がかかるのだ。
というわけで、一足早く、俺は湯船に浸かり、愛する彼女を待つことにした。
「…………やっぱり日本の宝庫だぜ、温泉は」
伝統として一生残ってほしい。そう強く願いながらも、俺は頭上に広がる星空を見上げる。星々が煌びやかに輝く姿を見ると、先程までの出来事が俺の夢だったのではないかと思ってしまう。実際、俺の股間は数十分前にはドクドクと脈を打っていたことが嘘のように静まり返っているのだから。
最愛の彼女が鼻歌交じりに髪や身体を洗う姿を見ても、一向に勃つ気配はない。
脳内ではエロいと認識しているのだが、それ以上の感情が出てこないのだ。
「お待たせ、勇太」
数十分前までは裸体を晒していたはずの結愛は、またしてもタオルで肌を隠していた。一度見られたので、わざわざ隠す必要はないと思うのだが……。
ともあれ、俺は壁際にある看板を指差して。
「結愛。ほら、あれを見てみろ」
「ん?」
「タオルを身に付けたままの入浴はご遠慮くださいとあるぞ」
「………………」
沈黙を貫いた後、結愛は頬を朱色に染める。
悪いのは俺のせいではない。彼女本人が悪いのだ。
一度曝け出したくせに、それをわざわざ隠してしまうから。
またしてもこのような恥ずかしい結末に陥ってしまうのだから。
「あたしの貧相なカラダを見ても全然楽しくないでしょ?」
「結愛が恥ずかしがる姿を観れるから楽しい」
「性格が最低すぎる」
「愛する彼女が恥ずかしがる姿って最高に可愛いからさ」
「可愛いという言葉で全てをうやむやにするところ嫌い」
嫌いと表面上は言いつつも、結愛の頬は緩んでいた。彼女もどこにでもいる普通の女の子なのだ。可愛いと言われたら、素直に喜ぶほどに。
俺だって、イケメンとかカッコいいとか言われたら舞い踊ること間違い無いな。
「あんまりジロジロ見ないでね。恥ずかしいから……わかった?」
結愛の瞳は緩みつつも、困惑の色があった。ゲテモノ料理を食えと出されて、絶対にマズイだろう。そう思っていたのに、実はめちゃくちゃ美味しくて、次なる箸を伸ばしたのに、見た目の悪さに出せないような。
返事を貰えず終いの結愛は、再度同じ言葉を吐いてきた。
「……わかった?」
「わかってるよ」
「それにあたしが触っていいと言うまで触れたらダメだからね」
「……俺って犬なの?」
「触られるのに心の準備が必要なんだよ、女の子にはね」
「で、俺は焦らしプレイを味合わせられるわけか。結愛は上級プレイヤーだな!」
「……あたしはそんなつもりじゃ」
カッと顔を真っ赤に染め、結愛は言葉を続けようとするのだが……。
タオルを握っていた手を思わず放してしまったようだ。
「——————っっっっっっっっっっっ!!」
その瞬間——俺の目の前で丸見えになる裸体。
健康的とは言えず、痩せ細って骨張った感がある小柄な肉体。
だが、確かに女性らしさ溢れる丸っこい部分が残る華奢な体躯。
思春期の男性には刺激が多い光景に、俺は思わず凝視してしまう。
甲高い可愛い声が耳の奥までキーンと鳴り響く頃には、家宝として先祖代々飾っていきたいほどの映像を目撃することができるのであった。
「結愛さん……アレは事故でしょ? 何をそんなに怒ってるのでしょうか?」
「別に怒ってなんかない」
「なら、どうしてプイっと顔を背けてしまうのでしょうか……?」
嫁入り前の娘が生肌を見られたらもうお嫁に行けない。
そんな前時代的な習風はないと思うのだが、結愛は外方を向いている。
一緒にお風呂に入っているのにどうしてこんな冷や汗が出てしまうのか。
肩まで湯船に浸けて、臨戦態勢を取る結愛。余程、肌を見せたくないようだ。
「勇太は全然悪くない。悪いのは弱虫な自分自身だよ」
「ん? 何を言ってるんだ?」
「…………あたしは全然女の子っぽい魅力がないから」
背を向けた状態で、結愛は淡々と語る。
「あたしはサユさんよりも社交的じゃないし、おっぱいも小さいし、真優ちゃんみたいに頭も良くなければ、スタイルも良くないし。本当に良いところが全然ない」
人間誰しもが、自分の悪いところは沢山言えるのに。
自分の良いところを言うことができない。
「だから、あたしは本当に勇太の彼女でもいいのかなって……」
多分それは悪いところばかりに意識が飛んでしまうからだ。
視野を広げれば、本人の良さは次から次へと出てくるというのに。
「それを言い始めたら、俺のほうが結愛の彼氏でもいいのかって感じだぜ?」
自虐ネタは俺の鉄板だ。誰にも負ける気がしないぜ。勝ったらダメだけど。
「医学部を目指しているくせに、全く成績も良くないし。最近は受験のストレスからか、体重も増えてきたし。大好きな彼女を困らせることが多いし、挙げ句の果てには傷付けてしまうし。本当に俺のほうが、結愛の彼氏でいいのかって感じだよ」
情けない話だが。
おまけに、大好きな彼女を裏切って、他の女と一夜限りの関係を持っちまったし。
一回切りの性欲に溺れて手を出してしまうなんて悪魔の所業だよ。
更には、そんな女に頼ることでしか成績を伸ばす手段がないなんてな。
それに比べて、俺が大好きで大好きで止まない愛する彼女は——。
「ダメで冴えない俺を一途に思ってくれて。折角の旅行で朝も早かったはずなのに、わざわざ弁当まで作ってきてくれるし。俺と少しでも長く居たいからって、親や医者との約束を破ってまで俺と一緒に居てくれてるし」
あぁ、そうだよ。
俺がこの世で一番好きなのは、本懐結愛だ。
本懐結愛が大好きで大好きで仕方がない。
それが俺——時縄勇太なんだよ。
「ダメだって……さっき言ったばかりでしょ? 約束忘れちゃったの?」
触ったらダメ。
そう言われたはずなのに、俺は迸る感情を抑えることができず、結愛を抱きしめていた。小柄な彼女の柔肌をギュッと強く抱きしめていく。強張っていた彼女の肩がストンと落ち、「女の子は心の準備が必要なのに」と愚痴を溢してきた。
と言えども、口ではそう言いつつも、彼女は抱きしめる俺の手へとそっと重ねてきた。それは間違いなく「いいよ」という了承の合図で間違い無いだろう。
「あたしみたいな女の子でいいの?」
今にも泣き出してしまいそうな震えた声が星空の下に響き渡る。
二人だけの露天風呂。
規定の水分量を超えた鹿威しがカコンッと軽快な音を生み出す中——。
「結愛がいいんだよ」
俺は断言し、抱きしめる力を更に強める。
反発力があるクッションのように押し返されるが、お構いなしに抱き寄せる。
細く絹糸のような栗色の髪を掻き上げ、俺は耳元で囁いた。
「結愛が大好きだ。結愛を幸せにしたいんだ。俺は」
「その言葉はウソじゃない? 一生その言葉を守ってくれる?」
「ウソじゃないよ。一生守るよ、結愛のことを」
「それなら証明してよ。あたしのことがどれだけ好きなのかを」
「証明しろと言われても……」
「あたしのたった一つのお願いを聞いてくれればいいんだよ」
「お願い……?」
戸惑いの声を上げる俺に対して、結愛は声音に力を入れて。
「忘れないでください、あたしのこと」
突然敬語を使われてしまい、微妙な空気が流れる。
遊び半分とは思えない言い方に、俺は困ってしまう。
「…………い、いきなり、どうしたんだよ」
「一生忘れないで、あたしのこと。勇太のことが世界で一番大好きな女の子のこと」
「…………おい、結愛。何を言ってるんだよ。忘れないでって忘れるわけがないだろ? 結愛は俺の初恋で、今後も一生ずっと一緒に居るんだから……」
なぁ、そうだろ?
結愛、頼むよ。
俺と結愛は今後もずっとずっと一緒に居るよな?
それなのにどうして、もうこれ以上は一緒じゃないみたいな——。
「あたしだってね、本当はずっと勇太のそばに居たいんだよ」
でもね、と結愛は腕を高く上げた。
星空へと伸ばした腕は途中で力なく、ストンと落ちる。
正に墜落したロケットの如く。
温泉では水飛沫を上げる行為は禁止されている。
だが、二人だけの空間には誰からも注意されることはない。
振り返る愛する彼女は目尻を赤く染め、口元を歪めて。
「でも、このカラダが……それを許してくれないんだよ」
ちゃぷんちゃぷんと水飛沫を上げる結愛。
彼女がこれほどまでに感情を表に出すのは初めてだった。
「許してくれないって……? 何があるんだ……?」
聞きたくなかった。
これ以上先の話には耳を閉じてしまいたかった。
だが、現実から顔を背けてしまっては意味がない。
「ステージが一個上がっちゃったんだって……今日もね、本当は無理を言って来たんだよ。もしかしたら、もう……勇太と旅行に行けないかもと思って」
「………………なぁ、結愛」
その先を聞くのは勇気が必要だった。
一生俺は結愛を寄り添って生きていくと思っていたから。
最愛の彼女と結婚し、子宝に恵まれ、幸せな家庭を築く。
そう本気で信じていただけに、俺は——。
「あとどのくらいなんだ……? あとどのくらい生きられるんだ?」
「…………どんなに長くても十年。短かければ、今日死んでもおかしくないって」
結愛の病に関しては、以前から何度か聞いたことがあった。
時が悪ければ、今日死んでもおかしくないものだと。
それを初めて聞いたとき、俺は言葉を失ったものだ。
あんなに好きで好きで堪らない人がこの世を去るなんてと。
でも、なんだかんだで結愛は今日まで平然と生きていたから意識することはなかった。ただ、そうなんだよな……結愛は、今この瞬間に死ぬことだってありえるのだ。
「勇太はさ、こんな病弱なあたしとでも未来を考えてくれますか?」
人間の命は平等で、誰しもに死が訪れる。
それは理解しているつもりだが、あまりにも早すぎるだろ?
十年後に待ち受けるのは避けようがないバッドエンド。
十年と言えば、遠いようで近い将来、必ず俺は涙を流す羽目になるのに。
愛せば愛すほどに本懐結愛という最愛の彼女との別れが苦しくなるだけなのに。
「考えるよ。俺は結愛のことが大好きだから。一生結愛の味方だからさ」
「…………ありがとう、こんな何もできない空っぽな女の子を愛してくれて」
そう呟きつつ、結愛は涙を流した。
潤んだ瞳から流れ落ちる水滴を拭う彼女を見て、俺は改めて思う。
必ず医者になってやると。そして彼女の病を治してやると。
「あたしの人生って、何の意味があるんだろうとずっと思ってた」
ただ、と呟きつつ、俺がこの世で一番好きな女性は言う。
「ただ、やっと分かったよ。あたしの人生は、勇太に尽くすためにあるんだって」
本当にバカだなぁと嘆く彼女の唇を奪い、俺は抱き寄せる。
もう決して離れないように。もう決して離さないように。
そして、もう裏切らないように。俺は本懐結愛を力強く抱きしめた。
◇◆◇◆◇◆
星空の下で愛を誓い合った後、俺たちは部屋へと戻ってきた。
高鳴る興奮は留まることを知らず、浴衣姿の彼女とキスを行う。
部屋へと入った瞬間に求め合うのは獣じみている気もするが……。
感情が先行してしまっているのだ。もはや、止めることはできない。
「ぷっんっ。んっ。ちゅん。っっ。っちゅ。んっちゅ」
肺にある酸素を奪い合うような口付けの結果、結愛は頬を真っ赤に染めていた。
温泉から出るタイミングを見失い、お互い長風呂になってしまったのだ。
その結果、頭の中はお酒を飲んだように酔ってしまっている。
ただ、それが逆に心地よかった。
もしも、正常な判断ができる状態ならば手を抜いてしまいそうになるから。
「……スゴイね、勇太。とっても変な気分だよ」
濃厚なキスを行い、結愛の口周りは唾液が付着していた。
びよーんと伸びる液体が、何とも言えぬ背徳感があった。
こんな可愛い女の子が自分の彼女なのかと。
「どうして止めるの? まだまだ物足りない」
性経験皆無な癖に結愛は余程欲求不満なようだ。
俺の首へと両手を回して、顔を何度も近づけてくるのだ。
もしかしたら俺が知らなかっただけで彼女はキス魔なのかもしれない。
そう理解する頃には俺の舌は器用に結愛の舌に舐め取られ、その興奮は下半身へと発展していた。
ズボンの上から分かるほどに膨らんだのを確認してからか、結愛は手を引いてきた。
小さな子供のように、結愛は後ろへと倒れる。手を握られている状態の俺も一緒に倒れることになり、二人仲良く布団の上へと不時着するのであった。
「勇太、お願い。あたしに一夏の思い出を作って」
真横に寝転がる最愛の彼女が両手を広げてきた。
浴衣の隙間から覗くバラ柄のブラジャー。
今にも顔を近づけ、埋めたい欲求に駆られてしまう。
「あたしに一生癒えない傷を作ってよ、勇太」
そう愛する彼女に懇願され、俺は彼女の言う通りにするのであった。
「もう何もかもを忘れたとしても、勇太だけを思い出せるように」
まだ二十歳にも満たない俺たちはゴムを装着するのも一苦労であった。
どうすればいいのかをお互いに模索し、無事に装着完了。
残るは——。
「浴衣は着たままでいいよね。そっちのほうが興奮するでしょ?」
女の子自らから求めてくれるのは、男として大変嬉しいことだ。
入り口は狭く、突如現れた異物を押し戻そうとしてくる。
愛する彼女は息を押し殺すものの、頬は苦痛に耐えきれず、歪んでしまっている。
果たして、これ以上続けてもいいのだろうか。
女性経験に乏しい俺が先を進めるか悩んでいると——。
「…………おねがい、勇太。もっと勇太を感じさせて」
「でも……本当にいいのか? 俺は結愛が苦しむ姿は」
「もう後戻りはできないよ。ここまで来たら、もう続けてほしい」
「わかった」
結愛は覚悟を決めているのだ。
エロ動画で見る女性たちは快楽に溺れ、性行為を楽しんでいた。
だが、現実の性行為——特に初めての経験は、そう楽しめるものではないのだろう。
「行くぞ、結愛」
「……うん」
少し頼りない声を出す結愛の手を握り返す。
自分よりも小さくて丸っこい。ただ、この手には温かさがあった。
指先と指先を絡め合うように握り合わせ、俺は徐々に腰を動かしていく。
一気に突いたほうがいいのか、それともゆっくりがいいのか。
その判断が分からず、俺は後者を選んだ。
「………………………いいいい」
◇◆◇◆◇◆
結愛を独り占めしたい。
結愛は俺のものなんだ。
結愛は俺だけのものだ。
誰にも結愛を渡さない。
絶対に俺は結愛を手放さない。
ドス黒い感情が渦巻く中、俺は愛する彼女を壊すのであった。
◇◆◇◆◇◆
「勇太が初めての人で良かった」
俺もだよ、結愛。
「こんなにも嬉しいんだもん」
結愛は言う。
「自分でも知らなかったよ。こんなにも勇太のことが好きなんだって」
それにしても、と彼女は再度口を開いて。
「夜が一生続けばいいのにと思ったのは、今日が初めてだよ」
いつもは病院で過ごすから、結愛は夜が嫌いだと語っていた。
「どうしてこんなに嬉しいことばかりなんだろうね」
そう呟き、またしても涙を拭う彼女を俺は慰めることしかできなかった。
◇◆◇◆◇◆
「勇太はあたしのもの。あたしは勇太のもの」
そう告げると、結愛は迫ってきた。
距離を詰められ全く逃げる余地がない。
首筋へと吐息が掛かり、俺は自分が襲われていると知った。
肉食動物に襲われる草食動物は、毎回こんな思いをしているのだろうか。
だが、意外と愛する彼女に襲われるのも悪くない。
「はむっ」
結愛は小さな口をすぼめ、首元の薄い皮膚を吸引してきた。
普段自分が全く触れない場所を刺激されるのは変な気分だ。
最初は別にこれぐらいどうでもないと思うのだが、次第に感覚が鈍っていく。
自分たちは、今とても変なことをしているではないだろうか。
そう意識するほどに、脳が拒絶反応を起こし、攻められる部位が敏感になっていく。
「……結愛、何をやってるんだ?」
「勇太が浮気しないように、キスマークを付けてあげるの」
「キスマーク……?」
俺が反芻する間にさえも、彼女は口の動きを止めることはない。
小さな口を器用に扱い、下品で淫らな音を奏でるのである。
一体、彼女の可愛らしい口のどこから、こんな音が出てくるのか。
そう疑問に思いながらも、俺は彼女の背中を優しく抱きしめる。
「愛してるよ、結愛」
抱き合うだけで幸せな気持ちが心の中を満たしてくれる。
一生この幸せな時間が続けばいいのに。
そうすれば、この先待ち受ける模試も受験も。
全て忘れてしまうことができるかもしれないのに。
「あれ? おかしいなぁ〜?」
結愛が首を傾げた。
栗色の髪が俺の頬を掠める。
シャンプーの香りが鼻腔を擽ってくる。
「キスマークを付けるのって結構難しいんだね」
えへへへへと無邪気に微笑む結愛。
自分の勉強不足を思い知ったのか、表情に反省の色がある。
彼女は「う〜ん」と口元に指先を当て、難しそうな顔を浮かべる。
だが、何か名案が見つかったようだ。
「ねぇ、勇太」
一度足りとも見たことがない愛する彼女の新たな一面。
無邪気な明るさだけが取り柄の彼女は妖しい瞳を向けてきた。
「勇太を食べちゃってもいいかな?」
今にも甘く蕩けそうな声色なのに、近寄り難い威圧を嫌なほどに感じる。
本能が訴えてくるのだ、この魔性の声から逃げろと。今すぐにでも。
ただ、逃げ場を見失った間抜けな俺は続きの言葉を聞いてしまうのだ。
「優しく食べるから安心していいよ。ちょっとだけ歯を立てるけど」
彼女が伝えたい内容が全く頭に入ってこない。
結愛は何を企んでいるのだ。
そもそも、今の彼女は本当に俺が知る結愛なのか
得体も知れない何者かが、結愛に乗り移っているのではないか。
オカルトチックな妄想が脳内を渦巻く中、黙り込んだ俺のために少女は微笑む。
「勇太は怖いのかな……? でも、これは仕方ないことなんだよ」
一人でに、彼女は何度も頷き「仕方ないこと」だと呟く。
それから俺を慈悲深い女神のような眼差しを向けて。
「マーキングしておかないと、勇太が誰のものか分からなくなっちゃうからね」
ピンク色の淡い唇、その隙間から覗く八重歯。
薄暗い光が立ち込める中、その尖った歯が輝く見えた数秒後——。
俺の首筋に、今まで感じたことがない痛みが生じた。
結愛が容赦無く、俺の首筋を噛んだのである。
本人自身も、俺が予想以上の反応をしてしまったことに瞳に驚きの色を混ぜている。
「ごめんね、勇太。初めてだから力加減が分からなかったんだよ」
甘噛みではない、本気の噛み付き行為。
彼女の発言を辿る限り、これはマーキング行為なのだろう。
首筋を伝うのは血と、燃えるように熱い傷口。
それを知ってか、結愛が噛み付いた箇所を舐めてくれる。
冷たくひんやりとした感触。
少しずつだが、痛みが引いていくような気がした。
結愛は何度も「ごめん」と謝罪の言葉を述べてくる。
「ごめん、ごめんね、勇太」
でもね、と俺が愛する茶色の髪を持つ彼女は意思がある声で。
「これでもうあたしのことを一生忘れられなくなったでしょ?」
本人自身も悪いことをしたと思うのか、頭上から涙が落ちてくる。
でも、悪いことをしたのは、俺も同じである。
彼女を裏切って、初体験を他の女の子と済ませてしまったのだから。
「…………勇太の血、舐めちゃった」
口元を真っ赤に染めたまま、結愛はポツリと呟いた。
目を点にした状態だった彼女は不気味な笑みを作る。
至上の幸福を得ましたとでもいうように、妖しい瞳を輝かせて。
「……あたしのカラダに勇太の血が流れてる。これで一生ずっと一緒だね」
そう微笑む最愛の彼女を眺めながら、俺は安堵していた。
愛する彼女が無邪気に喜ぶ姿を見れて。
「頭の中で考えている以上に、俺は結愛のことが大好きなんだな。理性ではなく、本能が言ってるよ。結愛のことが好きだってさ」
彩心真優と関係を持った日を境に、俺は本懐結愛への後ろめたさがあった。
彼女へ隠し事していた事実が、自分の弱虫な心を苛めていたのだ。
だが、一度結愛と関係を持つと、その忘れたい事実が嘘のように消えていった。
彩心真優への感情は、アイツが俺の初めてを奪ったからだったのかと。
——夏編『時縄勇太は最愛の彼女に永遠の愛を誓う』完結——
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作家から
皆様、今までお疲れ様でした(´;ω;`)
結愛の「忘れないでください」というシーンには、思わず涙が出てきました。
加筆修正版を読みたい方はミッドナイトノベルズへどうぞ。
文字数が5000文字程度増え、シーンも増えてますから( ̄▽ ̄)
明日・明後日中には、書き終えて投稿する所存ですから(笑)
第55話
勇太と結愛が電車に乗っているシーン
結愛の口から「真優」の言葉が出てくるところ大好き!!
トンネルに入った瞬間に、結愛の口から「真優」という言葉が出てくるのもいい!
第56話
「残念。タイムアップ」
結愛が勇太の唇を奪おうとするんだけど……。
それが寸止めになるシーンはエモくて大好き!!
第57話
過去を生きる結愛と現在を生きる勇太の対比
過去に縋って思い出に浸る結愛の姿が最高すぎるのです!!
第58話
水族館を観て回る話。
資料集めにも苦労したし、喋らせる内容にも一苦労しました。
で、最後の最後にはヒロイン同士の邂逅もあって、てんこ盛りです!!
第59話
最大瞬間風速ならぶっちぎりでこの回が面白かったと思いますね。
名前だけをずっと出してきたサユちゃんの口から——。
「あの子と関わるのはやめといたほうがいいよ」と忠告されるところは最高!!
第60話
この旅行に懸ける思いが、結愛は人一倍あった。
この展開は最高によかったと思います。
第61話
真優視点回なんだけど……。
この回の、結愛が哲学チックな内容を語る部分大好き。
人生のピークを過ぎたら、人は何のために生きるのかと。
第62話
またしても真優視点。
恋への終止符を打つという流れは最高によかった。
第63話
勇太と真優の名前呼びで苛立つ結愛が可愛い
最高に力を入れて書いた飯テロ描写
結愛のお薬シーン
第64話
生きる目的が欲しいんではなく、死ぬ理由がほしいだけじゃないか。
この地の文が生まれた瞬間、めちゃくちゃ納得した記憶がある。
我ながら結愛の価値観に心底共感してしまう。
第65話
語ることはないでしょう。
結愛のファンが一人でも増えてくれたら嬉しいです。
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