第11話

 結愛を抱きしめてから、どれくらい経っただろうか。

 体感時間では数時間に及んでいた気がしてしまう。

 涙を溢して縋ってきた結愛は、遂に俺を解放してくれた。

 充血した赤い瞳を向けて、青白い肌を持つ彼女はいう。


「ごめん。さっきのは全部ウソだから」


 ウソのはずがない。彼女の本心だったに違いない。

 それでも、俺はそのホラ話を信じることにした。

 だって、俺は本懐結愛の彼氏なのだから。


「あぁ、分かってるよ。ちょっと言いすぎただけだよな」


 彼氏が理解してくれた。

 それだけでも、結愛は嬉しかったようだ。

 ほんのりと薄い笑みを漏らしてくれる。

 でも、反省点が見つかったらしく、結愛は言う。


「あたし、ちょっと気持ち悪かったよね」


 ちょっとの範囲ではなかった。本音を漏らせば、非常に気持ち悪かった。

 本懐結愛の人間らしさ溢れる悪意が見えてしまったのだから。

 昔から彼女はそうだ。俺が彼女以外の誰かと仲良くすることを許してくれないのだ。

 俺的には、その部分さえも彼女の可愛さだと思っているのだが。


「重たいことばっかり言ってたよね。ごめんなさい、勇太」


 身勝手な発言をして、愛する彼氏を困らせてしまった。

 結愛の心にも、そんな感情があったのかもしれない。


「悪気はなかったの。ただ、勇太が心配なだけで」


 あぁ、分かってる。言わなくても。

 結愛は俺が心配だったってことは。

 彼女は俺のことを思って、発言してくれたことぐらい。


「だからさ、さっきのことは全部忘れて。お願いだから」


 大好きな彼女からのお願いならば、俺はどんな要求でも呑む。

 俺がコクリと頷くと、結愛は口元を薄く伸ばして微笑んだ。

 それから、彼女は白い腕をこちらへと伸ばしてきた。

 少し力を入れただけで簡単に折れてしまいそうな細い手を俺の頭にちょこんと乗せてくる。指先が頭の頂点をクルクルと回る。不思議な感覚である。

 それから本懐結愛は、指先から手のひらへと変え、俺の頭を撫でてくれるのであった。

 ありがとう、ありがとうと。それはもう壊れたラジオのように何度でも。


「ねぇ、勇太」


 頭を撫でるのを止め、結愛はそう切り出した。


「実はね、外出許可が降りるかもしれないんだ……」


 本懐結愛が抱える病は、重たいときと軽いときの差が激しい。

 最近は、症状が軽く、日常生活を送る上では全く問題ないようだ。


「だからさ、今度空いている日にデートに行かない?」


 彼女からデートに誘われて、断るバカはどこにもいない。

 可愛い彼女と一緒に居れるだけで幸せ者になれるのだから。

 だから、俺は「うん。行こう」と力強く答える。


「あぁ〜よかった。勇太が喜んでくれて」


 デートを断れてしまったら、どうしようか。

 そんな不安が結愛にもあったらしく、ほっと肩を撫で下ろしている。

 わざわざ余計な心配はする必要がないのに。

 俺の人生は、結愛優先なのだ。自分のことよりも、第一は結愛だ。


「最近の勇太を見てたらさ、心配だったんだもん」


 結愛は続けて。


「もしかして、あたしのこと嫌いになっちゃったかなと思ってさ」


 嫌いになるはずがない。

 俺が本懐結愛を嫌いになる?

 そんな未来がこの先起きるはずがない。


「ちょっと疲れてただけだよ。最近、面倒なことが多くてな」

「なら、その疲れを癒してあげる。あたしが」


 俺と結愛は計画を立てた。

 今週の週末は、お互いに忙しかった。

 なので、来週の週末にデートへ行くことが決定した。

 結愛専用のカレンダー。普段はお薬を飲む日、リハビリに行く日などの日程しか載っていない。だが、来週の週末だけは、「デート」という項目が増えている。


 頬を緩また結愛は確定済みのカレンダーを見ながら。


「楽しみにしててね、今度の週末は」


 デートに行く。

 たったその予定が入っただけなのに、微笑む愛しの彼女。

 俺は彼女を悲しませないために、もっと勉強を頑張ろう。

 そう改めて、心に決めるのであった。

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