だべって何が悪い(ほぼセリフ)

 探偵部の部室にて、莉花と心が向かい合わせで座っていた時のこと。心が片肘をつきながら、莉花に話しかけた。


「莉花さん、ちょっと聞いて欲しいことがあってですね」



「何よ改まっちゃって」


 心の真剣な表情にあてられ、莉花も姿勢を正す。



「頭がおかしいと思われるかもですけど、どうも納得できないことがあって——」




「昨日、深夜アニメを観たんですけどね」



「…………へぇ」


 瞬間、莉花は感情が冷めていくように感じた。

 例えるならば「ライトノベルを隠れて読むクラスメイト」を見るような目をしている。全てのコンテンツをエロに変換している莉花にとって、心は二次元の裸体にしか興味ないヤツなのでは、と考えてしまったのだ。



「いや、いつもじゃないんですよ! たまたま、たまたま眠れなくて。テレビを付けたらやっていたんですよ! よくあるでしょ!」



「よくあるかは……分からないわ」

 ムキになって興奮する心から、莉花は目をそらす。



「まぁとにかく! そのたまたま観たアニメのコトなんですよ!!」


「いいから教えなさいよ」

 一瞬、心の目が輝いた。話したくてもどかしかったことが全身から、伝わる。



「その名もですね……準備はいいですか? ずばり、『アーティ・はぴねす』っていう作品なんです!!」



   ♢♢♢



「……どんな話なの?」



 モロ美少女アニメ風な名前が飛び出し、室内が静まりかえる。



「どんな話か……うーん。美術学校に通うJKが主人公なんですけど、入学初日に出会った金持ちヒロインに一目ぼれしちゃって。友人や妹たちと楽しい生活を送りながら、あの手この手でヒロインと結ばれようとする話……かな?」


 心が語彙力を最大限に駆使して、あらすじを説明した。何か都合の悪いことを話さないよう、言葉を選ぶように。



「なにそれ。成年向けなの?」

 ……莉花としてはその説明自体でアウトだったが。



「いやいや! エロなしの日常系ですよ! もちろん、主人公も巨乳で——」


「Oops……」

 莉花は唇を強く閉じた。




「まぁ、深夜だからいいじゃないですか。そんで、このヒロイン。学校で一番の美人って設定なんですよ……。スマホ借りますね」

 心はスマートフォンの画面を莉花に見せつける。そこに映し出されたのは、メリハリのついた白い肌……全体的に小ぶりな顔……。莉花はゲテモノでも見るような目になり、釘付けになってしまう。



「ゴリゴリの美少女じゃない……フトモモも扇情的に……わたしみた――」


「美少女系はそんなもんですよ。で、続いてクラスメイトと主人公」



 続いて画面いっぱいに現れた……胸と尻!



「主人公のデカっ……。骨格的にシリコン入ってるわよね?」


 莉花の瞳に映るのは爆乳主人公に、清楚系ヒロイン、派手髪クラスメイト……。彼女たちには性的嗜好という名の装飾が満遍なくほどこされ、人間とは思えない魔改造っぷり。


「くそっ……」

 現実では到底考えられない容姿。にもかかわらず、莉花は恨めしく思った。最初から勝てない勝負を仕掛けられたように感じたのである。




「――んで、コイツらがどうしたの?」


 すると、心はその言葉に幻滅したように、大きくため息をついた。




「ヤレヤレ……これだから素人は……。まだ分かんないんですか?」



「は?」


 莉花の瞳孔が開くより先に、心は握りこぶしを突き上げた。




「答えはズバリ…………主人公、ヒロイン、クラスメイト——全員が可愛すぎるってことですよ!!!」



   ♢♢♢



「ごめんなさい、あなたがオタクだと知らないで。そりゃこんな部活に入ろうとするわよね。一昔前の中二病みたいに」


 莉花はおもんばかるような口調で、心に語り掛けた。ありがとう、自分の心情を素直に語ってくれて……と。



「謝んな! そ~ゆうのじゃないんですよ!」

 莉花の対応に不服だと、心は頬を膨らませた。



「ヒロインがもてはやされて……クラスメイトがモテない意味が分からないってことですよ!!」


 心は熱がこもったように、捲し立てる。莉花を置いてけぼりにして。



「まぁ作画が同じなんで、絵柄が似るのは百歩譲ってですよ。でも街行く人まで美化されたら疑っちゃうんです……アニメ世界の美的水準を!」



 息を切らす心に呆れて、莉花は首をかしげる。

「頭~おかしいの?」


 心は音量のボタンが壊れたように、大声で反論した。

「正・常です!」




「よく分からないけど、できる限り寄り添ってみるわ。つまり――クラスメイトも割とイケるんじゃないか……そういうことね?」



「現実にいたら、声かけてます」

 心は莉花から目線を外さず、食い気味に答えた。


「あそ……」

 莉花は頭を押さえながら、目をつぶる。大真面目に答える心を見たことで。彼女が女性で本当に良かった、と。




「話を戻して……クラスメイトの顔がこの世界の基準だとするとですね。三次元にした時、疑問が残るんですよぉ!!」



 心は必死そうに訴える。だが、莉花は既に興味を失っている。形式的に反応するのみで。彼女らのテンションは天と地の差。


「……それって?」



「現実にいた場合、あまりカワイくない」

 心はしょぼくれたように、ため息をついた。




「バトル漫画系だと、登場人物の年齢層が幅広いんです。大勢のモブをフツ顔かブサ顔にすることで、主要キャラの美麗さが際立つ……でも日常系アニメは状況が違います! 全てのキャラが女子・アンド・高校生・アンド・カワイイなんですよぉ!」


「作品内で『あの子は宇宙一のアイドルなのよ!』なんてセリフがあっても、『そこら中に同じような女がいるじゃん!』ってツッコミたくなるんです!!」


「その顔が基準顔になるとねぇ……どうなるか分かるぅ!? その子たちが仮に私たちのいる三次元世界に来た場合! 仮の話ね! そうなったら……あの子たちは、イモくてパッとしない路傍の石ころみたいな女になっちゃうの! 現実世界のファッキン・クソ・スタンダードに合わせられて!!!」



 心は机をリズミカルに叩きながら、熱弁をふるった。飛沫をまき散らしながら、さながら選挙演説のように。

 莉花はその言い分を理解しようと心掛けているが、やはりダメ。オタクという名の深淵には辿り着かず。つい面倒くさいと、投げやりになってしまう。



「……じゃあ、普通の男たちも出せばいいってこと?」



「それはイヤです。カワイイ女の子が見たいのに、出たら萎えます」



「あっ……そ」



 懸命に食らいつこうとする莉花だが、真顔の心に突っぱねられてしまった。


「まぁ、いい考え方だと思うわ」

 彼女はスマートフォンをいじり始める。話にならん、もうお手上げだと。




「無理を押しつけているのは……まぁ分かります。でも私は、物語のワールド自体が気になっちゃうんですよぉ!!」

 心はお構いなしに、勝手にヒートアップする始末である。彼女は相談相手というより、言葉の吐き出し相手を求めているのだ。



「へぇ……アホね」




「ちなみに昨日は気になりすぎて、まったく眠れませんでした」


「どうりで……ちなみにあなたは誰が好きなの?」




「わたしぃ!? 私ですか! そうですねぇ~『アティ・はぴ』だったら、当然ヒロインですね! 一見飄々としていながら、その胸の内は嫉妬で埋め尽くされている……そんなギャップがたまりません!」


「……巨乳派じゃないの?」




「いやいや~私って二次元はムリなんですよ〜。『お前より顔がいいんだからな』って感じで~。上から目線されている気がしてですねぇ~」


「意味が分からないわ……」




「多分このままだと、聖地秋葉原アキバにも行けません」


「物理的に無理でしょ……」



「あっ」



 ――莉花はここで、ふと気が付いた。理不尽を押し付けようとする心が、自ら地雷を踏んでいることに。




「日常的にアニメを鑑賞してるんなら……心はやっぱりキモいオタクじゃない? 観て観ぬフリなんて、隠し事してるみたいで恥ずかしぃわぁ〜。私のこともエロい目で見てるんじゃないの~?」




「……へぇっ?」



 莉花の言葉が、心を正気に戻した。熱が冷めたにもかかわらず、頬が真っ赤になる。とろけていた頭が急に冴え渡ってしまう。ぼんやりしたままの方が、幸せだった……。




「いやっ、そのぉっ……今までのナシで!!!」

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