第14話:ターニングポイント②

 宇宙人を見たかのように、彩心真優の瞳は点になる。

 俺の言葉を理解できずに、立ち尽くしているのだ。

 だが、流石は全国模試で名前を上位に連ねる女の子である。


「無理よ。今から会いに行くなんて……そ、そんなこと」


 病院の面会時間は終わっている。

 だから、もう会いに行くことはできない。

 常識の世界を生きる彼女はそう思っているに違いない。

 だが、そんな大切なひとと一緒に居られない常識なんて——。


「大丈夫だ。俺に全部任せろ。今から絶対会わせてやるから」


——俺が全部ぶっ壊してやる。


 彩心真優は祖母に対して、感謝の言葉をまだ言えていないのだ。

 まだ心残りが沢山あるのであろう。ならば、その願いを聞くのみ。

 そうすれば、幾分かは心が晴れ晴れすること間違いなしだ。


「ってことで、今から行くぞ!!」


 彩心真優の華奢な腕を掴んで、俺は歩き出す。

 突然決まった予定変更に、彼女は戸惑いを隠せない。


「ちょ、ちょっと待って。まままま、えええええ??」


 今から家に帰る気満々だっただろう。

 帰ったとしても、家の中で悶々と悩んでいたはずだ。

 そんなことするぐらいなら確実に会いに行ったほうがいいさ。


「待ってと言われても待つほど俺は融通が効くタイプじゃないよ」

「……離して」

「残念だが、それは無理だ。ここで離したら、将来お前が泣く姿が見える」

「……いいから、離してよ!! 離せって何度も言ってるでしょうがぁ!!」


 彩心真優の怒気が込められた一声。

 俺は初めて彩心真優という女の子を知った気がした。

 今まで、彼女はボロを出すことはなかった。

 予備校内では、クラスの人気者で、どんなときでも笑顔を振りまいていた。

 そんな女の子が——今、大きな声を荒げて、俺を力の限り押してきたのだ。


「いってぇ〜な。い、いきなり何しやがるんだよ」

「それはこっちのセリフよ。突然、おばあちゃんに会いに行くなんて言い出して」


 女王様気取りで、俺をからかうのが大好きな彩心真優。

 普段は人を手玉に取って高笑いしているはずなのに。

 今の彼女は、感情を剥き出しにして、俺と接してくるのだ。


「……で、でも病院は面会時間を過ぎてるし。第一、病院に行っても、おばあちゃんはずっと眠ってるわけだし……そ、その……今から行くなんて、そんなこと——」


 俺は彩心真優の感情なんて分からない。

 コイツがどんな気持ちを持っているのかは分かるはずもない。

 だけど、一つだけ分かったことがある。

 今、自分はどうすればいいのか。その答えを、彩心真優も分からないのだ。


「だから、別に行く気はないとお前は言ってるのか? 薄情な奴だな」

「……薄情。そう言われても、仕方ないかもね……ふふふ」


 これは最愛の彼女に言われたことなんだけどさ。

 俺はそう呟いてから、彩心真優の瞳を見据える。

 その瞳は、銀河の果てを連想させるほどに美しい。


「やっぱり、見舞いに来てくれると嬉しいんだってよ」

「————————ッ!!」

「一個人の意見として、ここで行かないと、心残りができると思うぜ」

「……そ、それは」

「でも、お前が後悔しないんだったら、ここでわざわざ行く必要はないと思う」


 自分の本心を真正面に伝えることができた。

 最終判断は、全て彩心真優次第である。

 だって、これは彼女の抱える問題なのだから。

 外野の俺がこれ以上とやかく言う必要はないだろう。


「ねぇ、ほ、本気でおばあちゃんのところに行くの?」


 目線を俯かせたままに、彩心真優は小さな声で訊ねてきた。

 きっと彼女は不安なのだろう。行ったところで自分には何ができるのかと。

 行ったところで、祖母の死を避けることはできないのは確定済みなのだから。

 それでも、俺は彼女の背中を押すことにした。


「当たりめぇーだろ。ばあちゃんが死ぬ前に会わないと意味ねぇーだろうが!」


 俺の言葉を聞き、彩心真優は声にもならない声を上げた。

 はっとした表情を浮かべた彼女の瞳に、薄らとだが小さな炎が宿った。


「最後の判断は、お前次第だ。さぁ、どうする?」


 覚悟を決めたと思う彩心真優に対して、俺はそう投げかける。

 続けて、俺は「もしも」と付け加えて。


「もしも、お前が本気で行く気があるなら、俺を使え」


 俺は彩心真優へと手を差し伸ばす。

 徒歩で行くよりかは、幾分か自転車のほうが早いだろう。


「お前をばあちゃんのところまで必ず連れてってやるから」


 この手を握るか握らないかは、彩心真優次第である。

 果たして、彼女はどんな結論を出すのか。

 ピリッとした緊張が渦巻く中、彼女は目尻に涙を溜めて。


「お願い、時縄くん。私をおばあちゃんのところまで連れて行って」


 完璧な彩心真優の解答に、俺は思わず口元を緩めてしまう。

 ただ、指名されたからには、やらなければならない仕事がある。

 今から全速力でペダルを漕ぎ、あの地獄坂を上らなければいけないのだ。

 それも、二人分の重さを乗せた状態で。

 やれやれ、明日は筋肉痛確定だ。だが、俺は決して後悔しないだろう。


「その言葉を聞けるのを待ってたぜ、彩心様」

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