少年の笑顔に背筋が凍る。

 この世のものとは思えない、何か違和感があった。

 「そう緊張する必要はないよ、出来る限りの範囲のことはさせてもらうしアドバイスだってするから。諦めずここから一緒に脱出しよう。イケニエさん、とでも呼べばいいかい?」

 冗談じゃない。

 脱出しよう?イケニエさん?

 訳が分からない。

 それでも今頼れるのが、この鳴神、ニャルしかいないから、信じがたいが信じるしかない。

 そのニャルのほうを見るが、楽しそうにこちらを見るばかり。

 自分の言いたいことは終わったから、あとはお好きに。とでも言いたげな顔だ。

 とりあえず、この部屋には俺とニャルとピンク髪の女性しかいない。

 この女性と交流を取らない限りは次に進めないのだろう。

 でも先に、名前だけは名乗っておきたい。

 ニャルにさんと呼ばせないためにも。

 「いや、俺はれおだ。れお、で頼む。」

 俺が先に口を開いたからか、続けて女性の方も話してくれた。

 「わ、私は、…Mii《ミー》と申します。よろしくお願いします…?」

 Miiさん。

 俺が下の名前を名乗ってしまったからか、Miiさんもそれに合わせてくれたらしい。

 「あぁ、よろしく」

 一体どんな漢字を書くのか、はたまた俺のように感じを持たないのか、そこまで知ることはできなかったが、見た目にそぐわず、礼儀正しい方なのかなと少し安心することができた。

 試しに名乗ってみたが、相変わらずニャルは沈黙を貫いている。

 ここは謎も多い。

 せっかく知っていそうな人(?)に出会えたんだ。質問を投げかけてみることにした。

 「あー。ニャル、と言ったか?1つ質問してもいいか?」

 これももはや1つの質問として数えられるが、今はそんなことを気にしている余裕はない。

 改めて考えても疑問が多すぎる。

 そういうのは1つでも解決できたほうがいいだろう。

 「はい、なんでしょう?」

 今までだんまりだったニャルがようやく口を開く。

 質問には答えてもらえるようで助かった。

 「俺たちはなんで生贄に選ばれたんだ?」

 ここはどこだ、とか、今はいつだ、とか気になることは多いけど、まず最初にこれだろ。

 なぜ俺たちが選ばれた?なぜ他の人じゃなかった?

 地球にはたくさん人がいる。地球規模じゃなかったとしても、日本規模でも他の選択肢は多い。

 何か理由があるはずだと疑っているのだが…。

 「ちょっとわからないかな」

 返ってきた答えがこれだった。

 本気で困ったような顔をしているから、ニャルにもこれは分からないのだろう。

 思ったような返事を貰えずに思考が行き詰ってしまった。


 「私も質問です…!ここって…日本、ですか?はたまた、異世界とか?!」

 そんなことを言いながらさっき確認したばかりの右ポケットからおもむろにネタ帳と鉛筆を取り出す。

 完全に流れ作業。この5年間で培われた取材技能が今ここで役に立つかもしれない。

 それにしても、自分で何を口走ったか分からない。

 人間、窮地に立たされると何も考えられなくなるというけれど。実際に今、ほぼ脳死状態。

 疲れすぎたかなんか知らないけど、まあ神様(仮)と話す機会もそうそう無いし、協力して脱出とかもっと無い。

 自分の好きな異世界関係かもしれないと思うとついやる気が出てしまう。

 最後なんてものすごく早口で話してしまった気がするから、神様(仮)が聞き取れたか、少し心配だ。

 「さあ?日本かどうかなんてどうでもいいだろう?厳正なる抽選で運良く選ばれた生贄が理不尽にも強制的に連れてこられる【始まりの部屋】だよ」

 ちゃんと聞き取れていたことにも感謝だし、思ったよりいい情報が手に入れられたことにも感謝したい。

 私たちはどうやら何かの抽選で生贄に選ばれたらしい。

 そんなことはあり得ない!なんて少し腹が立った頃、しょぼんとした顔で私をうらやましそうに見るれおさんが視界の端に入った。


 「というか、俺は荷物持ってないんだな…」

 ポケットから手のひらサイズのメモ帳と鉛筆を取り出すMiiさんを見て、俺も自分のポケットやあたりを見回すが、ここに来る前に持っていた鞄は見つからない。

 最悪だ。誰かに奪われてしまったか、どこかに落としてきたか。とにかく行方は分からない。

 「あ…生徒のテスト答案用紙あったんだが」

 ついでに俺のノートパソコンとスマホも。

 学校帰りだったから、学校関連の必要なものはすべてあの鞄の中に入っている。

 あのノーパソ、結構高かったんだぞ。わざわざ自費で買わされて…。

 そんな俺を見て、ニャルは楽しそうに笑っていた。

 その笑顔が今は余計にむかつく。

 こんなことを嘆いていても仕方ない。改めて彼女をよく見てみると、鞄のようなものは見受けられなかった。

 ポケットが多い服…というわけでもなさそうだから、持ち物は少ないのだろう。

 俺と違って家など別の場所にいるときにここに連れてこられてきたのだろうか。

 それかとても軽装備で外に出ていたときか…。

 俺もポケットにスマホを入れていたら、盗られなかっただろうか。

 「携帯はとりあえず使えないので、私が使えるのはネタ帳と鉛筆のみですね」

 持ち物を確認しようとしていたので、自発的な情報開示はありがたい。

 ネタ帳と鉛筆…だから、今彼女が握りしめているものが全てなのだろう。

 やはり携帯は使えないか…。

 それなら持っていても仕方ないな、ときちんと鞄の中にしまっていた自分を称賛する。余計な荷物が増えなくてよかった。

 「君の持ち物なんてどうでもいいだろう?」

 状況整理のために荷物の確認と情報共有をする俺たちを見て、ニャルは退屈そうに言った。

 「そうか…」

 結構有力な情報になると思ったんだが、そうでもなかったらしい。

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