だべって何が悪い(ほぼセリフ)

 四月のある月曜。その日は何も依頼のない……穏やかな日だった。部室にいるのは莉花、ただ一人である。



 こういう時間が人には必要……。春の心地よい陽気を堪能できるのは、少ししかない日から……。



 彼女がうっとりした顔で日光浴をしていると——突然、心が入ってきた。



   ♢♢♢



「コンチワー、莉花サーン」



 莉花に向かって、心がかすれた声で話しかける。声帯に空気がすり抜け、空回りするような声で。心の明るい表情がなおのこと、無理をさせているように感じるのだ。



「ごきげんよう……。その声はどうしたの?」


「ォレですか? ちょっと声やられちゃって」



 やっぱり風邪じゃない……。心は笑い流そうとしているけど、私としては見過ごせないわ。こういうのが一番厄介だって、気づいていないのかしら。移さないでほしいわ……えーんがちょ。



「あらあら、風邪なら今日は帰んなさいよ」




「いや、そうじゃなくて……友達とカラオケでハッスルしてたからなんす!」



 心がマイクを持つようにしながら、歌うポーズを取る。気分は歌姫、オーディエンスは……。私以外と遊びに行くなんて、やっぱり友達が多いのかしら。別に妬いてはいないけど、私以外に遊ぶ相手がいるのはいいご身分ね。


 ……私にはいないのに。



「……あぁ、そう」




「歌声ってやっぱり作らなきゃじゃないですか。やっぱり『エンジェル』と『レディオ』でバキバキにやられちまいました。裏声ってほどじゃないんですけどぉ」



「へぇ……」



 知らない曲だわ……。昔のヒットソングとかテレビで聞いた――ような。でも知ったかぶりは恥ずかしいから、言わないでおきましょう。




「ちなみに莉花さんは何歌うんですか? 参考までに」



「えっ……?」



 この流れで自分に質問が来ると思っていなかったわ。……しかしこの街部莉花は、隙をみせてはいけない。ポカン顔をしてもいけない。そもそも、カラオケに行ったことがないのだから……無難に……当たり障りのない話をね……。



「私は……行ったことないわ」



 うん。う~ん……。コレは一番ダメな答え方じゃないかしら……?




「へぇ~。じゃあ何の邦楽を聞くんですか?」



 粘り強く話しかけてくれるのは……ありがたい。でもこれ以上、話を広げられないの。頼むから、もうそっとして欲しいわ……!



「お昼の校内放送でしか聞かないからねぇ……」




「そんな変人……初めて出会いましたよ!」



 本当のこと、だから言ったの。悪い? 何か私が悪いこと言ったかしら?



 無理に合わせることはしちゃいけないわ。相手に失礼だし、何より同調するのが好きじゃないのよ。……レパートリーが少ないのは自覚しているけど、誰かに咎められる筋合いはないわ。




「今のちゅーがくせいなら、『サクラ』とか『カナ』とか言いそうですけどね!」



(うーん……)

 こういう時の一言に困るのよねぇ。なんでわざわざ例を出してくるのよ……。知らないったら知らないのに。



「はぁ。今度調べてみるわよ……」



 実のところ、洋学はかなり聞くわ。だけど好きなジャンルが合うとは限らないの。心は以前、洋学が好きだと言っていたけどね……。お互いが知らないミュージシャンを話題に出したところで、会話が進展するわけがない。




「ちなみに私は『ミスター』とか『フォー』とかですねぇ~。邦楽も洋楽も、昔の方がスッと入って」



 なるほどねぇ、知らない。だから話を広げらんないわ。




「それなら今度行きましょうよ! いい経験になりますよ!」



 すごい気を遣ってくれているけど……なんかイヤだわ。自分の時間が減るのは苦痛だし。そこまで仲良くないと思うの。……一人でいても何もしないけど、ソレはソレよ。



「ヒトに歌聞かれるなんて……むしずが走るわ」




「え~! も・し・か・し・て……歌を歌ったことないんですかぁ~? 女の子なんて風呂場を武道館にしてライブしそうなもんですけどねぇ~? 人前で歌えないと可愛げがないというか、何というかぁ~」



 食い下がってくるわね……なぜ人に歌わせようとするのかしら。もしかして見世物にでもするつもり? それとも友人に頼まれたのかしら。今度は、あの美人でステキな先輩を連れてこいなんて。




「私はほら。ママがいるから」



「あぁ……うん?」



「……まぁまぁの確率で母親がいてね」




「あぁそうっすか。私は両親がいないんで歌い放題! だから練習しまくって、昨日は初お披露目でしたよ!!」



 これで威厳は保たれた。お母さんに甘えているわけじゃないけど、なんか急に呼び方を変えるのは……むずがゆくてね。




「――というか土日は何してたんですか?」



(来たッ……!)

 これが私にとって一番イヤな質問……。クラスメイトに聞かれても、寝たフリをして逃げてきた。だけど今週は友梨さんに会ったわ! これが使えるのは大きい……!




「土曜の午前……『フレンズ』に行ったわ」



 よし、クリア。




「へぇ~! いいですね! その後は?」



「うん?」



「その後は――なにを?」



 何であなたは人のプライベートを探りに来るのよ! あなたは何、探偵なの!? こういうのは順序だてるのが、正しい距離の詰め方ってモンじゃないのかしら!




「……その後は、ずっと寝てたわね」



「えぇ! 土日ずっと!?」



 なにもおかしくない。本当のコトを言っただけ。本当にやっていたことは、椅子に座ってぼーっと寝ていた。というか、なんで寝るだけで驚かれるのかしら……?




「私は……寝なきゃやってらんないから」



「へぇ……変なの」



 うるさいわね……勝手に幻滅しないでくださる!? 




「まぁいいや、とにかく今度行きましょうよ! やっぱり歌うのって一種のコミュニケーションだと思っててぇ!」



「私はイヤよ。『フレンズ』が限界だわ」



「えぇ~ツレないなぁ。それでも先輩ですか? ただの引きこもりじゃないですか!」



「残念そうね」



「ふぅ~ん、別にぃ~」



 心には悪いコトをした……本当は行ってみるのも悪くないと思うの。カラオケで親睦を深めることが。クラスメイトと自転車で遊びに出かけたり、買い食いしたり、どっか園とかに行くことが……。




 でも、そんなことにうつつを抜かしている場合じゃない。もうすぐ全てをひっくり返すことが起こると思うの。表面だけの友人関係を厚くしたところで、深層までは届かない。




 私のコトを本当に理解してくれる人が現れるまで…………!

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