本懐結愛は最愛の彼氏に依存する
第26話:本懐結愛視点『熱情①』
「ごめん、勇太。お待たせぇ〜」
食器を洗い終え、水滴一つないほどに拭き取ることができた。
これならば、どこに行っても恥をかかないお嫁さんだろう。
そう確信しながら、本懐結愛は愛する彼氏の元へ戻る。
彼女の手にはお皿があり、その中には切り分けられた真っ赤なリンゴ。
皮を上手に剥き、ウサギさんの型を作っている。
これも全ては時縄勇太のためだったのだが——。
「……勇太、寝てる」
愛する彼氏の元へと戻ってきた結愛。
だが、彼女は唇を尖らせてしまう。
さっきまで起きていたはずなのに。
もしかして寝ているフリをしているのか。
少しだけ、カマをかけてみるか。
「いいのかなぁ〜? このまま寝てたらチュウしちゃうよぉ〜?」
彼氏の耳元で、結愛は甘い声で囁いた。
狸寝入りなら、これで何か反応を起こすかもしれない。
賢い結愛は口元をニタニタさせ、様子を待ってみた。
だが、しかし——。
「むにゃむにゃむにゃ」
時縄勇太は言語化できない言葉を話すのみ。
一体、どんな夢を見ているのだろうか。
彼女として大変気になるのだが、人の夢に入り込む隙はない。
「もうあたし、一人でリンゴを食べちゃうからね〜」
彼に気付いてほしくて、少しだけ声を大きくする結愛。
彼女はウサギ型のリンゴを手に取り、口の中に入れる。
シャッリと爽快な音が響き、可愛いウサギさんの頭はなくなってしまう。
「甘いのに……何かちょっと物足りない」
食べた感想を述べ、結愛は唇を尖らせる。
目線の先は、愛する彼氏。
スヤスヤと気持ち良さそうに寝ているのだ。
「彼女が遊びに来てるのに、彼氏が寝てどうするのかな〜?」
呆れ声で言いながらも、結愛はお皿へと手を伸ばす。
彼氏がたくさん食べてくれるだろう。
少しでも早く治すためには、食べるの一番だろう。
そう張り切って、余計に切りすぎてしまったのだ。
「……勇太のために切ってあげたのに」
愚痴を溢しながらも、結愛はリンゴを噛み砕く。
シャッリと、無機質な音が響いた。
それでも、愛する彼氏は起きることはない。
ただ。
「これもこれで悪くないかも」
そう呟きながら、本懐結愛は口元を薄く伸ばした。
こうして彼が寝ているのは、自分が役に立ったからだと。
自分がここに来たから、彼は安心してくれたんだと。
自分の存在価値を認められたような気がしたから。
「可愛い寝顔だね、勇太。えへへへ」
本懐結愛は愛する彼氏の頭を撫でながらも、自分のスマホを取り出す。
ホーム画面に浮かび上がるのは——小学校の卒業写真。
結愛がまだ病魔に犯される前、彼女の笑顔が絶えなかった時代の品だ。
クラスの中心人物だった結愛は真ん中に立ち、ピースサインを送っている。
その周りには男女問わず、友達というべき掛け替えのない存在がいる。
どんなに時が経っても、どんなことが起きたとしても。
この友情だけは、この絆だけは、絶対に消えないと思っていたのに。
「……勇太だけだよ。ずっとあたしのそばにいてくれるのは」
結愛は弱々しい声を吐き出した。
今にも泣き出してしまいそうなほどだった。
じんわりと目尻が熱くなる。
このままでは涙が滾れ落ちそうだった。
「勇太は絶対にいなくならないよね?」
結愛はそう呟き、愛する彼氏の顔をゆっくりと触れる。
だが、熟睡中の時縄勇太が起き上がることはない。
「寝込みを襲うのはマズいかな? でも彼女だから問題ないよね?」
結愛は体勢を屈め、愛する彼のほっぺたに唇を合わせる。
傍ら見れば、これは幸せの瞬間とも言うべき光景だろう。
スマホの内カメラに映る光景を見て、本懐結愛は口を深く歪めた。
「えへへへへ。結構イイ写真が撮れたよ」
写真撮影を終了し、結愛は出来栄えを確認する。
彼女も年頃の女の子だ。
写真の見栄えが気になってしまう。
と言えど、基準は単純だ。
自分が可愛く撮れていれば何でもOK。
「勇太にも送ってあげるね」
最も自分の映りがいい写真を選び、LIMEで送る。
すると——。
ピコンッ!!
布団の近くから通知音が聞こえてきた。
手を適当に伸ばしてみると、固いものが見つかった。
まだ少しだけ温もりが残っていた。
「ん? これ……? 勇太の?」
スマホを触ったまま、眠ってしまったようだ。
グッスリと眠る彼氏を見る。
この調子ならば、まだまだ眠っていそうだ。
結愛は手元のスマホと、彼氏を何度も見比べる。
そうしている間に、結愛の心に悪鬼が混じった。
——勇太はどんなことを調べているのだろう?
——勇太はどんなことに興味を持ってるんだろう?
——勇太は寝る前にどんなことをしていたんだろう?
「……ちょっとだけなら大丈夫だよね?」
彼氏のスマホを見るのはよろしくない。
個人情報の塊だと理解している。
それでも気になるものは気になってしまうのだ。
「……だれ? コイツ」
結愛は戸惑いの声を漏らす。
中身を見るつもりはなかった。
ロック画面を見てやろう。
それぐらいの甘い気持ちだった。
それなのに——。
『真優「早く元気になってね」
ロック画面を占領するLIMEの通知。
『真優』というのが送ってきた相手の名前らしい。
「……女だよね、これ絶対に」
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