時縄勇太は美人な悪女に翻弄される
第4話
「……ごめん、勇太。冷蔵庫から水を取ってくれる?」
二人で話し込んだあと、ふいに結愛がそう頼んできた。
自分から主張しない彼女から頼られるのは嬉しかった。
もしかしたら、俺は尽くしたがりな男なのかもしれない。
そう思いながらも、あらほらさっさと役に立つことにした。
「ありがとう。そろそろお薬を飲まなきゃ」
結愛は水を受け取ると、ベッドの横にある棚から袋を取り出した。ビニールの紐を開くと、大量の薬が出てきた。
慣れた手付きで彼女は薬を取り出し、口の中に流し込んでいる。俺と顔が合う度に、彼女は笑顔になる。
この夥しい量の薬があるからこそ、彼女の笑顔が成り立っている。そう思うと、俺の存在がちっぽけだなと思っちまう。
医者にも医学部生でもない、ただの浪人生には。
◇◆◇◆◇◆
薬を飲んだせいか、結愛はうとうとし始めた。
可愛い彼女の寝顔を見たい気持ちもある。
だが、このまま長居しても迷惑になるだけである。
そう判断した俺は、
「じゃあ、そろそろ帰るわ」
と、パイプ椅子から立ち上がったのだが——。
「待って。勇太」
呼び止められてしまった。
こんなことは初めての出来事である。
俺が帰るといえば、じゃあねと手を振ってくれるのに。
「ん? どうしたんだ?」
「あたしが眠るまで手を握っててくれないかな?」
「ん? 今日は甘えん坊だな、結愛」
「……迷惑かな? 早く家に帰って勉強したい?」
「いや、別にいいよ。結愛が甘えるなんて珍しいからな」
病院の面会時間には制限がある。
俺の持ち時間は、もう少しで終わってしまう。
だが、少し時間を越える分には見逃してくれるはずだ。
そう思い、俺は愛する彼女が眠るまで隣に居ることにした。
「何かね、嫌な予感がするんだよ」
ベッドに寝転がったまま、結愛は深刻そうな表情で呟いた。
「嫌な予感?」
「うん。とっても嫌な予感」
震えた声で言い放ち、本懐結愛は悲しそうな声で。
「勇太があたしの前から消えてしまう気がするの」
「馬鹿なこと言うなよ。俺が結愛の前から消えるわけねぇーだろ? これ以上馬鹿なことを言ったら、デコピンすんぞ」
「…………そうだよね。あたしのただの勘違いだよね」
長年病院生活を繰り返しているのだ。
考える時間が多くなって、色々と考えてしまうのだろう。
暇なときってさ、誰でもアレやコレやと考えてしまうし。
本当にどうでもいいことなのに。
「……こんな可愛い顔をしてたら襲っちまうぞ、バカ」
結愛は眠ってしまったらしい。
俺の腕からは手が離れて、気持ちよさそうに寝ている。
あまりにも愛らしい姿に、彼女の唇を奪いたくなる。
でも、寝込みを襲うのは反則だ。
それに、彼女を苦しめる怒りが込み上げてきた。
「俺が絶対治療法を探してやる。だから、待ってろよ」
スヤスヤと可愛らしい寝顔を晒す彼女に別れと誓いの言葉を告げてから、俺は病室を後にするのであった。
◇◆◇◆◇◆
「さぁ〜て、今日も家に帰って勉強でもしますか」
愛する彼女の顔を見て、今日も勉強が捗るな。
そう思いながら、エレベーターを降り、病院のロビーへと出た。すると、見覚えがある長い黒髪の少女を発見した。
嘘だろ……? どうしてアイツがここに……?
俺の足音が大きかったのか、相手側も振り返る。
彩心真優であった。
偶然にも予備校内で傘を貸してあげた女の子だ。
俺の顔を見るなり、彼女は険しい表情を向けてきている。
このまま何も言わずに帰るのは失礼だろう。
そう思って、俺が近づいてみると。
「どうしてキミがここに居るのかな?」
「それはこっちのセリフだよ」
「もしかして、私を尾けてきたの?」
「ただの偶然だよ、偶然」
「という設定の新しいナンパ?」
「彼女が居る病院でナンパなんてするか!!」
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