第25話
数十分にも及ぶ深い愛情伴うキス。
お互いの酸素を奪い合い、窒息死しそうになるまで続けた。
酸欠状態から解放された現在、脳内に幸福感が一気に迸る。
「……これぐらいすればもう大丈夫だよね?」
口元から唾液を垂らす本懐結愛。
日焼け知らずの肌を仄かに朱色に染め、「はぁはぁ」と荒々しくも可愛らしい息を切らしている。
そんな姿を見ていると、このまま襲いたくなる気持ちになってしまう。
「まだもう少ししたいよ、結愛」
結愛の腕を掴んで、まだ離れたくないと自己表示。
本音を伝えてみたものの、結愛は冷静だ。
「ダメだよ、おばさんが帰ってきちゃうかも」
「大丈夫だって。もう少しなら……絶対」
「ダメだよ。これは勇太が元気になってからだね」
体調が万全ではない。
だが、ここで機会を逃す男ではない。
家族が誰一人居らず、彼女と二人っきりなのだ。
このままキス以上の行為に耽っても——。
「勇太。今、とっても悪いこと考えていたでしょ?」
「いや……そ、その……」
「もっとエッチなことしたいの?」
「……そ、それは」
「そうだよね、勇太も年頃の男の子だもんね」
感慨深いです。
とでも言うように、結愛は唇を窄めて共感を示した。
もしかして、このまま二人で一線を越える展開になるのでは。
そう少しでも期待した俺に、結愛は「でも」と続けた。
「だ〜め。これ以上したら、歯止めが効かなくなっちゃうでしょ?」
興奮は治ることを知らない。
最も性欲に弱い部位は膨張し、パンツに擦れてしまっているのだ。
愛する彼女をこの場で脱がせて、カラダを貪りたい。もっともっと気持ちいいことがしたい。いいじゃないか。俺は普段から結愛のために何でもしているのだ。だから、今日ぐらいは——。
彼女を自分の手で更なる快楽へと堕とし、悦に浸ったとしても。
そんな邪な感情が生まれた瞬間。
「それに、今日は……勝負下着じゃないから嫌なんだ」
突然漏れ出た結愛の本音。
聞き慣れない単語に、俺は首を傾げて。
「勝負下着……?」
反芻してから初めて意味を理解し、俺は思わず笑ってしまう。
「そんなに笑うことじゃないでしょ?」
「い……いや。勝負下着じゃないから嫌って……」
「男の子はヤレればいいだけかもしれないけど、女の子には重要な要素なんだよ。勝負下着を履いてないと、やっぱり気分がね……」
ヤルときはスッポンポンになるのだ。
別に気にする必要はないと思うのだが……。
やはり、乙女心は難しい。
「勝負下着ってさ、どんなの?」
キスを交え、テンションが昂った俺はそう訊ねた。
すると。
口の前で人差し指をくっ付けた結愛は、バッテンを作って。
「内緒です」
そう答える彼女の姿を見て、今にも抱きつきたくなる。
俺は世界で一番幸せな者である。これに絶対偽りはない。
◇◆◇◆◇◆
「この食器もう下げてもいいよね?」
「いいけど……どうして?」
「ん? 洗うからだよ、洗うから」
「そこまでしなくていいよ。すぐに母さん帰ってくると思うし」
飯を作ってくれた。
それだけで十分嬉しいのに。
更には、食器を洗ってくれるなんて。
「ううん。任せて!! 作るだけ作って洗わずに帰るお嫁さんにはなりたくないからさ。もう既に勝負は始まってると思うから!!」
「気が早過ぎるだろ……」
「ううん。勇太の役に立ちたいの。それにできる女だと思われたいから」
「結愛はもう俺の役に立ってるよ、十分な」
「そうかな……? えへへ、嬉しいな」
微笑んだ結愛は、ささっと食器をまとめた。
「あたし、台所にいるから。その何かあったら教えてね」
「……分かった。結愛も何か異変があったら、俺に教えろよ」
「勇太は自分の心配をしなさい! 今日は病人なんだから!」
「心配なんだよ、結愛のことが。自慢の彼女だからさ」
「……両想いだね、あたしたち。お互いのこと心配してて」
これが恋人同士ってことなのかな。
そう呟き、本懐結愛は立ち上がり、台所へと向かっていく。
俺は布団に横になり、彼女の姿を見守ることにした。
エプロンに着飾った彼女は服の袖を捲り、「よぉ〜し」と意気込む。
流し場に立つ彼女は水を流し、軽めに食器の汚れを取る。一度汚れが取れたのを確認してからか、スポンジを泡立て、食器を洗っていく。
病院では一切見れない本懐結愛の自然な姿。
そんな姿をこれから先もずっと見ていたい。
いや、一生見ていたい。絶対に俺が幸せにしてやる。
そう心に決めていたとき、突然スマホが「ピコン!」と鳴り響いた。
「……ん?」
一度気になると、俺はどうでもいいことでも気になる。
この通知音は一体何だろうか。
そう思い、スマホへと手を伸ばす。
『真優「昨日の授業分、全部ノートにまとめた」』
彩心真優からだった。
勉強ガチ勢の俺が予備校を休んでいる。
それを知った彼女は、余程体調が悪いと確信したのだろう。
毎日連絡を送り、励ましの言葉を掛けてくれるのだ。
更には、体調を戻し、予備校に復帰しても困らないように、授業の内容をノートにまとめ、写真で送ってくれているのだ。
『勇太「ありがとうな。俺のためにわざわざ」』
メッセージを送ると、すぐに既読が付いて。
『真優「別に気にしなくていい」』
『真優「それで体調は大丈夫?」』
俺はその後も、彩心真優と連絡を取り続けた。
面白いほどに会話が進み、長々と続いてしまったのだ。
しかし、急激に眠気が襲ってくる。
結愛の手料理を腹いっぱいに食ったのだ。
満腹感と充足感から、俺の目蓋は徐々に閉じていった。
◇◆◇◆◇◆
「あ、勇太。やっと起きてくれた」
俺の前には、本懐結愛の姿。
彼女は、くしゃっとした笑みを浮かべてくれる。
窓から差し込む夕陽を見て、時間経過が窺える。
「俺、どれくらい寝てた?」
「三時間ぐらいかな? あたしが戻ってきたときには寝てたよ」
「……マジか。ごめん」
「ううん。いいんだよ、別に」
結愛は首を振る。
それから「大事な話がある」と切り出した。
大事な話か。一体何だろう。
そう思いながら、俺は身体を起き上がらせる。
「ねぇ、勇太」
最愛の彼女に名前を呼ばれ、俺は彼女を見据える。
夕陽に照らされ、一層輝きを放つ茶色の髪と瞳。
秘境の森。その奥地にひっそりと住む妖精みたいな彼女は言う。
「今後はもうお見舞いに来なくていいから」
来なくてもいい。
突然告げられた宣告に、俺の頭はパンクしてしまう。
もしかして、結愛に嫌われてしまったのか。
結愛は俺以外に好きな人ができてしまったのだろうか。
だから、社会のお荷物とは関わりたくない。
そんなことを思っているのだろうか。
考えれば考えるほどに嫌な予想ばかりが思い浮かんでくる。
「何言ってるんだ? 結愛、それ冗談だよな?」
「自分の体調をしっかりと考えて行動してほしいの!」
膝の上に両手を置き、固く閉じた本懐結愛。
俺を見据える彼女の瞳は、真剣さしかなかった。
純度100%の真面目な意見だ。
「俺が病院に行くのは迷惑か?」
「迷惑じゃないよ。嬉しいよ、嬉しいんだよ」
嫌われたわけではなかった。
結愛が嬉しいと言ってくれている。
それだけで、俺は救われた気がした。
「あたし、勇太の負担にはなりたくないの」
両膝に置いた拳を握りしめ、彼女は捲し立てる。
「受験勉強が大変だってこと、あたしも分かる」「だから、無理する勇太をこれ以上見たくないの」「最近雨が酷かったでしょ? 風邪引いた原因もそれだよね?」「毎日あたしに会いに来ることで、勇太の迷惑になってた」
違う。違う。違う。
違うんだ、結愛。
結愛に会いたい。会いに行く理由なんてそれだけだ。
俺が勝手にやってるだけ。
だから、迷惑なはずがないんだ。
迷惑じゃないんだよ、結愛は。
逆に結愛に会うことで、俺は英気を養っていたんだ。
つまり——。
「今回の件は、全部俺の体調管理不足だよ」
だからさ、と呟き、俺は結愛の肩を掴む。
小さい頃は、俺よりも大きかった彼女の身体。
ただ、今では触れたら壊れてしまいそうなほど小柄だった。
「結愛が気に悩む必要なんてないんだよ」
「……勇太、また自分のせいにした」
「えっ?」
「また、あたしのために全部自分のせいにした」
結愛のせいじゃないんだよ。
そう伝えたいだけだったんだが……。
これで安心すると思っていたんだが……。
「今後、毎日お見舞いに来るのは禁止だからね!!」
「はいはい。俺を心配してくれてるんだろ?」
分かってます雰囲気を醸し出す俺。
ただ、今後も毎日会いに行くつもりだ。
結愛だって、俺に会えたら嬉しいと言ってくれたし。
「もしも毎日来たら嫌いになるから!」
「そ、そんなッ!! ど、どうして??」
「やっぱり勇太。毎日会いに行こうと考えてたでしょ?」
呆れたような声を出しながらも、結愛は腕を組む。
「勇太の目標は何?」
「医学部に入ること」
「でしょ? その為にも今ある時間を大切にしないと」
「でも、俺は結愛との時間も大切にしたいんだよ」
「来年も一緒に居られる時間が減っちゃってもいいの?」
俺はバカだった。短絡的思考でしかなかった。
今会いに行くことを止めることは、長期的視点で見れば、結愛との時間を増やすことに繋がるのだ。
俺は結愛の提案に乗り、病院に行く頻度を減らすことにした。
結愛との時間を少しでも増やすためだ。
その為には、今ある貴重な時間を削ることも大切なのだ。
「あ、そうだ。勇太」
「夏に入ったらさ、一緒に花火が見たい」
「いきなりだな」
「最近、夜に花火が打ち上がってるのを見ちゃってさ」
「花火……?」
「うん。打ち上げ花火がね。バーンバーンって」
夏休みの予定が一つだけ決まった。
と言っても、俺は浪人生。休みなどないのだがな。
ただ、これだけは絶対に行かなければならない重要事項。
今年の夏、俺は愛する彼女と共に夏祭りに行く。
それだけは、どんなことがあっても必ず行く。
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