第9話:落とし方を知れ!

「オレたち……共同戦線を張らねぇか!」



 平日の昼間、莉花と心は「フレンズ」に集められた。学校なんて知らん、早退して来いと。


「普通……依頼者がこっちの都合に合わせません?」


「大目に見てほしいわ……半分ボランティアだから……」


 探偵たちは文句を垂れながら、定席につく。だが肝心の依頼者がいないのだ。十分後、ようやく来たかと思えば……開口一番に意味不明な言葉を投げつけられた。



「もう一度言う……共同戦線を張るんだよ!!」




【戸人 次女:木場緑】




 依頼主は、不良警官の木葉緑。

 彼女は二人の前に座るや否や、テーブルを強くたたいた。まるで圧の強い取り調べのように。だが怪しい挙動をしているのは警察の方——という何とも不思議な光景が広がっていたのだ。


「えっ……大丈夫……?」

 店内がざわめき、女性客が一斉に振り向いた。傍から見れば、ここの名物客がイジメられているのだ。助けなければ、「フレンズ」の平和が危ういと。しかし彼女らはすぐ別のことに夢中になる……。


「イ……イケメンだわ!!」

 緑のスタイルの良さに、ついつい目を奪われてしまった。スレンダーな体つき、凛々しい横顔、色っぽい腰つきに誘われて。毛穴一つ取っても、同じ人間か怪しく思える。つきたてお餅のような彼女の柔肌は、凹凸だらけの男性陣には出せないだろう。



 同性ながらも……いや同性だからこそ、プリンスのような華やかさに惹かれてしまうのだ。



「あの……ちょっと出てってくんない?」

 緑はばつが悪そうに、手で追い払う素振りを見せた。頬をほんのり赤く染め、尻を片手で隠しながら。緑への賞賛が、知らず知らずのうちに漏れ聞こえていたのだ。客たちは気恥ずかしそうに、そそくさと出ていく。


(やはり不良ね……)

 莉花は目を覆いながら大きな溜息をついた。



   ♢♢♢



「……失礼。今回、お前たちに依頼したいのはコイツらの無力化だ」


 咳払いをした緑は、一枚の写真をテーブルに置く。そこには時代錯誤も甚だしい、白い特攻服を着た二人の少女が。



「あら、カワイイ……」


「この人、すんごい露出……」


 低身長の少女は胸にサラシを巻き、上着を羽織っただけの格好。高身長の少女はボタンを首元まで閉め、ロングタイトスカートを履いた格好……いわゆる「スケバン」の服装である。もし写真が色褪せていたならば、昭和に撮られたと言われても信じられるだろう。



(なんだこのな服は! 河川敷に落ちてる、やっすいポルノ雑誌から出てきたヤンキーかよ! というかこいつら、バイ~ンは出さず、スラぁは出してんじゃん。普通、逆でしょ!!)


 この前時代的な風貌に、心は思わず苦笑い。




「このちっこいのが斗落 玲那とらく れな。百四十センチの高校二年生だ。ちと子どもっぽいが、抜き身のナイフのように喧嘩っ早い。低身長を貶したヤンキーが数人、コイツにボコされてる……」



 今一度二人が目を落とすと、ポニーテールを揺らしている小柄の少女を認識した。これが玲那だと。彼女は羽織った上着をなびかせ、自信ありげに腕を組んでいる。


(見た目以上に……大人なのね)

 一見、玲那は人形のように見える。だが眉間に寄った皺によって、幼さが完全に消え失せていたのだ。




「二人目が天井 夕雅てんじょう ゆか。こいつも高二だが、百六十近くある。意外にも臆病者らしい――が相棒を貶された瞬間、全てを破壊しようとするほど自棄を起こす……」



 写真には玲那の背中に隠れるよう、両肩に手を置く夕雅の姿があった。明るい茶色のベリーショート、ヤンキーとは思えない自信なさそうな顔をしているのである。


(な~んか、そぼく……田舎娘って感じ)

 彼女のことを心は、特徴のない影の薄いやつだと捉えていた。初見では背景として認識していたため。玲那の腰ぎんちゃくではないかと勘繰っていたのだ。




「以上……しっかりと覚えてくれ」


 説明を終わらせようとする緑へ、探偵たちは目で問いかけた。共同戦線とは何なのかと。極悪人のような言い方をする割に、可愛いげのある少女たちが写っているではないかと。それでも話を駆け足で進めようとする――緑の態度に、口を挟めずじまい。



「……いい加減、何すんのか教えてくださいよ」


 とうとう、心が尋ねた。回り道をする緑の物言いに、心底うんざりしていたのである。適当そうに頭の後ろで手を組んでいるが、その目は半ば軽蔑を含んでいた。


「……そーだな」

 緑は一度目を閉じた後、神妙な面持ちで心を見た。突然走った緊張に面食らい、心は思わず固唾をのむ。




「だが、写真を見た方が早ぇ」


 緑は写真を二枚、胸ポケットから取り出し、莉花と心の眼前に突き出した。視線が手元に集まる。二人が目を凝らすと――


「あぁ…………」

 見る見るうちに顔が曇り始める。




「なんなんですか! このグロ写真は!!」



 莉花は目を大きく見開き、写真を凝視している。だが心は目を背けてしまった。



「おぇぇっ!」


 そこには大量の女子生徒たちがグラウンドで倒れ込んでいたのだ。スクールカースト上位勢によく見られる、ド派手なセーラー服が赤黒く染まっていて。喧嘩でも起こったのかと推測できる光景……。なのだが、単純な殴り合いではありえない負傷をしていたのだ。


(ぐちゃぐちゃなんてもんじゃねぇ……おもちゃ箱に入れられた人形みてぇに関節がバラバラじゃねぇか!)



 手や足が可動域を越えた方向にひん曲がり、骨が肉を突き出しているのもちらほら。まるで上から思い切り叩きつけられたかのようである。



「まったく……これで拒否反応を起こしてどうすんだい」



 二の句が継げない探偵たちをよそに、緑はため息をつくと――こなれた動作で写真をずらした。


「そして、次は昨日起きた写真だからな――」




「しっっっかりと、目に焼き付けろ」


 二枚目の写真には、教室の黒板にめり込んでいる三人の男性が写っていた。黒板は大きくへこみ、破片がいたるとこに飛び散っている始末。スーツを着た二人は、気を失っているだけのように見える。……が、残りの一人だけは当たりどころが悪かった――。



「ぶった斬れてんじゃねぇか……!!」



 なんと黒板の粉受けが手首を貫いて、皮一枚でつながっている状態なのだ。



「ぐぅっ……!」

 心はそれを指の間から見ると、痛みに共感して悶えてしまった。自分のことのように、手首を押さえて。ヒトの内部はテレビでも見たことがない。だが食い込んだ骨とねじ切れた筋は、脳へダイレクトに苦痛を教えてくれる。



「わかった……わかったから! もう下げてくださいよっ!!」



  ♢♢♢



 ――どれくらい時間が経っただろうか。今なお現実の出来事だと理解できない二人に、緑は言葉を続けた。



「見ての通りこいつらは……正真正銘のイカレ野郎だ。本来ならばオレたち警察が捕まえなきゃならなねぇ。だがお生憎様……警察としてはお手上げ状態だ」



 緑は歯を食いしばったまま、真剣なまな差しを向けた。だからお前たちに頼んでいるんだと。言葉には出さないが、目で訴えかけているのだ。


「……んで、ちょっと待ってよ」

 するとどんな事件にも首を突っ込む心が、異を唱えた。緑から顔をそらし、テーブルに視線を落としたままではあるが。野次馬のような好奇心なぞ、本物の事件の前では無力なのだ。




「なんで私たちが……? 他に適任がいるでしょうに……。たかが中学生が出る幕じゃないって……。もしかして捨て駒にするつもり……?」



 緑は答えず、無言で心を見据える。


「答えねぇか……そうだよな」

 その沈黙を肯定と捉えた心は、内臓が震えるほどの怒りを感じた。今にも飛びかかりそうになったため、固く握りしめた拳を抑え込みながら。



(なぜ私たちを頼ったのか……アイツも町のヤツらと同じなんだ……!)


 彼女の指摘は至極真っ当なものである。実際、不良による傷害事件は、中学生が関与すべき問題ではない。にもかかわらず、警察官が機密を破って依頼をしている。しかも戦闘向きの掌枯れを持っていない探偵たちへと。この状況が異常なことは、目に見えているのだ。




「……じゃあどうして! なんも関係のない私たちが! そいつらなんかと! 戦わなきゃならねぇんだよ!!」




 心の言葉により、空気が凍りついた。それは彼女らがいる卓だけでなく、「フレンズ」全体を。




(大人には分からんかもしれねぇが……。誰もが「はい、そうですか」と言うほど、私はバカじゃねぇんだよ!)



 ドラマでよく見る探偵は、しょせん虚構の存在だ。警察と協力をするという事態は現実ではありえない。未成年が協力するとなると、なおさらである。


(この際だから……私たち屠顔人をまとめて排除しようとしてるんじゃねぇか……?)

 心はとびきりの殺意を緑に向けようとしている。話が決裂したときのための、準備を。非番なら公務執行妨害にならない。しかし傷害罪にもしてはいけない。ここにいるのが一人なら。



「なんとか言ったらどうなんだ!」


 すると今まで黙っていた莉花が、初めて口を開く。




「普通なら……屠顔人であることを隠す人々が多い。だけど私たちは積極的にストレンジャーの調査・保護を目的としているわ……。だからこそ、白羽の矢が立ったのでは?」



 莉花は優しい笑顔で心へ語り掛けると、緑に向かってアイコンタクトを取る。緑は頭を搔きむしりながら、言葉を紡いだ。真剣なのは心だけなのか、緑は気だるそうにしているのだ。



「……実は一葵イチにも打診したんだが、どぉ……しても! 出張で参加できねぇって言われててなぁ――」


「オホン!」

 莉花はなかなか素直にならない緑を睨みつける。


「はぁ……」

 緑は一呼吸置き、やむなしと二人へ向き直った。




「オレは警察。市民を守ることが義務であり、掌枯れを悪用するやつを絶対に許さねぇ。しかし屠顔人を野放しにすると、今度は町のバカどもに殺されちまう! 本人だけでなく、掌枯れを見た、知った、聞いた……関わった全ての人がだ! そんな負の連鎖を……オレは放っておけねぇんだよ……!」




 そう言い放つと、緑はすっくと立ち上がった。そっぽを向き続けている心を見つめながら。できるだけ見下ろすような顔をしないように。



「頼む……この町を救うと思って協力してくれないか」


 緑が深々とお辞儀をする。表情を確認できないのが、ツラい。ここまでくれば、両者の根比べだ。




「――その言い方、ほんとズルいですよ」


 心は小さく呟いた。その言葉には、多少の軽蔑や怒りが混ざっていたのだ。


(これは諦めた方がいいかもな)

 緑はゆっくりと頭を上げる。どうせいつまでも目を背けているつもりだろうと、ため息をつきながら。しかし彼女が見た心は、予想に反して真剣に見つめてくる姿だった。




「だけど納得はしました。私を……莉花さんを護れるならば――、私はそれを信じます」


 心は緑から目を離さない。が、たった今分かったのだ。その覚悟をしかと受け取り、緑は深く頷いた。言葉には出さずとも、心と緑の意思が通じ合ったのである。



  ♢♢♢



「……ありがとう、では作戦を説明する」


 緑は再び腰を下ろすと、町内地図をテーブルに広げた。国土地理院刊行、二万五千分一地形図だ。



「まずはターゲットの整理だ。斗落玲那と天井夕雅。彼女たちは共に高校二年生で、もちろん屠顔人。そして……二人は史上最強のコンビという噂がある」


(むっ……!)

 その言葉を聞いて、心の身体が反応する。


「私たちを差し置いて『最強のコンビ』だなんて……井の中の蛙ですねぇ」

 心は皮肉を込めた笑顔で、両手を広げて見せた。莉花はそれには答えず、口を隠しながら笑っている。



「真偽はさておき。一枚目の事件発生時、二人が同じ空間にいたことが証言されている……。だからこそ、二人を別々かつ同時に無力化しなきゃならねぇと」

 緑が犀門高校と木犀神社に丸をつけ、マッキーで叩きながら場所を指した。地図上では、犀門高校から見て南西方向に木犀神社がある。



「スタートは犀高……ここから神社までおびき寄せるため、ニセの果たし状を机に忍ばせておいた。『おめーらが病院送りにしたダチの敵討ちだ、十七時に木犀神社へ来いよ』っつう内容だ。好戦的なアイツらのこと……決闘の場所へ行こうとするだろ?」


 心は首をかしげながら、莉花へ耳打ちする。

「そういうモンなんですか?」


 莉花もまた、疑問符を頭に浮かべていた。

「さぁね……頭まで筋肉じゃないから分からないわ」

 



「そこでだ。オレが単独行動をさせるよう仕向けるから、その隙を見計らって天井を攫え! お前の掌枯れを信じてるからな」



「私の顔隠屍ライク・ア・シュラウドを信用してくれるのは……嬉しいわね」

 莉花がはにかむと、緑は犀門中学校に丸を付けた。高校からの道のりを示すために。犀門神社とは真逆で、中学校へ行くには北東方面に直進する必要がある。



「神社から犀中までは――歩いて六十分はかかる。だから同時に戦えば、お仲間の方へ行くことは不可能。オレが斗落と神社でバトるから、天井はお前たちに任せたぞ!」


(これは……ありがてぇ!)

 この対戦カードに、心は少なからず納得していた。



(斗落玲那はナチュラルに危険人物っぽい……だからクソ警官が戦うのは理解できる。そして天井夕雅は……大人しいし気弱そうだし。まっ、安全に勝利できんだろ)


 しかも戦闘場所は、勝手知った中学の敷地内である。地形的な有利もあり、心は一段とやる気が湧いた。




「ただ……不測の事態が起こった場合、お前たちを助けに行くには時間がかかっちまう。もし無理な場合は——」



「いえ……私たちは必ず勝ちますわ。そうでしょう、心?」


 もう十分だ、と莉花が頭を下げた後、心へ目線を向けた。それに応えるかのように、心は力強く頷いた。


「……頼もしいな。流石はイチの教え子だ」

 緑は独り言のように呟く――。



  ♢♢♢



「ともかく! 敵の能力が未知数なのは変わらない! だから掌枯れの推理だけは決して間違えんじゃねーぞ! かなりお粗末な作戦だけどよ……気を引き締めていくぞ!」


(はぁ……必ず守ってやるよ!)

 緑の号令に、莉花と心は姿勢を正す。ここまで団結力が強まったのは初めてではないか、と心は感じていた。



(オレのも準備が必要だな……)

 探偵たち以上に、緑は気合を入れ直す。これが後に探偵部を揺るがす事件の契機になるとは誰もが……莉花でさえも気付いていなかった。

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