第64話
豪華すぎる食事を取り終え、俺と結愛は部屋へと戻った。
彩心真優とサユさんはまだ食堂に残るらしい。
お二人の意見曰く——。
「まだまだ食べ足りない!!」「まだ飲み足りない!!」とのことだ。
どれだけ食欲旺盛な奴等なのだと思うのだが……。
結愛の周りにある食べ残しの皿を見るに、全てを平らげてしまう彼女たちのほうが遥かに健康的でいいなと思ってしまうのだ。別に少食なことが悪いわけではないが。
「いやぁ〜食った食った。あとは、風呂入って寝るだけだな」
「……そうだね。あとはお風呂に入って寝るだけだね」
俺は大の字に寝転び、腹をぽんぽんと叩く。
結愛はテーブル近くに座布団を敷き、白湯で薬を飲んでいる。
「勇太、お風呂は二十一時から二十二時を予約してるから」
「予約? 結愛さん、一体何を?」
「忘れちゃったの? 貸し切りの混浴風呂だよ、混浴風呂!!」
本日泊まる老舗旅館には、男子風呂、女子風呂、そして混浴風呂がある。
それは知っていたつもりだったのだが……。
「俺と結愛が一緒にお風呂に入るの……?」
「逆に勇太と誰が入るつもりなの?」
ギロっと殺意溢れる瞳で睨まれ、背筋がゾクっと震えてしまう。
夏の期間中は心霊番組が特番で放送されるが、それよりもずっと怖かった。
「あたしと一緒に入るのは嫌なの?」
「いやじゃないよ、いやじゃないけど……突然の話で」
「勇太は優柔不断なところがあるから、先に教えたらダメだと思って」
「俺の不甲斐ない点をよくぞ、ご存知で……」
「伊達に、幼馴染みをやっているだけじゃないからね」
結愛は満面の笑みを浮かべ、ピースサインを送ってきた。
引っ込み思案で自己主張しないはずの結愛が、こんな大胆な行動を取るとは。
もしかしたら、結愛は俺以上にこの旅行を楽しみにしていたのかもしれない。
「そういえば……この旅館ってゲームセンターあったよな? 行ってみないか」
食堂に向かう途中、俺はゲームセンターという看板を見た。
どんなゲームがあるのかは知らんが、部屋でじっとしているよりはマシだろう。
折角の旅行中だし、少しは無駄遣いを……いや、思い出を作ってもいいだろう。
「老舗旅館漂うゲームセンターのラインナップだね、本当に……」
「ひと昔前のゲームだよな、完全に」
ファミリー層の獲得を視野に入れているはずだが、ゲームセンターは寂れていた。
最新アトラクションが存在しない遊園地という表現が近しいかもしれない。
勿論、旅館が提供するのは、あくまでもお客様への憩いの場なのだろう。
美味しい飯と広い温泉があればいいと思っているのかもしれないが……。
「うわぁ〜。懐かしい、これ〜!!」
結愛が目を輝かせる。その前には大量のメダルゲームの姿があった。
ゲームの種類は様々あるが、ゲーム性は誰でも簡単に分かる。
ゲーム機本体の中心にあるボタンを押すだけという代物である。
一部界隈では確率機とも言われ、メダルを入れた枚数で勝敗が決定するという。
「試しにちょっとだけやってみるか」
俺がそう声を掛けると、結愛は「うん!」と嬉しそうに頷いてきた。
財布から百円玉を投入すると、メダルが十枚出てきた。
俺はそれを全て結愛に渡す。「いいの?」と訝し気な表情を浮かべる結愛に、俺は「今日だけ奢りだ」と笑みを浮かべた。
「終わったな」
「…………うん、終わっちゃったね」
メダルゲーム機は、メダルの減りが滅法早かった。十分もしない間に全て使い果たししまい、俺たちのメダルゲーム遊びは終わってしまう。
「んあああああああああああ〜〜〜〜!!」
遊び足りないのか、結愛はゲーム機にしがみ付く。
機体の画面は、初期画面に戻っていた。
無機質なアニメーションを眺めながら結愛はポツリと呟く。
「あの頃はさ、メダルの増減一回一回に熱狂してたのに……」
今では、もう何とも思えなくなってきちゃったよ。
そう彼女は寂し気に告げる。苦笑いを浮かべながら。
「昔は、メダルが増えた減ったで一喜一憂してたのに」
「そんなものじゃねぇーのか? メダルって使い道がそれ以外にないし」
メダル枚数分だけ、お金や商品に変換できる。
そんなゲーム性溢れるものに変われば、もっと楽しめたかもしれない。
だが、メダルゲームのメダルは、ゲームを遊ぶために必要なコインに過ぎない。
「あたしが言いたいことはそ〜いうことじゃないよ」
俺の意見を否定して、結愛は再度口を開く。
ゲームセンター特有のBGMと輝く光に照らされながらも。
何処か遠い目を浮かべ、悲しみに満ちたような声で。
「あたしはさ、大切なものを全てあの頃に忘れてきちゃったのかなって」
結愛が語る「あの頃」というのが、どれだけ昔のことかは知らない。ただ推測するに、メダルゲームで遊んでいた頃なのだろう。多分、それは小学生の頃か。
「人は変わるんだよ、結愛。趣味も嗜好も、思想も考え方も全てがさ」
時と共に、人間は変わる。
いつまでも同じ人間というのは存在しない。
「でも変わりたくないよ、あたしは」
変わりたくない。
そう口にする結愛には申し訳ないが、その願いは叶えられない。
変わらない人間というのは、生きているとは到底言えないのだから。
もしも変わらない人間がいるとすれば、それは死んでしまった人間だけだ。
「ゲームオーバーか。あっけない終わり方だったね」
俺と結愛はその後もゲームセンターを遊び尽くし満喫していた。
卓球台もあり、そこで遊ぼうとも考えたものの……。
運動音痴な結愛と俺が戦ったら、勝負は既に見えていたので却下した。
「でもいいよね。分かりやすい終わり方だから」
俺たちの前にあるのはゾンビ系ゲームのゲームオーバー画面。
出来はひと昔前で不満点が多い。おもちゃの銃を操って遊ぶゲームなのだが、照準が合わせ辛いし、敵の数が多過ぎてゲームバランスが崩壊していた。
と言えども、稀に出現する強い武器で敵を一掃する瞬間だけは爽快感があった。
あと、100円一回で二人一緒に遊べる点も評価が高かった。
「あたしたちの人生も終わりという概念があればいいのにね」
「どういう意味? 俺にはさっぱり分からないんだが」
「映画やゲームでは、エンディング画面があるじゃない? アレと同じであたしたちの人生にもエンディングというのが存在すればいいのになぁ〜って」
「一度も考えたことがないよ、そんな発想。でもそれを言ったら、【死】というのが一つのエンディング画面じゃねぇーの?」
死んだら人はどうなるのか。
その謎を解いた者は、この世に未だ存在しない。
今後も存在するはずがないと思う。
死んだ人間しか、その答えを知ることができないのだから。
「死=エンディングは分かるけど、そ〜いうことを言いたいわけじゃないんだよ」
結愛はそう呟いてから。
「生きる目標というのを少なからず、誰もが持ってるじゃない? で、そ〜いうのを達成したら、もう人生を終わりにしてもいいんじゃないかって」
結愛が言っていることを理解できなかった。
生きる目標を達成したら、もう人生を終わりにしてもいいんじゃないか。
その言動が意味することがちっとも理解できないし、共感もできないのだ。
「映画の世界ではさ、主人公が自分の目標を達成したら、お話が終わるじゃない? それと同じように、あたしたちの人生も目標を達成したら終わりにして——」
物語の主人公は少なからず目標を持っている。
多くの物語では主人公が目標を達成する=作品が終了することに繋がる。
だがそれはあくまでも——。
「映画上でのお話だろ? 主人公たちの人生はそこで終わったわけじゃないだろ?」
尺の都合で物語は終わったかもしれない。
だが、キャラクター一人一人の人生は、その後も続くのだ。
あくまでも物語上描かれていないだけで。
キャラクターが自分たちの一生を終える日まで、永遠に。
「ならいつまで頑張り続けないといけないの……? 生きなきゃいけないの?」
結愛の疑問に対して、俺は何も答えなかった。
ただ、彼女をゆっくりと後ろから抱きしめる。
自分よりも小柄で体温が低い幼馴染みの女の子を。
「……頑張らなくてもいい世界だったらいいのにね」
そうすれば、と掠れた声で続けて。
「もっと生きやすい世界になるかもしれないのに」
俺にできることなんて何もない。
ただ話を聞き、それを真正面から受け止めてやるしかないのだ。
本懐結愛が抱える悩みは、俺の空っぽな頭では解決する道なんてない。
結局——人が抱える悩みとは自分自身の力で解決するしかないのだから。
ただ、俺は気になったことを訊ねてみた。
彼女が良からぬことを考えているのではないかと。
「なぁ、結愛。結愛はさ、死なないよな?」
「——死ぬよ、あたしは」
悪びれもなく、結愛は断言した。
もしかしたら、と俺は一つの推論を立てていた。
結愛は生きる目標ではなく、死ぬ理由が欲しいだけじゃないかと。
つまり——生きる目標を達成した後、彼女は死ぬんじゃないかと。
「遠いようで近い未来にきっと…………って、どうしたの? 怖い顔して」
「…………い、いや。結愛が死ぬと言ったから」
「あたしたちの命は有限なんだから当然のことじゃん」
「…………あ、そうだよな。う、うん…………」
「ねぇ、もしもさ、あたしが死んだら勇太は泣いてくれる?」
「あったりまえだろ!! 結愛が死んだら泣くに決まってんだろうが!」
どうしてそんな悲しいことを言うんだよ?
どうしてそんな怖いことを言うんだよ?
どうしてそんなことをわざわざ聞いてくるんだよ、結愛。
「そっか」
結愛は嬉々とした声で頷き、頬を僅かに緩める。
自分が生きてきた理由は意味があったとでもいうように。
「勇太に泣いてもらえるなら、あたしの人生にも価値があるのかもね」
◇◆◇◆◇◆
ゲームセンターで暇を潰した後、俺たちは部屋へと戻った。
僅かに開いたカーテンの隙間から入る月光だけを頼りに、俺たちは部屋の電気を探す。足取りは重たく、両手を前へと突き出す姿は赤子のように見えるだろう。
適当に壁際を触りながら、遂に電源ボタンを見つけることができた。
「……何だよ、この布団の配置は!!」
パッと視界が広がった部屋の奥に、二人分の布団が並んで敷かれていたのだ。
おまけに、何の配慮か、枕元には大人の階段を上るのに必須なゴムの姿も。
若い男女のために気を遣ってくれたのかもしれないが……。
あまりにも余計すぎる配慮である。ていうか、是非ともやめていただきたい。
「…………勇太はあたしとそういうことしたくないの?」
隣同士に並べられた布団を見て、ドギマギする俺を他所に——。
結愛は着替えを既に取り終え、不安気な表情を浮かべ、首を傾げてくる。
「そういうことって……?」
「とぼけるんだ」
「とぼけてるわけじゃない。ただ聞いただけだよ」
「——子供がやっちゃいけないこと」
恥ずかしがることもなく、結愛は淡々と続けた。
「勇太は興味ないの? あたしとやってみたいなとか」
「…………や、やりたいに決まってるだろ。俺だって男だぞ」
「なら、ちょうどいいじゃん。あたしは元々そ〜いう気で来てたよ」
「えっ?」
戸惑いの声を上げる俺を置いて、結愛は一足先に部屋を出ていく。
何処か嬉しそうで、スキップ混じりに見えたのは俺の気のせいだろうか。
ともかく、結愛の後を追いかけるしかない。ていうか……元々そ〜いう気って。
もしかして、俺と結愛は今日一線を越えるとでもいうのか?
いや、でも……そうだよな。俺も結愛も、もうそんな子供でもないし。
「早く来ないと、貸切風呂の鍵を閉めちゃうよお〜」
部屋の奥から結愛の可愛らしい声が聞こえてくる。
扉を閉められてしまうと、折角の混浴が台無しになってしまう。
俺も下着とタオルを取り、急いで気まぐれな彼女の後を追いかけるのであった。
貸切風呂と書かれた暖簾を進むと、脱衣所があった。
中はどんなふうになっているのかと気になり、俺は先に風呂場へと繋がる扉を開く。モワモワと立ち昇る煙の先には、煌々と輝く星々の姿があった。
どうやら貸切風呂は、完全な露天風呂になっているようだ。
シャワーの数は四台で、風呂の大きさは八畳一間ぐらいはある。
「——結愛、スゴイぞ!!」
振り返ると、結愛はカチコチに固まっていた。
顔を真っ赤に染めたまま、鏡の前で悶えているのだ。
「どうしたんだ? 本番五分前の新人女優みたいな顔をして」
「……勇太は何も思わないの?」
「早く風呂に入りてぇ〜と思うけど……」
「違う。そういうことじゃないよ。今から裸になるんだよ、ここで」
風呂に入るということは、今からお互いに裸になるってことだ。
それはつまり——普段隠れている部分を見せ合うことになるわけだが。
「それを理解した上で、混浴を貸し切ったんじゃないのか?」
「…………そうだけど、やっぱり恥ずかしいなと思って」
「さっきまでの勢いはどうしたんだよ、結愛」
元々そ〜いう気で来たからとか言ってたくせに。
裸を見られる程度でゴニョゴニョ言い出すとは……。
「…………これとそれは別。女の子というのは、行動と言葉は一致しないものなの」
「なるほど……面倒な生き物だというのが物凄く分かったよ」
「面倒じゃなくて、複雑ね、複雑! 全く勇太は乙女心が分かってない」
ご機嫌斜めなのか、結愛はぷっくらと頬を膨らませ、目線を逸らしてきた。
その姿は拗ねた子供みたいで愛おしく思えてしまう。両手を合わせて「ごめんごめん」と謝るものの、その効果は全くなかった。
最愛の彼女様は、唇を尖らせ、口も開きやしないし、聞く耳も持たないようだ。
相手がその気なら、俺もそれに乗るしかないか。
徹底抗戦と行こうじゃないか。
俺は目線を一切逸らさず、結愛を見つめる。結愛は目線を逸らすが、それを先読みし、俺は動くのだ。
結句、必ず目が合ってしまうのだ。彼女は耳まで赤くした状態で。
「……勇太のエッチ」
「エッチ? ええ??」
「そんなに女の子が服を脱ぐところを見たいの?」
「そ〜いうつもりはなかったんだけど」
結愛が無視してきたから、俺は無視されないようにしていただけなのに。
でも今から温泉に入ろうと思っているのに、前に立たれたら嫌だよな。
俺だって、目の前に女の子が居る状態で服を着替えるのは気が引けちゃうし。
「でも、人様を舐め回すような眼差しで見てきてたじゃん」
「舐めるまではわかるが、舐め回すは流石に誇張表現だよ!!」
今から俺と結愛は一緒にお風呂に入るのだ。
だから、服を脱ぐ瞬間を見られた程度で……とは思うのだが。
乙女心は複雑なのらしい。
「……先に入ってて。すぐに行くから」
お叱りの言葉を受ければ、もう彼女の言うことを聞くしかあるまい。
俺はあらほらさっさと服を脱ぎ、一足先に脱衣所を後にするのであった。
乙女らしく結愛は「あっ!!」と声を出して、目元を隠していたのだが……。
如何にも男性慣れしていない感じが、俺の悪戯心を擽るのであった。
「何か変な気がするぜ」
外で裸になる機会など、普段では絶対にありえない状況。
夏の夜風がピューと吹き渡り、俺の股間も虚しい状態になってしまう。
急いで流し場へと向かい、俺はシャワーのノズルを勢いよく捻る。
「うわぁ……結構勢い強いな、これは」
少し温度は高いものの、夏の外気温には丁度良い熱さであった。
海藻を基に作られた特製シャンプーで頭をゴシゴシ洗いながらも、俺は考える。
俺と結愛の関係は、今日の夜で変わるのだろうかと。
俺と結愛は、本日一線を超えてしまうのではないかと。
それとも——。
思わせぶりな態度を取るだけで、結愛は今の関係性を壊す気がないのかと。
幾ら考えたところで答えが出ない難問を解こうと必死になっていると——。
「お待たせ、勇太」
恥ずかしさを含んでいるものの、確かな強い意志が感じられる声。
泡だらけの頭のままに、俺は後ろを振り向いた。
その先に立っていたのは最愛の彼女——本懐結愛。
生まれてきたばかりの姿を白いタオルで隠すのみ。
脳内を埋め尽くすのは、女性らしさ溢れる丸みと、雄を惹きつける圧倒的な色香。
服の上からしか見たことがなかった曲線美に、俺は圧倒されてしまう。
「…………ゆ、結愛」
確かな乳房に、形が整った丸みがあるお尻。
触らずとも分かる。触れた瞬間に彼女の女体に沈むように包まれてしまうと。
(もうこのまま堕ちてしまいたい。彼女に)
グッと手を伸ばしたい気持ちがあるのだが、僅かに残った理性が食い止める。
(だ、ダメだ! 俺、正気に戻るんだ!!)
一度、俺は間違いを犯してしまったのだ。
最愛の彼女——本懐結愛を自分の手籠めにして、受験勉強のストレス発散に使ってやろうと。だが、それは彼女の強い拒絶を受け、未遂になってしまったものの……。
(俺はあのとき、彼女を傷付けようとしていた。また、お前は愛する彼女を傷付けるのか)
本懐結愛は、俺の大切な彼女だ。
それなのに——。
俺の下半身は愛する彼女を性的対象としか認識できないようだ。
頭の中では、まだ理性を保っているものの、身体はもう獣になってしまったようだ。ムクムクと大きくなる下半身を隠すこともなく、俺は結愛を直視していた。
「どうかな……? あたしのカラダは……そ、その変じゃないかな?」
変という表現には、些か疑問があった。
どこを変だというのか。彼女のカラダは立派に育っている。
女性として素晴らしい成長振りというと気持ち悪いかもしれないが。
昔からの付き合いである幼馴染みとして。大好きな彼女の彼氏として断言するぜ。
「キレイだよ、結愛」
結愛は口元をモゴモゴ動かし、朱色に染まった頬を緩める。自分の一言で彼女の身も心にも影響を与えられることに、一種の優越感がある。
もっと彼女を喜ばせてあげたい。もっと彼女を楽しませてあげたい。
その願いからもっと彼女を強く求めてしまうのだ。
「そうだ。勇太の背中を洗ってあげるね」
褒められたお礼とでもいうのか、俺の有無など聞かずに結愛は両手いっぱいにボディソープを広げていく。ぐちゅぐちゅと泡を立てながらも、結愛は陽気に鼻歌混じりである。
「それじゃあ洗ってあげるね」
結愛がそっと優しく背中に触れてきた。最初は指先をちょんと触る程度だったものの、次第に指先が増え、終いには手のひらになった。彼女の指先全てが俺の弱い部分を擽るように這い回り、思わず声が出てしまう。
「気持ちいいのかな?」
湯煙で輪郭だけは薄らと見える鏡越しに、最愛の彼女は邪悪に微笑む。
小声で「可愛い」と茶化されてしまったのが、心底悔しい。
「もっとしてあげる」
優しく囁く声とは対照的に、彼女は更なる愛を求めるように指先の動きを早めてきた。抱きつくように密着した状態になり、女性の柔らかな部位が俺の背中へと沈んでいく。豊かな乳房の中にある確かな突起物を肌で感じながらも俺は息を整える。
(落ち着け……落ち着くんだ、俺。欲望に負けるな、性欲に負けるな)
目の前にお化けが現れて念仏を唱えるように、俺は心の中で欲望と必死に戦った。
だが、耳元を擽る甘く冷たい吐息に、俺の理性はメトロノームのように揺れ動く。
「固まっちゃってどうしたの? もしかして緊張してるの?」
結愛の問いかけに対し、俺は黙り込んでしまう。
何も喋らない俺に追い討ちを掛けるように、最愛の彼女は抱きしめてくる。
後方から伸びた真っ白な手で交差され、身動きが取れなくなってしまう。
水分を含んだ栗色の髪から、俺の肩へと水滴が一粒落ちた。
「勇太はね、このカラダをどれだけ触ってもいいんだよ」
どエロいことをしていると脳内は理解しているのだが、その制御が上手く働かない。下半身のリミッターは壊れたようで常時膨らんでいく。我ながら自分の逸物がこれほどまでに大きくなるとは思ってもいなかった。
限界知らずな自分の逸物に苦笑していると、愛すべき彼女は耳元で囁いてきた。
「このカラダもココロも全て——全て勇太のためにあるんだから」
その甘美な誘惑に理性を奪われ、最愛の彼女へと襲い掛かるのであった。
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