第12話:落ち方を知れ!!
時刻は午後四時。
玲那と夕雅は、職員室へ入ろうとするところを呼び止められた。
「どうもこんにちは。私、犀門警察署勤務の木葉と申します。 天井夕雅さん……で間違いありませんか?」
緑はそのまま形式ぶったお辞儀をする。穏やかな笑顔を崩さずに。どこか他人と壁を作っているような彼女らに向かって。
「すみません、急なお呼び立てをしてしまって」
緑は無言を貫こうとする二人に、再び話しかけた。
(アタシたち、なんも悪いことしてないぞ……)
玲那は少し渋い顔をした。週に一回はされる、職務質問と似た流れを感じて。一方、夕雅は警察という存在に驚き、咄嗟に相棒の後ろに隠れた。何も疚しいことはないのだが。
「ほぉんとに、けーさつぅ? なら手帳見せてよ」
玲那は訝しげな顔でガンを飛ばした。なぜ警察が訪ねて来たのか、思案しながら。緑は慣れた手つきで警察手帳を取り出し、二人に提示する。子どもの威嚇など、気に留めないとばかりに。
「どうぞご確認してください」
どこか上から目線な警察官にイライラしつつ、玲那は一瞬だけ警察手帳に目を落とした。が、すぐに緑を睨み、言葉を続ける。そんなものには興味ない、と。
「まぁ、それで? ケーサツがアタシたちに何用?」
玲那は腕組みをしながら顔を見上げ、堂々とふんぞり返った。後ろの相棒を見せないよう、できるだけ体の面積を大きくして。
夕雅は後ろから恐る恐る顔をのぞかせた。他人とのお話しは苦手だが、できるだけ相手の顔を見ようとして。小さな体に隠れているため、頭とお尻がはみ出ているが。
「話したいのは山々ですが、ここは人が多い……。そうだ! 学校に許可は得ているので、応接室でお話ししましょう!」
緑は玲那の返答を待つこともなく、独り合点して話を進めてしまう。そのまま職員室の一つ隣の部屋へ、先に足を踏み入れたのだ。
(このままだと埒が開かない……か。夕雅の潔白を示さなきゃ)
二人は警戒心を強めながらも、中から手招きをする緑に応じるのである。
三人が入ったのは校長室――とセットにされている応接室だ。殺風景な室内には、ローテーブルを中心としてソファが向かい合わせに配置されている。
一人掛けのソファに緑が腰を下ろす。それに合わせて玲那たちは三人掛けのソファに座った。
(さぁ……何するつもりだ……?)
緑はアイスブレイクもせずに、いきなり話題を切り出したのだ。
「さっそく本題に入ります。おとといの傷害事件について、夕雅さんに折り入ってお伺いしたいことがありまして……。今回お呼び立ていたしました」
玲那たちは顔をこわばらせる。なにか自分たちに不都合な事態が生じたのではないか、と。
(何を言ったらいいかわかんない……でも夕雅を助けなきゃ!)
玲那は口を滑らせてしまいそうで、黙りこくってしまう。
掌枯れという力は、一般的に世間から認知されない。起こした結果だけを現実にもたらし、過程を見せることはないのである。しかしそれも能力次第。予期せず能力者だと暴かれ、衆人環視の下に晒される……ことだけは、屠顔人として絶対に避けなければならないのだ。
「……おととい。……交番で全て話しました。その時に、私たちの正当防衛は認められたはず……ですよね……?」
夕雅は蚊のなくような小さな声を何とか絞り出した。冷や汗が頬から首、背中へと流れ落ち、肝が冷える。彼女たちは緑の顔をどうしても直視できないのだ。
(頼む……話を終わらせてやってくれ……!)
イキがりながら座った玲那と、終始姿勢を正している夕雅。それぞれの背中が少し丸くなったのを、緑は見逃さないかった。この話題は二人にとって触れられたくないものだと。それでも彼女は二人の顔を直視したままで。問い掛けを止めるつもりはさらさらない。
「確かに……あなたの正当防衛は認められています。ですが加害者の罪を確定させるため、どうしてもお伺い――」
緑はハナから事件の全貌について把握している。そのためこの質問は、意味をなさない。しかし自身の本当の目的のために、とことん食い下がる。
「いい加減にしろ!」
玲那は緑の態度に声を荒らげた。相変わらず俯いたままだが。テーブルの下では拳を固く握りしめている。
「もうこれ以上……夕雅に嫌なことを思い出させるなよ! これは、アレ、アレだよ……任意だろ? なら、アタシたちが答える義理はないはずだ!」
玲那は小刻みに震えながら叫ぶ。この発言は夕雅を守るためだと、緑は捉えた。それは半分正解だ。もう半分は、トラウマを掘り起こされたくないという自分自身を守るための発言である。
(あのことを思い出したら……もう耐えられない!)
今の玲那には精神的な脆さがあった。いくら強がった態度を見せても、わずかな綻びから弱さが出てきてしまう。それほどまで、心についた傷は深い。誰にも——たとえ彼女の両親でさえ、気持ちを汲取れやしないだろう。
「確かに……あの時は親身になってくれた。だがここからはアンタらの仕事だろ! もうこれ以上! 夕雅を困らせるのはアタシが許さねぇ!」
緑は表情を崩さず、ただ待った。玲那が思いの丈を解き放ち、空っぽになるのを。全てを受け止めたうえでも、この質問をしなければならない。話りかけるタイミングを見極めるため、静かに玲那を見据える。
「ハァ……ハァ……どうだ……」
玲那の息がきれた。それとともに緑が真剣な表情で口を開く。口撃が終わりノーガード、今がチャンスだと。
「失礼な質問をしてしまい申し訳ありません。しかしこれはあなた方だけでなく、この町に住むか弱き女性を助けることにも繋がります」
その言葉に体を反応させる夕雅を見て、緑の目の奥が光った。自分がこざかしい立ち回りをしていることは百も承知として。畳み掛けるには今しかないと。
「もしかしたら……あの犯罪者の被害に遭われた方が他にもいるかもしれません! 泣き寝入りし、今も苦しんでいる方が……。全ての人間が、あなた方のように強くはないのです……。
どうか確実な法の裁きを受けさせるため、ご協力していただけませんか?」
玲那はその返答に困り、しどろもどろになっていた。独りよがりで拒否しようとしている自分と、多くの女性を救おうとする目の前の警察官……。どちらが立派な志を持っているかは自分が一番理解していた。
(だけどぉ……! 無理なもんは無理なんだよぉ……)
玲那の頭はグルグルして、思考がまとまらない。
「……私、協力する」
彼女の横で、不意に夕雅が口を開いた。
(夕雅……?)
玲那は驚きとともに、心臓が締め付けられる思いがした。夕雅はいつも何かに緊張して自分の陰に隠れている。そんな彼女が、心の傷を押し込んで一歩を踏み出したのだ。
(い、いやだ……そんなことを!)
慌てて相棒へ体を向け、両手を包み込むように強く握る。
「ゆかぁ……! ……そんなことしなくていい! そんな、そんな嫌な思い……」
玲那は目を潤ませながら、掴んだ両手を見つめていた。目を見ることはできない。そこには自分の知っている相棒ではなく。大人として精神的な成長を遂げた天井夕雅がいるからである。いまだ子どもの自分は、とてもじゃないが顔向けできない。恥ずかしすぎて無理なのだ。
「私なんかよりも……れなが何倍も、何倍もつらかった……とても怖かったよね……」
夕雅が優しく語り掛ける。無理して顔をのぞき込もうとせず、手を握り返すだけにとどめて。
(アタシがこの目をみるなんて……そんな資格はない……!)
わが身かわいさに、夕雅を心配するフリをしている。一方、相棒は自分のことだけを思っていて。そのギャップが玲那をさらに苦しめる。
「……だからその痛みと同じ分、自分も背負って……二度と起きないように……! 私が一番大切にしている人に……こんなことをしたやつに! 罰を食らわせてやるんだ……」
夕雅は包まれた両手を持ち上げた。相棒との目線を合わせようとするために。もう自分を解放してほしいと。
「これは私にしかできない、れなを守る方法だから!」
夕雅に圧倒され、言葉に詰まる玲那だった。だが彼女は満たされている。本心を見透かされた恥ずかしさはもうない。自分の背中を預ける人が、こんなにも頼れる存在だと改めて実感したのだ。
「だから、れなは先に行って。もう誰にも……私にも、傷ついてほしくないから」
玲那は黙ったまま力強く頷くと、胸に抱き寄せた。夕雅はなされるがまま、彼女に身を委ねる。
「何かあったら連絡してな! すぐに迎えに行くから!」
そう伝えると、さらに強く抱きしめたのだ。
玲那が応接室のドアノブに手をかける。だがすぐには力を入れられなかった。少しだけ心のモヤモヤを感じてしまって。
「……木葉さん……わるかったよ。邪魔しちゃって……」
玲那は詫びる。最後まで目線を緑へ向けられない様子で。その気持ちをおもんばかってか、緑は背中を押すよう語りかけた。
「『女は気高くあれ!』……私の好きな言葉です。そして……私の信条にしている言葉でもあります。
あなた方はそれを体現している人だ。同じ人間……女性として誇りに思います」
緑が朗らかに答えると、玲那は振り向かずに出ていった。
(ここで二手に分かれるとは……ツイてる)
「さぁ、ここからの話であなたの対応が変わることはありません! 正直に……ありのまま状況を説明していただきたいのです——」
部屋の中から話し声が漏れ聞こえる。
(密室に二人だけ……変なことは聞かれてないか?)
玲那は少し聞き耳を立てた。けれども、すぐに立ち去ったのだ。信頼して送り出してくれた夕雅に申し訳ないと。
(早めに喧嘩を終わらせて、ちょっぴり高いケーキ屋さんへ行こうっと! 夕雅と約束してたやつ!)
玲那は胸を弾ませ、スキップしながら廊下を渡ったのだ。
——同刻、犀門高校げた箱にて。
「あっ! 二回目の電話、ついにきましたね!」
心が嬉々として莉花に話しかける。どこかそわそわが止まらない様子だが、それもそのはず。二人は昇降口で一時間以上も待ちぼうけを食らっていたのだ。ターゲットの靴がある真横、一年のげた箱で息をひそめながら。
「今度は三秒……。斗落玲那が緑さんの下を離れたのでしょう」
心の反応とは対照的に、莉花は眉一つ動かさなかった。これが常在戦場というものか、それとも……。
こちらへ近づいてくる足音が聞こえくると、彼女はすぐさま心を呼び出す。作戦通り、高校生として帰宅するフリで。
「ふん、ふふ~ふん、ふん、ふふ~ん、ふふ~ん――」
玲那の陽気な鼻歌が聞こえる。探偵たちはそれを合図に、扉の開閉音を響かせた。靴を持ってウロウロしながら。すると……自分たちを素通りする玲那を視界に捉えたのだ。
(コイツが、斗落……!)
(いやいやいやいやいや、絶対バレる……絶対気づかれるって!)
そんな思惑があるとは露知らず、玲那は自身のげた箱へ入っていった。冷静に見れば違和を覚えるほど、隠密としてはお粗末なもの。だがターゲットはどこか上の空で。颯爽と昇降口を通り過ぎていく。生で見た玲那の雰囲気に、心はあぜんとした。
「……なんか写真の印象と違いますね」
「写真なんて撮り手の気持ちが入り込むんだから、鵜吞みにしちゃだめよ」
玲那が来たということは、すぐにもう一人も現れる。高まる緊張感を抑え、二人は夕雅を迎え撃つのだ。
――ちなみに、夕雅が来るまでの探偵たちは。
「作戦も粗雑なら、かくれるのもお粗末じゃないですか!」
一時的に緊張から解放された心は、莉花に頼ったことを後悔した。隠密の「お」の字もない行動に。
「あれぇ? もしかして莉花さん……かくれんぼをやったことな——」
「私に隠れさせるなんて……パンピーにはおこがましいのよ」
仕返しに先輩を小バカにしようとすると、ワガママなお嬢様のようなセリフを吐き捨てた。一般人とは違う感性を持つ莉花に、心はため息をついた。
「……屠顔人必殺話遮りをやってる時点で、答えは出てるんですよね~」
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