時縄勇太は最愛の彼女を救いたい

第1話

『一年間のブランクなんて、社会に出たら関係ないぞ』


 大人たちは口を揃えて、そう励ましてくる。だが、俺の心には全く響かない。


 見事『合格』を勝ち取った元同級生が楽しい大学生活を送る中、来年に向けて受験勉強に専念する俺たち——『浪人生』にとって、一年はあまりにも大きすぎるのだ。


 ソースは、現在地獄の一年間を過ごす俺——時縄トキジョウ勇太ユウタが保証してやる。


 社会に出ればその一年間の差は消えるかもしれない。

 だが、そんなのクソくらえだ。人生に寄り道は要らない。

 ブランクとは、ただの失敗なのだから。


 来年は必ず受からなければならない。

 もしも、受からなければ——。

 家族や友達などの周りから受けるプレッシャー。

 もしも落ちたらどんな未来を歩むのかという不安。

 その二大巨塔に押し潰されそうになりながらも、一年間も余分に半殺し状態の生活を続けなければならないのだから。



 救われる道は、来年の受験に成功すること。受験戦争に打ち勝ち、志望大学へのチケットを獲得することのみ。


 その為にも、俺たちは死に物狂いで勉学に励むのだ。

 仕事にも進学先にもありつけず。

 情けで『浪人生』という半端な肩書を手に入れた者たちは。


◇◆◇◆◇◆


「……この問題はどうやって解けばいいんだぁ?」


 予備校に一人残って勉学に励む日々。

 授業中でも自習中でも休み時間でさえも、俺は机と向き合っている。

 俺の周りに居るのは、全員敵だ。医学部を狙う俺には。


 ペチャクチャと喋る敵共を嘲笑いながらも、俺は数学の難問と格闘する。

 どうしてこんな鬼畜な問題を解き明かさなければならないのか。そんな苛立ちが湧くものの、実際に試験で出るのだ。必死に理解するしかあるまい。

 そう思っているのだが、全く集中できない。


「……ったく、もう少し静かにしろよ」


 休み時間なのだから、喋るのは構わないさ。

 でもさ、もう少し周りの目を気にしろと思ってしまう。

 だが、いいさいいさ。喋りたい奴等には、喋らせとけば。

 アイツらが喋っている間にも、俺は日々成長しているんだ。

 お前らと俺は違うんだ。必ず次の模試では、成績上位者の名簿に乗ってやる。

 その想いが更に強くなるのだからな。


 だが、一度途切れた集中力は簡単には取り戻せない。というわけで、俺はスマホの写真フォルダを開き、エネルギーチャージすることにした。

 そこに映し出されたのは、色素が薄い茶髪と琥珀色の瞳を持つ少女だ。

 二次元ではない。正真正銘の生身の人間だ。

 俺と長年付き添ってきた幼馴染みであり、この世で最も愛する彼女である。


「やっぱり結愛ユアが世界で一番可愛いな……最強だよ!!」


 そう結論づけながらも、俺は愛する彼女との思い出に浸っていた。

 そんな折、突然愉快げに喋っていた敵共が静かになった。


「あ、彩心アヤナ様。ええと、オレたちに何か用ですか??」


 彼等の前に立ちはだかるのは、一人の黒髪清楚な少女である。

 思わず「様付け」で彼等も呼んでいたが、無理もない話だ。

 陽気なオーラを漂わせる彼等が霞んでしまうほどに美しい容姿を持っているのだから。

 男子たちの身長が170センチだが、遠目から見てもそれと同じくらいはある。

 それに、モデル顔負けの抜群なスタイルを持っているので、全く引けを取らないのだ。


「ちょっと喋り声がうるさいかなぁ〜と思って」


 滝のように流れる黒い髪を揺らしながら、少女は微笑む。

 ただ笑っているだけなのだが、微笑まれた男たちは額に汗を浮かべて、頭を思い切り下げてしまうのだ。


「「「もももも、申し訳ございませんんぃぃぃ〜〜!!」」」


 これで無理なら土下座までする覚悟が垣間見える。

 それだけ、彼等は恐れているのだ。目の前の少女に。


「私に謝られても困るんだけど?」

「ええっと……そ、それじゃあ」


 男たちは情けなかった。お互いに顔を見合わせ、どうすればいいのかと耳打ちし合うのである。それでも解決策が見つからなかったのか、何も言葉を発さずに、黙り込んでしまう。

 そんな彼等を一瞥しながら、黒髪清楚な少女は「はぁ〜」と深く溜め息を吐いた。その行動を取っただけでも、男たちの瞳は微かに歪んでしまう。どんな仕打ちを受ける羽目になるのかと。

 それから少女は腰に手を当て、お叱りの言葉を与えるのだ。


「楽しいお喋りに講じるのもいいけど、周りの目を気にしないとダメだよ」

「「「は、はい!! 彩心様!! 次からはそうしますッ!!」」」

「返事がよろしい。それじゃあ、勉強頑張ってね。応援してるぞ」


 それだけ伝えると、彼女はこの場を去っていく。

 取り残された男たちは緊張の糸が解けたのだろう。

 肩をがくりと落として、膝から崩れ落ちてしまうのであった。

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