時縄勇太は悪女の乙女心には気付けない

第12話

 愛する彼女に別れを告げ、自宅へと帰るまでの道のり。

 今までは涙を忍んで自転車を漕ぐだけだったのだが、最近では新たな楽しみができてしまった。彩心真優が教えてくれた自販でしか購入できない飲み物があるのだ。

 最寄りのスーパーや自販機で購入してやろうと企んでみたのだが、これまたどこにも売られていないのである。やけになって、オンラインショップで箱買いしようかと思ったものの、そこまでして買う気はない。とにかく、俺が知っているのは、あそこにしかないので、あの自販機へと向かったわけなのだが。


「どうしてキミがこんなところに……?」


 先客が居た。

 嫌悪感丸出しで、俺を見てくる。

 ここはお前の来るべき場所じゃない。さっさと帰れ。

 そんな瞳を浮かべて、露骨な態度を示してくる。


「クラフトコーラを買いに来ただけだよ」


 俺がそういうと、彩心真優は笑った。

 それからイタズラ好きな悪ガキみたいな表情で。


「ハマっちゃったんだ。その味に」


 自分がオススメした商品が、相手の心にぶっ刺さった。

 それが心底嬉しいのだろう。少しマニアックなものだと、その嬉しさは跳ね上がる。


「……悪いかよ、別にいいだろ」


 煽られた俺が反論を返すのだが、彩心真優は聞く耳を持たない。

 コーラの魔力に導かれるように腰を屈めて、自販機から出てきた品を手に取る。

 彼女は満足気に微笑みながら。


「キミさ、やっぱりストーカーの才能があるよ。私が認める!」

「勝手に変な才能を認めるな!! 偶然だよ、偶然」

「偶然にしては出来過ぎだよ。毎回毎回、私の元に現れるなんて」

「最近はクラフトコーラにハマってて、ここに通ってたんだ。ただそれだけだよ」

「私に会うために、そ〜いう口実を作ってたんだぁ〜。へぇ〜」

「お前とは予備校でほぼ毎日のように会ってるだろ? ここで会う必要はねぇーだろ」


 彩心真優は女王様気質があるのか、俺を毎回からかってくる。

 俺みたいな地味な男をからかって何が楽しいのか、さっぱり分からない。

 それでも彼女は余程楽しいらしく、日頃からちょっかいばかりしてくるのだ。


「んじゃあ。俺はもう帰るからな」


 クラフトコーラを手に入れた。残るは自宅へ帰るのみ。

 そう思い、俺はからかい上手な彩心真優に別れを告げたのだが——。



「ま、待ちなさいよ。ちょっとぐらい付き合いなさいよ」

「生憎だが、俺には勉強があるんだよ」

「こんな夜に、女の子を一人残して帰っちゃうんだ」

「俺は彼女一筋なんで。んじゃあ、そういうことで——」


 少しでも早く本懐結愛を救わなければならないのだ。

 その為には、俺は医学部に入らなければならない。

 現在の状況では、まだ入れる可能性は極めて低いのだ。

 だから、俺は家に帰って勉強に励まなければならないのに。


「……お願い。ちょっとだけでいいから……話を聞いてくれない?」


 彩心真優は俺の腕を掴み、上目遣いでそう訊ねてきた。

 物事は何でもハッキリ言うタイプなのに。

 今だけは一段と塩らしく、変な気分になってしまう。

 もしかしたら、彼女の身に何かあったのかもしれない。


「分かったよ。ちょっとだけだぞ、ちょっとだけ」


 俺はそう切り出し、彩心真優の話を聞くことにした。

 と言っても、勉強に支障が出るほど長居するつもりは全くないが。

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