第13話

 以前一度だけ訪れたことがある彩心真優の秘密基地。

 もうそこへ行くとは思ってなかった。だが、また来るとは……。


「で、人様を呼び止めてまでする話ってのは?」


 以前と全く同じく、俺たちは段差に座った。

 そこでクラフトコーラを飲みながら、談笑を交える。


「私のおばあちゃんの話なんだけどさ」

「ん? 何だよ」

「もうそんなに長くないって言われちゃったの」


 彩心真優の話を聞く前は、適当に聞けばいい。

 そんなつもりだった。でも、今回ばかりは真面目であった。

 俺は背筋をピシッとしながら、話を聞くことにした。


「おばあちゃんが長くないのは分かってたの。自分でもさ」


 それでも、と苦虫を潰すような口調で。


「今日改めて医者に言われて……何かモヤモヤが止まらなくてさ」

「もしかして……身近な人が亡くなるのは初めてか?」


 俺の問いに対して、彩心真優は首をコクリと頷かせる。


「物心付いてからは初めて。おじいちゃんが亡くなったのは、小学校上がる前だったし。私はどちらかと言ったら、おばあちゃんっ子だったからさ……その変な感じがして」


 彩心真優は身近な人が死ぬという奇妙な経験をしたことがなかったのだ。


「私、もっとおばあちゃんのために何かできたんじゃないかなってさ」


 今にも消えてしまいそうなほどな声で、彩心真優は呟いた。


「私ね、実家が嫌になって……高校からはおばあちゃんと一緒に暮らしてたんだ」


 他人の自分語りなんて、俺は殆ど興味はない。

 だが、彩心真優がどんな人生を歩んできたのか。

 それは大変気になった。だって、コイツは自分のこと殆ど語らないし。


「私が弁当は要らないと言っても、おばあちゃんは毎日弁当を作ってくれてた」


 高校時代を振り返っているのか、彩心真優は微かに口元を緩める。

 それから、「正直ね」と呟くと。


「おばあちゃんが作る弁当は古風な感じでさ。煮物や豆料理が沢山入ってた。もうね、それが私は嫌だった。苦手だった。やっぱりさ、唐揚げとかハンバーグとか茶色系統のおかずが美味しいじゃない? それなのにおばあちゃんはそんなおかずは殆ど入れてくれなくてさ……鶏そぼろとかぼちゃの煮物、黒豆の甘辛煮、ほうれん草のおひたし——」


 次から次へと出てくる彼女の祖母が作ってくれたおかずの数々。

 それを聞くだけで、俺は彼女が愛されて育ったんだと分かった。


「でもさ、もう食べられないんだよなと思って……あの料理がさ。あんまり美味しくないと思っていたおばあちゃんの料理がさ。もう二度と食べられなくなるんだと思ったら」


 限界だったのか、彩心真優は涙を溢れ出してしまう。

 誰にも言わず、一人で悶々と抱えていたのだろう。

 誰かに打ち明けたい。

 そう思っても、彩心真優は弱いところを見せられる相手がいなかったのだろう。

 だからこそ——。

 今、こうして俺という絶好の相手を見つけて、心境を吐露しているのだ。


「別にお前は悪くないだろ。人は、誰だって平等に死ぬぞ」

「……そうかな? 私は何もできなかったんだよ。おばあちゃんに」


 俺の言葉を拒絶して、彩心真優は強い口調で言い返してくる。


「おばあちゃんはさ、私の前ではずっとニコニコ笑顔を浮かべてた。ずっと大丈夫だって、胸を張ってた。でも、私に心配をかけないように黙ってたんだよ。今までずっと」


 祖母の容態が悪い。

 そう知ったのは、偶然だったという。

 先日、彩心真優が祖母の病室を訊ねたときに、彼女の両親と喋っていたのだと。

 もう自分の寿命は短いのだと。もう余命宣告された日をとっくの昔に過ぎていると。


「おばあちゃんにもっと私を頼ってほしかった!! それなのに、まだ私は子供で、未熟で、だからおばあちゃんは私に何も言わずに……この世を去ろうとしてた!! もう今では意識も朦朧としてて……今日か明日が峠だろうと言われちゃって……」


 彩心真優は、祖母のために何かしたかったのだろう。

 何か、祖母のためにしてあげたかったのだろう。

 でも、何もできることがなくて、彼女は悔やんでいるのだ。


「それでももう全てが手遅れで。私には何にもできなくてさ……」


 人生に絶望したかのように顔を落とした彩心真優。

 普段はゲラゲラと笑い、俺をからかってくる奴だ。

 だが、今日だけは一段と塩らしくしやがって……。


「よしっ。なら、今から行くぞ!!」


 今から勉強しなければならないってのに。

 俺はどれだけお人好しなのだろうか??

 人様の事情に口を挟むなんて、面倒なだけなのに。


「ちょ、ちょっと待ってよ。行くってどこに?」


 戸惑いの表情を浮かべて、彩心真優は訊ねてくる。

 全く事情を理解していないコイツに、俺は教えてやることにした。


「決まってんだろ。お前のばあちゃんに会いにだよ」

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