第4話:天才・秀才のクセに詰めがあめぇ
「こんにちは! 杏子心、ただいま到着しました!」
本日は一年の初仕事。心は元気よく扉を開けた。その顔はやる気に満ち溢れており、爛々と目を光らせている。
しかし、部室の雰囲気は少しシリアスめ。目線の先には見慣れない背中が一つ、莉花に対して語り掛けていたのだ。
「私が調査してほしいのは、学年一の天才――
【戸人 次女:滑石瑠離】
「どもです! あなたが依頼主さんですか?」
心は手を上げてあいさつをすると、莉花の隣へ歩み寄った。「どうも」と依頼主も軽く会釈を返す。
「えぇ、私と同じクラスの悲佐田さん。ちなみに学年で二番目の秀才さんよ」
悲佐田は姿勢を正した。黒縁メガネとパッツン前髪から、いかにもクソ真面目というオーラが滲み出ている。が、そんな感想を抱くよりも先に、心は莉花の言葉にギョッとしたのだ。
「え、莉花さんが一位じゃないんですか?」
「残念ながら……、私はいつもノー勉なの。だからトップニジュウを甘んじて受け入れてるわ……。もう少し目立ちたがり屋で自己顕示欲高めなら——今頃本気を出してるけど」
(マジで言ってんのかよ……)
心は呆れた。悔しがる彼女から放たれたマシンガンのような言い回しに。定型文として、どれだけその言い訳を使い回しているのかと。
「莉花さんは探偵部の顔なんですから、せめて成績くらいは一位をとってくださいよ……」
そんなたわいもない……そういうのはカフェでやれよという会話が依頼者をそっちのけに繰り広げられた――。
「ああ、ごめんなさいね。その……滑石さんがどうかしたの?」
莉花は話題を戻し、悲佐田へと向き直る。ほほ笑みかける莉花に対して、彼女は少しも不満を漏らさずに真剣な顔をしていた。
「はい、実は瑠離がテストで不正をしているんじゃないかと思うんです!」
「ふ、不正!?」
やけに大袈裟な言葉が出てきたため、心は思わず身を乗り出した。依頼者がいる建前として威厳を保つ必要があるのだが。どうしてもワクワクを抑えられない様子である。
(なんだ、なんだぁ!? 裏に巨大な陰謀でもあんのかぁ!?)
調子がついたのか、悲佐田も堰を切ったように話を続けた。
「はい! 瑠璃の答案……明らかに間違っている回答でも、先生に指摘する度に丸になっているんです! それが一年の頃からずっと……。私が問い詰めても、そんなことはしていないって、のらりくらりと躱すんです!」
(あぁ……そういうコト)
少しガッカリした心は、そっと莉花へ耳打ちする。
「……よくある嫉妬ですね。人の答案なんてのぞくことすら難しいのに。万年二位の逆恨みでしょうか」
莉花は心の感想を聞き流すと、首をかしげながら悲佐田を宥めようとする。
「悲佐田さん……答えの書き換えなんて中学じゃよくある話よ。でもそれは入試で通用しないわ。ここは冷静になって、自分の勉学に集中するのが得策じゃないかしら」
「まぁ……そうなりますよね……」
悲佐田はうなだれてしまった。唇をきつく結び、力強く拳を握りながら。言いたいことがあるのに言えない雰囲気で。
(もしかして聞かれちゃったか……)
心が頭を掻いていると、依頼者はぽつぽつと喋り出したのだ。
「……でも瑠離はリスクを徹底的に回避する子で、答案は毎回ボールペンで書いています。不正なんてできっこない――。だからこそ、瑠離の行動に違和感があるんです!」
「はぁ……はぁ……っ」
いきなり大声を出したためか、彼女の息が切れてしまった。呼吸が浅くなり、苦しそうな姿で。だが探偵たちは駆け寄ることなく、黙って見守っている。
「……それに瑠離とは幼なじみで!! ……いつも、切磋琢磨していました。私の知らないところで……悪いことする……瑠離を……。ほっとけないんです……」
悲佐田は本心を打ち明けた。全てを吐き出したように、拳は力を失っている。
「……どうします?」
「内輪の話を持ち込まれても……しかたないわね」
そこまでの熱量で言われると、莉花と心は断りづらい。そもそも依頼は至ってまともである。屠顔人に関係がなくとも、受けない道理がなかったのだ。
(やってやるか……。暇つぶしにかるぅ~く)
心は鼻でため息をつきながらも、唇をほころばせている。
「その熱意、確かに受け取ったわ。とりあえずこちらで調べさせてもらいましょう。だけどこのことは内密に! 変なことしちゃだめよ」
莉花が安心させるように肩へ手を置くと、悲佐田の顔も明るくなった。
「ありがとう……ありがとうございます!」
悲佐田は頭を下げた。何度も、何度も。
(まぁ……いいや。ここで屠顔人が見つかれば……!)
心は依頼人の笑顔を見て、気合を入れ直したのだ。
♢♢♢
――翌日、探偵部の部室にて。莉花と心は調査の打ち合わせを行う。
身辺調査報告書
対象者 滑石瑠離
年齢 十四歳
身長 百六十センチ
特徴 ポニーテールと右目横にあるほくろ
部活 テニス部
性格 はきはきとした性格
備考 席は廊下側で後ろから三番目
「こう見ると、ザ・優等生って感じですね〜」
身辺資料を手に取った心が呟く。資料には、クラスメイトと談笑する彼女の写真が載っていた。
(クラスの中心って文武両道感あるよなぁ……もし暴れられたら厄介そ)
「……話を続けるわね。私の席は窓側だから、不正を直接確認できないわ。だからこそ、今回は心の『
莉花はポケットからスマートフォンを取り出す。
「いやいや、スマホ持ってきちゃダメでしょ!」
心はオーバーにツッコミを入れる。入学式でされた「学校に携帯電話を持ってきてはいけません」という注意を破っている先輩に。
「ふふっ、スマホって便利なのよ~。録音・動画・写真によって証拠を残せるからね」
「いや機能の問題じゃなくて!」
心は頭をかきむしった。なぜ彼女はこんなにも飄々としているのかと。誰かに見つかれば一発でアウトにもかかわらず。堂々と見せびらかしていることが信じられないのだ。
「とにかく明日は休み明けテストの——返却日。さっさと準備を済ませちゃいましょ」
莉花はさっそうと部室から出ようとした。これ以上の説明をする必要性がないと。だが――
「ちょぉっと待って!」
心は彼女にブレーキをかけた。納得ができないまま指示に従いたくない、と考えたからである。
「作戦のずさんさもそうだけど……こんな立て続けに不正しますかね?」
当然の疑問に対し、莉花は正面を向いたまま答える。
「……探偵は待ち時間が長い。今確証を得られなくても……地道な努力は階段のように積み上がって真実へと辿り着くわ。それに――」
「一度味を占めたやつは必ず行動を起こす」
(私にリスクがあるんだけど……まぁ、いいか)
その言葉に一応の理解を示した心は、莉花とともに教室へ向かったのだ。
♢♢♢
――さらに翌日、二年二組の教室。三限の教科は社会である。
「テスト返しだぞ~机の上は赤ペンだけにしろ~」
この教室では、一斉にテストが返却されていた。一人でほくそ笑む者、複数人でどんぐりの背比べをする者、点数だけを折り曲げる者……。皆が点数に一喜一憂し、過去の自分へ恨み言を並べている。
それが終われば、次は答え合わせだ。大多数の生徒は自分の学力に向き合わず。採点ミスに縋るようにして、黒板に示された回答を注視している。
「えっ……」
授業も終盤に差し掛かった頃、誰かが瑠離の元へ歩み寄った。急な離席に授業が中断され、教室中がざわめき始める。
「何やってんの、瑠離」
「えっ……ひーちゃん?」
悲佐田が瑠離の左腕を掴み上げた。まるで脇を千切ろうとするほど力強く。
「これの説明して」
瑠離の手には一枚の紙が握られていたのだ。遠目だと黒ずんで見えるほど、びっしりと用語が書かれているものが。呪文のような狂気すら感じる。
(だからあれほど動くなと言ったじゃない……!)
莉花の思いとは裏腹に、二人を含めた周囲に張り詰めた空気が流れた。数秒だけ、時が止まったような。すると瑠離は笑顔を崩さず、悲佐田へ窘めるように弁解する。
「ひーちゃん、これは…………昨夜勉強した時のメモだよ? それをただ、机に入れ忘れただけ。指摘してくれてありがとね」
瑠離は無理やり腕を引き戻す。悲佐田の腕が行き場所を失い。バツが悪そうに、そそくさと着席した。彼女を非難するヤジがちらほら聞こえるが……何事もなかったかのように教室が落ち着いたのだ。
(知らないふり、知らないふり……)
知らぬ存ぜぬという顔をして。莉花は誰かに見られたような気がしたものの、無事に乗り切ったのである。
♢♢♢
「で、どうでした? 滑石さんのこと」
莉花は部室に入るなり、心から声が掛けられた。結果が気になりすぎた彼女は、狭い室内を何周も歩き回っていたのである。
「少しイレギュラーがあったけど、ばっちり撮れてたわ」
部室の扉を閉めると、すぐさま心にスマートフォンを向ける。
「私の掌枯れでばっちり撮れてますね。蛍光灯と融合させて、充電が切れる心配なし!」
「そうね、時間を進めましょう」
心のテレビショッピングのような言い回しをスルーすると、画面を横向きにして早送りを行った。三限の授業開始、起立、礼、テスト返却、答え合わせ……悲佐田の離席まで何も起こらず――
「……ここ、何か不自然じゃないですか?」
心が瑠離の答案を指した。よく目を凝らすと、彼女は自分の答案を指で幾度となく触っている。
「少しズームしてみるわね」
画面を瑠離の手元へ寄せていく。全身が映っていた画角から、机だけが収まる画角へ。
「何か書くわけではないけど……違和感ありありだなぁ……」
ターゲットは不正解の回答を指で押さえつけながら、横にスライドさせているのだ。いつの間にか、手元にメモ用紙を用意して。このまま触り続ければ、紙がしわくちゃになると見通せるほど力強く。その他大勢の生徒と同じように、自分の学力を直視したくないのか。魔法のような幻想を抱いているのか……。
すると文字がかすかに浮かび上がり――
「これはぁっ!!!」
答えがテスト用紙を滑るように移動したのである。
まるでスマートフォンにおけるアプリの移動である。文字や、にじみ出たインク、筆圧でへこんだ跡まで……全てがメモ用紙へ移ったのだ。
「ビンゴ……! おそらく正解の語句もメモから取り出しているでしょうね」
証拠を見つけた莉花は、不敵な笑みを浮かべる。
「これは……滑石さんが屠顔人で確定ですね! 掌枯れは平面にあるものをズラす能力!」
心も息を荒くしていた。興奮がなかなか収まらない様子で。
「だれっ!!」
突然、扉の閉まる音が聞こえた。驚き振り向いた探偵たちは、その扉から目を離せずにいる。
「……心。私、ドアを閉めたわよね?」
「……はい」
心はぎこちなく頷いた。
「不覚だわ……!」
莉花と心は焦った表情で入り口へ駆け出していく。とても悪い予感だと。
(探偵がつけられてちゃメンツが立た――なっ!)
扉の向こうから、何かが破れた音が聞こえてきた。莉花は一瞬だけ気を取られたが、今はそれどころではない。
(もし……見られたのなら……一番ダメな人がいるわ!)
探偵たちは扉から身を乗り出した。左右の安全を確認した後、慎重に外へ出たのだ。近くで待ち伏せる人は……ゼロ。しかし十メートルほど先に人影が。
「悲佐田さん!」
心が叫ぶのと同時に、なんと悲佐田の背中が縦に割れたのだ。まるでセミが羽化するように。心は急いで近づき、応急処置を開始する。が、血が噴き出して止まらない。
「莉花さん! やばいですよ! このままじゃ失血とバイキンが!」
(えぇ!)
莉花が駆け寄ろうとしたとき、廊下に落ちていた一枚の紙に目が釘付けになった。
身辺調査報告書
対象者 滑石瑠離
――
(破れた跡のない紙とビリィッという音。これもズラすということなの……?)
依頼人を護れなかった悔しさをかみしめながら、瑠離とのバトルを覚悟する莉花だった。
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